第29話 炎天下とスポーツドリンクと撫で回し
捜索開始から十五分程が経過した。
三十五度の炎天下の太陽光線は確実に俺の体力を奪っていく。
アラサーのおっさんが休日の昼下がりに、わざわざショッピングモールの駐車場で車を一台ずつ見て回るのは中々骨が折れる作業だったが、作業の甲斐も空しく結局バイク置き場も屋外駐車場も空振りに終わっていた。
額に滴る汗を手の甲で拭って払うと、地面に灰色のシミを作っていたが、それもこの気温ではすぐに気化してしまい、乾いてしまっていた。
つか、休日のショッピングモールの人口密度というか車の数が異常だ…。
ここだけ見れば、日本の全人口がここに集結しています!って言われても今ならちょっとだけ信じてしまいそうだ。
まあ、実際にそういう訳ではないしそんなに人が居るか?と問われても困るのだが、駐車場は常に満車状態で空きスペースすら見当たらないくらいには盛況だった。
そんな中を一台一台コンと手分けしているとは言え見て回るのは確実にしんどい作業だった。
調べてみると、敷地面積だけでも約十六万六千平方メートルもあるらしい。
商業区画の面積だけで約七万平方メートル程。
ということは敷地の半分以上はほぼ駐車場って事になるらしい。
そりゃ、これだけ広いんじゃ見つけるのも苦労するわな。
車の収容台数は四千二百台程、駐輪数千四百台も合わせるとその数は五千六百台となる。
屋外駐車場だけでも区画が四つに分かれていて、十五分程度でチラ見した程度ではいくら二人がかりだったとしても、ABCDと別れた区画Aの半分くらいしか見て回れておらず、進捗的にはまだ全体の約四分の一程度も終わっていなかった。
進捗状況だけ見るとそんなに進んでいない様に見えるが、これでも目印があるかどうかすら定かではない車一台を探すのは大変な作業だ。
停車している車一台一台を目視とはいえ注視して回るのは相当に効率が悪い。
一人で確認して回るとしても一台あたり約三秒程だとして、全部見て回るとしたら単純計算で一万六千八百秒、分にして二百八十分、時間にして約四時間四十分かかる計算になる。
俺とコン二人がかりで見て回るにしても、この半分の時間で二時間二十分。
考えただけでも疲弊してくるわな。
と、頭の中で理屈で物を考えていると、余計に気分が滅入りそうだったので、首を振って考えるのをやめて、再び作業に戻る。
しかし、集中すればする程暑さが追い打ちを仕掛けてくる為、作業効率は大幅にダウンしている…気がした。
「暑っ…」
じりじりと肌を刺すように照り付ける真夏の陽射しは、着実に肌を焼き、汗と共に俺のやる気も滲み出て、今じゃすっかりカラカラになっていた。
「コン、ちょっと休憩!この暑さでつづけてたら間違いなく人が死ぬぞ…」
と、渡したメモ帳の切れ端を片手に懸命に車を覗き込んでいるコン。
俺の声に反応して、こちらを振り向くと「待つのじゃ、あと少し…」と、丁度一列見終わる頃だった。
「中々見当たらないのぅ…本当にあるのか…?」
と、コンはこちらに走り寄ってくると、目の前で停止する。
「ふぅ…」と、俺もため息を吐いて、日陰になっている建物の影に移動すると、むわっとした熱気が幾らか和らいだ気がした。
素直についてくるコンは、俺の側でしゃがみ込み、壁面に生えていた雑草を指でつついて遊んでいた。
「分かってはいたが、これは相当だな…おい、コン…疲れてないか?」
と、俺が尋ねると、コンは雑草から手を放して立ち上がり、こちらの顔を覗き込み首を傾げて言う。
「なんじゃ、この程度で…全然平気じゃが…少し喉が渇いたのじゃ…」
と、まだまだ余裕綽々な様子だったが、確かに言われてみれば舌の渇きを感じた。
このまま気付かない内に熱中症になっても困るので、俺はコンを手招きして一度店内の入口の方に歩いていた。
「お、どうしたのじゃ?探し物は終わりかの?」
と、不思議そうについてくるコンだったが、一度自動ドアを潜ると店内は冷房でキンッキンに冷えており、外から入ってくると余計にその涼しさが際立っていた。
「うおおお!えあこん!すごいのじゃ!」
と、文明の利器に感動しているコンを横目に、カバンから財布を取り出し硬貨を数枚取り出すと、備え付けの自販機に投入しスポーツドリンクのボタンを押す。
ガコン!と、飲料が落下する音が鳴るとコンは驚いた様子で近寄ってきたが、落ちてきたペットボトルと、俺の顔を見比べて様子を伺っていた。
「何か落ちてきたぞ!これは…なんじゃ?」
と、尻尾をブンブンと振って嬉々として俺に尋ねてくるコンに俺は、腰をかがめてペットボトルを取り出し言った。
「ほら、これ飲んどけ」
と、ペットボトルのキャップを開けて手渡すとコンは素直にそれを受け取ると、クンクンと飲み口に鼻を近づけ匂いを嗅いで、舌をチロっと出して舐めて味見していた。
「少し酸っぱいかもしれないが大丈夫だ。とりあえず水分補給しておきなさい」
と、コンに促すとペットボトルに口を付け、豪快に喉を鳴らして飲んでいた。
「ゴク、ゴク、ゴク…ぷはぁ!冷えておって甘酸っぱくて美味しいのじゃ!」
と、半分ほど飲み干したところで口を離して、息を吐くコン。
「おう、それは良かった。とりあえずそれ飲んだらまた探しに行くからな?しっかり休憩しとくんだぞ?」
と、コンの頭に軽く手を乗せて撫でる。
わしゃわしゃと豪快に撫でると、コンは抵抗する様子を見せず、むしろ目を細めて自分から頭を突き出してくる始末だった。
「うゅ~…了解なのじゃ~」
と、コンは尻尾をぱたぱたと動かして、残りのスポーツドリンクを煽っていると、スマホに着信があった。
画面を見ると花奈と書かれていて、俺はすぐさま通話ボタンを押す。
「もしもし?そっちの様子はどうだ?」
と、尋ねると受話器の向こうからは内線の音と、がやがやとした環境音が響き少し聞き取り辛かった。
「あーあー!聞こえる?今ゲーセンに居るんだけど、目ぼしい人物は見当たりませんっす!」
と、花奈の声が聞こえてくると甲高い電子音が聞こえてくる。
ピロロロン、ピロロロン!と、軽快な音に合わせて駆動音が聞こえてくる。
「おい、お前らまさかとは思うが…遊んでるわけじゃないよな?」
「あ、樹っちゃんもうちょい右!四季っち取れそうなんで、またあとでっす!」
と、俺が問いかけると花奈は途中で通話を切り上げる。
ブツッ!と、通話が切られると、画面には通話終了の文字が。
もう少し真面目にやって欲しいのだが、まだ十五分程度しか経っていないのだ。
焦っても仕方ないし、こちらもまだそれらしい成果も上がっていないのだから一方的に責める事は出来ない。
とりあえず、メッセージでこちらの状況も伝え、真面目に調査する事!と念押しして、コンの方に向き直り、額の汗を拭う。
「ふぅ…本腰入れて頑張らないといかんな…」
そうぼやくと、コンが俺の側にてとてとと歩み寄ってきて、静止したかと思えばこちらに寄りかかってきた。
「おい、どうした?疲れたのか?」
「焦らずともよい、地道に探すのじゃ…」
そう尋ねると、俺の顔を見上げてコンは言う。
「ああ、そうだな…」
と、一呼吸置いて気持ちを切り替えていく。
俺の腹筋辺りに頭を寄せるコン。
それを優しく受け止めて、後頭部の辺りを軽く撫でる。
そうしていると、なんだか心が落ち着く気がして、いつまでもそうしていたいと思える程、心地よい感触だった。
「その…撫でられるのは嫌いじゃないのじゃが…ちと、くすぐったいのじゃ…」
「もうちょいしたら行くからな…」
と、よく見ると少し頬を赤らめ恥じらっている様子だったが、すぐに俯き前髪で表情を隠してしまったコン。
俺は構わずに撫でまわし、撫で心地を思う存分堪能し暫くしてからまた、探索に戻るのだった。
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