第51話 新米パパと頑固親父(2)
「チッ…最後に会ったのは一週間前だ。あんの馬鹿息子、店の仕事もほったらかしてどこほっつき歩いてやがんだか…」
政さんは忌々し気に舌打ちすると、苦虫を噛み潰した様な渋い顔をして言う。
「ぼりぼりぼり…ごっくごっく…ぷはっ!塩味とお茶…なんだか落ち着く組み合わせなのじゃぁ~…」
ちなみに、コンは出された煎餅を口一杯に頬張って、湯飲みに入ったお茶を呑気に流し込んで大人しくしていた。
大人しいのは良いのだが、お茶と煎餅で和んでるところを見ると偏見にはなるが妙に歳寄りっぽいというか、見た目とのギャップでなんだか可笑しかった。
呑気に大人しくしているコンはおいといて、とりあえず、息子さんの直近の様子から探ってみよう。
「ふむ、一週間前ですか…その時に何か変わった様子とか、息子さんが行きそうな場所とか、そういう心当たりはありますか?」
「俺も息子も我が強ぇからよ…まともに顔を合せるのは仕事の時くれぇで、あまり話す事は無ぇから、それ以外の時にあいつが何してるかは分かんねぇ…。ただ、酒が好きで、よく飲み歩いてるってのは他の職人に聞いた事がある。恥ずかしい話だが、口を開けば喧嘩喧嘩の喧嘩三昧で親だってのに最近の様子何かはなんも知らねえんだ…」
なるほど…あまり親子仲は良くないみたいだ。
しかしまあ、良くあるというか…特に男親と息子というものは、年頃になれば対立するものである。
基本的に男の子というのは、ある程度の年齢になれば自然と親からの束縛を疎ましく思うものである。
酒も飲める成人男性だとすれば、猶更そうだろう。
「なるほど…お酒が好き…っと」
一瞬眉間に皺が寄って、ふと物思いに耽っている様子の政さんだったが、口ではどうこう言ってもやはり、息子さんの事は心配なのだろう。
心中を話す政さんの目は、子を思う親の顔…そんな優しい顔をしていた。
政さんの目が少しだけ細まり、表情を崩し態度が柔らかくなった様な気がした。
何だかんだ衝突するとはいえ、息子さんの事を気にかけているのだろう。
だが、政さんはそんな態度を悟られまいと、一瞬で顔をのゆるみを引き締めまた仏頂面に戻ってしまった。
「では、普段の息子さんの様子はどうですか?」
「普段?まあ、やり方はさておき仕事はきっちりこなす責任感のあるやつだったよ。店に立つ以上半端な事はさせられないからな。まだ修行中ではあるが、職人としての見込みはあるやつだ…」
「なるほど…仕事はこなす責任感はある…っと」
「なんでぇ、それがどうしたってんだ?」
政さんは眉を顰め、しかめっ面でこちらの様子を伺っている。
そんなこと関係あるのか?と顔に書いてある様な目で見られてしまったので、一応弁明しておく。
「あ、いえ…息子さんの様子が分かればどこに居るか予想が付くかと思いまして…他に直前の様子で変わった事とかはありませんでしたか?」
「ああ、そうかい…」
そう言うと納得したのか、政さんはコクリと頷くと、何かを思案する様に目を閉じ腕を組む。
「あー…そう言えば、一週間前に居なくなる直前も確か喧嘩してたっけか…」
「えっと、それは何故です?理由をお聞きしても…?」
「ああ、仕入の話でな。恥ずかしながら俺の店は世辞にも流行ってるとは言い難い。あいつはあいつなりに、店を盛り上げようと考えての事だったんだろうが…。もっと若者向けにSNSだとかで宣伝しろとか、珍しい酒を仕入れろだとか、やたら高い派手な入れ物のシャンパンやワインなんかも仕入れろと言ってきたんでな。ほら、そこにバーコードみたいなのがあるだろ?」
と、政さんはQRコードの書かれた小さな紙製のポップを指さす。
「あれも勝手に息子がやったやつでな。俺はからっきしネットとかそういう機械の事については分からねえから任せっぱなしではあるが、そういう呼び込みをしてくれてるみたいなんだが…まあ、それに関しては別にいいんだが…」
政さんは右手の人差し指でぽりぽりと頬を掻き、一度言葉を区切って続ける。
「まあそれよりも、店の雰囲気や常連さんの事も考えてないアイツの言い分に、てめえで稼げねえ半人前のクセにいっちょ前に吹いてんじゃねーぞ、そんなに高いモン置きたいってんなら稼げるようになってから言いやがれ!って喧嘩になっちまったんだ…」
「なるほど…」
その事を思い出してイライラしたのか、政さんは舌打ちをして膝を小刻みに揺らし、貧乏ゆすりをして早口でまくし立てる。
俺は頷きなるべく聴きに徹して情報を集める。
そして、言葉が途切れたタイミングで改めて、店内を見渡してみる。
「それは…まあ息子さんも店の事を考えての事だったんでしょうけど…確かにこのお店に豪華なシャンパンやワインはちょっと合わないかもしれませんね…」
政さんの店は古式ゆかしい昔からある街の飲み屋と言った風貌の店だ。
店内の様子も所々塗装の禿げた木製の椅子とテーブルや、カウンターに設置されている冷蔵のネタケースも所々錆が目立ち、壁に貼られているメニュー表も所々日焼けしており、年季を物語っていた。
ただ、古くはなっているがそれが逆に店の古き良き家庭的な雰囲気を醸し出しているのだと思う。
恐らく思い入れもあるだろうし、店主である政さんは昔から続くこの雰囲気を大事にしたいのだろう。
「高級な酒を置くにしても、日本酒や焼酎の有名どころで言えば取り揃えていますよね?そことそこの棚のやつとかそうですよね?」
壁際にある棚を見ると獺祭だとか久保田だとか魔王だとか森伊蔵だとか普段酒をあまり飲まない俺ですら知っている程の超有名銘柄の高級酒が陳列されている。
「だろう?兄ちゃん分かってるじゃないか!それなのにアイツは親父の考えは古いだの、もっと新規の顧客を獲得しないと、この先生き残れないだの…半人前のクセに口だけはいっちょ前とくらぁ…。全く、頭にくるってんだ…そんなこととっくの昔から分かってるっての…」
政さんは座っていた椅子の背もたれに手を這わせると、ふと目を細め、慈しむ様に優しくそっと撫でる。
恐らくある程度息子さんの言い分も理解は出来るのだろう。
息子さんも半人前とはいえ、店に立たせてもらっている職人である。
伝統と歴史を慮り、今いるお客さんを大事にするスタンスの政さん。
そして、そこに新しい試みを実施して、新たな風を取り入れようとするスタンスの息子さん。
政さんも言っての通り、息子さんなりに店の事を考えてのことなんだろう…互いに職人としての意地や拘りが衝突して、今のこのような形になったのだろうが、どちらの言い分も確かに分かる。
政さんと息子さん…互いがもう少しずつ歩み寄ることが出来れば、もっといい結果に結びつくのだろうが…まあ、そこは男同士しっかりと結果を出して行動で示すしかない以上、息子さんの言い分を受け入れる度量を政さんが身に着けるか、息子さんが自分のやり方で成功するかしか和解の道はないと思うのだが。
ただこの件に関しては結局父と子、男と男の問題である。
俺がとやかく言う立場でないので、そっとしておこう。
話が剃れてしまったので話を戻そう。
「コホン…では、息子さんの写真かもしくは、何か顔が分かるものははありますか?」
俺は一度咳払いをして、話を戻す。
「ああ、写真なら…ちょっと待ってろ」
と、言って政さんは腰を上げると店の奥の方へと引っ込んでいった。
政さんが戻ってくる間に手持無沙汰になった俺は、茶菓子を食べようと皿へ手を伸ばしたのだが、妙に大人しいと思ったら俺の分までコンに全部食べられてしまった。
「コ~~~ン~~~~ッ!?」
「わぷっ!ふぁにふるのひゃー!」
今まさに最後の一かけらとなっていた羊羹を口に放り込み、もっくもっくと咀嚼していたコン。
俺はそんなコンの頬を両手でむんずと挟み込み、軽く上下に動かしてワシワシお仕置きしてやる。
ぷにぷにもちもちなほっぺたを上下に揺らしてやると、もちっとした程よい弾力の抵抗が生じ、俺の手を弾き返してくる。
感覚的にというか、触ってる感じとしてはあのあれだ…低反発枕とか、お餅とかそういう類の押すと程よく帰ってくる反発が心地よくて、何回も触りたくなるやつ。
俺はコンのほっぺたを堪能していたが、必死に抵抗して耳をピコピコ尻尾で俺の頬をぺしぺしと軽く叩くコンの細やかな抵抗に痛みは全くない。
「ちょ、ひたひ!やめ、やめろー!あうぅ…ワシ神ひゃぞ!祟るぞ、呪うぞ…むぎゅっ!」
「食いすぎだ…反省しろ!」
「ふぇぇ…ごめんなさーい…なのじゃ…!」
と、しゅんと項垂れて、尻尾と耳をぺたんとさせて素直に謝るコンだった。
仕方なく俺は茶の入った湯飲みに手を伸ばし、それに口を付ける。
程よく冷めた濃いめの緑茶は口の中をさっぱりとさせてくれて、緑茶の渋みの奥にある仄かな甘みが感じられた。
なるほど、これも拘りか。
と、茶の一杯にも感じられる店への拘りに感動すら覚えていた。
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※お知らせ
第十三話えもえもと線香花火に挿絵が完成しましたので、是非ご覧ください。
https://kakuyomu.jp/works/16816927859532349203/episodes/16816927861026118557
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