第20話 巨大ダンゴムシと鉄の筍と父心


 現在時刻は九時四十分頃。


 丁度車を走らせて四十分が経過した頃だ。


 昨日初めて車に乗ったコンは、昨日の今日で再び車に乗っているのだが、結局外の景色を見るのにも飽き始め、退屈そうに助手席に背中を預けて足をぷらぷらと揺らして、運転する俺の方を眺めていた。


「ふむ…この車、というのは早いのは良いのだが、退屈じゃのぅ…」


 と、ぼやくコン。


 立派な耳も尻尾もペタンとしおれており、時折尻尾を動かして、俺の方にちょっかいを出してくるのだが、運転中で危ないからとやめさせた。


「つまらぬのじゃ…」


 と、手持無沙汰なコンは俺の非常食を早々に完食してしまい、運転する様子を眺めるのにも飽きて窓枠に顎を乗せて、のっぺりとだらけていた。


「おい、もうそろそろ着くから待ってろ…って、暇だからって窓ガラスを舐めるな!それは美味しくないぞ!」


「なんじゃ…透明じゃからきっと飴みたいで美味しいと思ったのじゃが…なんの味もせんではないか…」


 と、遂に退屈の極致にたどり着いたコンは窓ガラスをおもむろに舐めだした。


 ペロンと舌を出して味見したコンの感想は無味とのことだが、当たり前である。


 逆にこれで味がしようものなら、困りものだ。


 流石にガラスを食わせるわけにはいかないし、衛生的にも問題だ。


 俺は右手でハンドルを握ったまま、左手でコンの首根っこを掴むと無理矢理引っぺがす。


「ぐえっ!なにするのじゃ!」


 首根っこを引っ張られると、喉元が締まったのか苦しそうにうめくコン。


 それを注意をすると、コンは不承不承と言った感じでこちらを睨みつけていた。


「窓ガラスは食べられません!」


「何じゃ良いではないか窓ガラスくらい!」


 と、頬を膨らませて反論するケモミミ幼女。


「良くねーよ!涎がつくだろうが!」


「涎くらい気にするでない!みみっちいやつじゃ…」


 至極正論で反論するも、逆ギレされてしまった…。


 これは、教育的指導が必要だな。


 俺は視線は前に集中しつつ、開いている左手を胸の前で構え、指をピシッと揃えてコンに見せ付ける。


「よし、後でデコチョップだな…覚えておけよ?」


「ひぃ!そ、それは…勘弁なのじゃ…!」


 と、コンは両手でおでこを抑えつつ、のけ反っていた。


 いや、本当にするつもりはないのだが。


 構えを解いて、ハンドルに手を戻すとコンは恐る恐ると言った具合にゆっくりと警戒を解除して両手を下す。


 若干涙目になっていて、罪悪感を覚えながらも、素直なコンにいつの間にか心酔し切っている自分がいると、自覚すると急に恥ずかしくなってしまった。


「ん、んん!ま、まあ分かればよろしい」


「うぅ…!」


 と、恨めし気な視線を向けられているのを感じたが、そこは無視して右手で前方を指さす。


「ほら、もう見えてきたから着いたらちゃんと淀みを探すんだぞ…?お前だけが頼りなんだからな…?」


 俺はそう言うと前方に聳え立つ大型のショッピングモールの駐車場の入口へ車を寄せる。


 誘導員の指示に従い方向指示器を出して右折すると、敷地内にはまだ開店時間になっていないのに所狭しと車が並んでいた。


 ただ、比較的まだ空いている時間帯なのでそこまで苦労することなく空きスペースを発見できた。


 ギアをRに入れてミラー越しに後ろを確認し、車止めの位置を調整して車を入れる。


 両サイドにある白線に沿って真っすぐに車体を調整し、停車する。


 窓を五センチ程開けて空気の通り道を残しつつエンジンを切り、運転席から助手席へ回って扉を開けてやると、シートベルトを自分で外し車を降りるコン。


 そしてようやく遅れて返事をしてきた。


「任せておけ…!しかし、しょっきんぐは遠いのじゃ…」


 と、やや疲れ気味のご様子だ。


 耳と尻尾はややしおれ気味でぺたんとなっていて、頼りなく揺れていた。


 まあ、無理もないか。


 昨日の今日で殆ど移動だったからな。


 車内で暴れるかもとか思っていたが、案外大人しく座っていたわけだし…あとでアイスクリームでも買ってやるか。


 と、完全に父親目線になりかけているところ、ハッと首を振って冷静になる。


 いかんいかん、これじゃ俺もあいつら二人と同じじゃないか…。


 と、一度目をつむって深呼吸をする。


「スー…フ―…」


 と、両手を上に上げて肺に空気を送り込む。


 そんな様子を不思議そうに覗き込むコンは、首を傾げて俺の動きを真似していた。


「こう…かの?」


 腕を上げて、下げてと真似をしているコンだったが、途中で飽きてしまったのかそのまま体を伸ばし「んー!」と、背伸びをしていたかと思えば、そのまま手を下ろし、口を大きく開けて「くああ~…!」と、欠伸をすると俺の服の裾を引っ張る。


 どうやら、早く行きたくて仕方がないみたいだ。


 待ちきれない、と顔に書いている様にさえ見えるコンの様子に苦笑を隠しつつ、頭にポンと手を置いて、軽く撫でて言う。


「ショッピングモールな。樹と花奈はさっき着いたって連絡があったよ。もう待ってるってさ」


 スマホの画面を見せると、樹と花奈からメッセージが入っていた。


 俺達よりも十分くらい前には着いて待っていたらしい。


 ならさっさと合流せねば。


「おお、そうなのか!?なら二人にも教えてやらねばならぬな!道中巨大な鉄の筍があったことをのう…驚くぞ…くくく!」


「ぷっ…!ああ…きっと…驚くな!」


 さっきの嘘を信じ込んでいるコンは、目を細めてニコっと笑い口元に手を当てて尻尾をふりふりと揺らしていた。


「間違いないのじゃ!あんなでっかい筍、一年かかっても食べきれないのじゃ!のう、後で狩りに行ってもよいか!?」


「いや、それはやめておけ!」


「なぜじゃ!」


 と、至って真面目な本人だったが、流石に狩りに行かれては困るのでこの辺で止めておいた。


「ほら、行くぞ?樹と花奈が待ってるから」


「そうじゃの、いくかの」


 と、自然とコンは俺の右手を掴むと、そのまま引っ張り前へ進んで行く。


 そして、十メートル程直進した所で顔いっぱいにクエスチョンマークを浮かべて、首を傾げると俺の顔を見上げて問いかける。


「ところで…どっちに行けばよいのじゃ?」


 ガックリと崩れ落ちる俺。


 いや、まあ当然と言えば当然なのだが…。


「…こっちだ。正面入り口の方」


 と、向きを訂正してやるとコンは再び元気よく歩き始める。


「なんじゃこっちか…それならそうと先に言わぬか…ほら、ゆくぞ!」


 と、無い胸を張って進んで行くケモミミ幼女。


「わーったわーった…ちょっと待ちなさい…!」


 と、とぼとぼと着いてくおっさん。


 傍から見ればどう見えるのだろうか?


 それも気になるが、それ以上にコンの歩くスピードが速くて逆に引きずられている形になってしまい、何とも情けない限りである。


 駐車場をそんな様子で歩いていると、程なくして正面入り口にたどり着くことが出来た。



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