第8話 過去と今と後悔(2)
「あれ以来妹とは互いにぎくしゃくしちゃって…会話する機会すらなかったわ…」
「何とも悲しいすれ違いだな…」
「ええ…。それからの展開は早かったわ…」
樹は一度「すぅー…」と、息を吸い込み続けた。
「ある日いつもの様に学校に行って、いじめられて…でも、身体の方が耐えられなかったのね…限界が来たわ…」
「ふぅ…」と、息を吐いて樹は続ける。
「妹の最期は心筋梗塞だった…」
「………」
「ストレス性の心筋梗塞と、極度の栄養失調…って医者に言われた時には、無理やりにでも食べさせておけば良かった、もっと妹とちゃんと向き合っておけばって後悔したわ。遅すぎたけどね…」
「………」
「ふぅ…。それからはいじめの件で学校に問い詰めたり、妹の葬式だったり…ほんと、色んな事をしたと思うんだけど、全然覚えてないの。ただ、妹が居なくなったって事実だけがあって、心にぽっかり穴があいちゃったみたいな感じよね…」
一時期テレビや新聞で話題になっていた事件だ。
学校側のいじめ対応の杜撰さと、教師の対応が後手後手になってしまった件。
何年か前にニュースで見たことがある。
過去のいじめの事件としては、賠償額が最大だったとかで話題になってたっけ。
「確か十年前くらいのあの事件って…あれ妹さんだったのか…?」
「ええ…そうよ。ニュースや新聞でとりあげられて学校側はいじめの対応の杜撰さが露呈されて、当時の校長先生と担任を解雇。教育委員会にも賠償金を請求したし、それと民事だけど主犯格の子にも裁判を起こしたわ。ノートが決定的な証拠となっていじめの悪質さが認められて賠償金の支払いで今だに奔走中よ。自己破産の道もあるだろうに、払うのがせめてもの誠意だからってご両親は今だに払い続けているわ」
「それで、両親はどうしたんだ…?」
「賠償金が入って仕事を辞めたわ。今はもう二人共働かず、毎日ぐーたら三昧よ。妹の事があってから心を病んでしまってね。あたしもそのお金で大学に行けて、今の職場に居るわけ…」
何とも悲しい話だ。
それ以上の言葉が思いつかなかった。
樹の家庭にそんな事情があったとは…。
だからコンにあんなに強引な態度を取ったのか…。
俺は納得がいった。
つまり樹は…。
「コンと妹さんを、重ねて見てたって事か…」
俺がそう言うと、樹は電話口で「ええ…」と、短く返事をする。
「はぁ…いやぁ~ねえ~ホント。こんな話するつもり無かったのに…何でかしらね、似てただけ…ホントそれだけで、別人なのにね…分かってるのにね…」
と、樹はふと感傷に浸っていた。
「ってか、樹っちゃん、顔凄い事なってるからこれ使うし…」
今まで黙っていた花奈が、横から何か差し出したのだろうか。
樹はそれを「ありがとう」と、受け取ったらしく、受話器の向こうから鼻をかむズズーという音が聞こえた。
「ホント、コンちゃんに何て言えばいいのかしらね…会わせる顔がないわ…」
なおもズズズと、鼻をすすりながら通話する樹。
先程まで温かかった湯も、今はすっかり温くなっている。
時刻を見ると一時間半も経過していた。
長湯しすぎである。
身体が温まり、若干フラっとしているが、何とか立ち上がる。
ザバーっと湯船から湯が零れ落ち、風呂場のタイルに飛沫が飛散する。
「ふぅ…」と、一息吐いてから樹にかける言葉を思案する。
そうだな、そんな事情があるなら…やはり直接コンにも話してしまった方がいいだろう。
こちらの事情も知ってもらえれば、少なくとも理不尽に押し付けられていた訳ではないと、理解はしてもらえるだろうし。
何より、それでどういう風な対応をするかによってこちらの今後の対応も変わってくる。
何にせよ、誠心誠意あやまることから始めるべきだろう。
よし、決まった。
「なあ、樹…」
俺がそう切り出すと、樹も短く「何かしら…?」と、返してくる。
「やっぱり、直接コンに話した方がいいと思う。そういう事情があったっていう事をちゃんと伝えないと、コンも理不尽に押し付けられただけだって思うかもしれないし…」
「ええ、そうね…」
やはり樹も分かってはいるのだろう。
彼も大人だ。
ただ、勇気が出ないのだ。
本当に許してもらえるだろうか?
今後の関係性はどうなるのだろうか?
樹自身もコンとは今後も良好な関係を築いていきたいからこそ、これだけ葛藤しているのである。
それと同時に樹的には妹の時の様な結末になって欲しくない、というのもある。
土地神だから正直、野菜は食べなくても何とかなるんだろうけど、気持ちの問題もある。
仮にここで野菜を食べずに育てば、人間とは比べ物にならない位の時間を生きる神は一生野菜を食べないで過ごすかもしれない。
そこを懸念する必要性があるかどうかといえば、正直な所分からない。
だが、久那妓さんは「経験が足りない」と、言っていた。
俺たちに期待している、とも。
恐らくこういう小さな成長を促しているというのであれば、そこは曲げるべきところではないだろう。
うむむ…本当に厄介な宿題だ…。
後で話し合う必要があるな。
最終的にコンには判断してもらおう。
俺らが決めてしまう必要はない。
道を提示し、それを決めるのはコンだ。
あくまでも、その道を提示するのが俺達大人の仕事だろう。
だからこそ、出来る限りの事はしてやりたいし、してやるべきだろう…。
だから…。
俺は…。
樹の背中を押してやることにした。
「なあ、後でコンに話してみよう」
「できるかしら…?」
不安げな声が電話口から聞こえる。
「正直に言って分からん!」
「そんな、無責任な…」
と、言葉を遮る樹の言葉を更に遮る。
「が!最終的に決めるのはコンだ。今のお前にできる事は、誠心誠意謝ってその上でどうするかを選択してもらう事だ」
「―――ッ!」
電話口から息を飲む音が聞こえてきた。
さらに続ける。
「分かってるんだろ?もう、本当はどうすればいいかをさ…」
「………」
暫くの沈黙の後、樹はまた「すぅ~…ふぅ~…」と、深呼吸をして、ようやく答えた。
「ええ、そうね…やっぱり、それしかないわよね…」
「ああ。結局はコン自身が決める事だ」
そう言うと、また鼻を啜って「ふふっ…」と、短い笑い声が聞こえてきた。
「あ~あ…やっぱりそうよね。それしかないわね。ありがとう、四季ちゃん…これで覚悟ができたわ。結局、コンちゃんの選択に委ねるのが一番ね」
受話器からはどこか吹っ切れた様な声音が返ってきた。
どうやら、向き合う覚悟が出来た様だ。
「ありがと」と、短く聞こえると「そろそろ戻るわね~」と、聞こえてきた。
「んじゃ、気を付けて…って、ガタイの良い樹を襲う暴漢はいないわな…」
と、普段のふざけた態度で返すと元気を取り戻した樹も乗っかってきた。
「あらやだぁ~…何て酷いこというのかしら!こんなにチャーミングな私なんだから襲われたら抵抗できないじゃな~い!」
先程の深刻な様子は吹き飛び、いつもの調子に戻ったようだが、なんだか無性に腹が立つ。
「へっ、職質くらってもしらねーぞ?」
鼻で笑って言葉を返すと、受話器の向こうから怒気を孕んだ声が聞こえたがそれを無視して電話を切った。
「ちょっと、四季ちゃんどういう意味y…」
火照った身体も程よく冷めたので、俺は磨りガラスの扉に手を掛け、扉を開く。
それと同時に、施錠していたはずの脱衣所の扉が開かれ、ぴょこんと勢いよく脱衣所に飛び込んできた
「お~い、四季~…ハルがの、あいすくりぃむ?というものを買ってこいとの事じゃ~…って…なんじゃ、おぬし!なんてモノを見せつけるのじゃ!破廉恥じゃ!こんのっ変っっっ態っっ!!!」
わなわなと拳を握りこみ、怒で目をつむり整った眉毛が逆八の字に吊り上がると、一気にカッと目を見開き、渾身の一撃を放つケモミミ幼女。
「あべしっっ!!」
完全に無防備な姿を見られた俺の方が被害者だと思うのだが、そこにはすっかり機嫌を取り戻したケモミミ幼女ことコンが、顔を真っ赤にして「フーッ、フーッ!」と、こちらを威嚇していたが、すぐに台所の方へと引っ込んでいった。
去り際に放った張り手の一撃は、見事に俺の頬にクリーンヒットし、熱で火照った頬を更に赤く染め、季節外れの紅葉の様な痕となって刻み込まれるのだった…。
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