第65話 ダニエラの望み
「うふふ、美味しいねえ~シャルルン?」
語尾にハートマークがつきそうなほど甘えた声を出すダニエラ。彼女はテーブルの上に頬杖をつくと、あざとくもこれ見よがしに胸を寄せている。
そうして上機嫌に微笑みながらおもむろに身を乗り出すと、対面の席へ座るシャルにチョコレートケーキの刺さったフォークを差し出した。
シャルは「自分で食べられるんだが」とボヤきながらも、好物であるチョコレートがまぶされたケーキを口へ放り込まれる度に目元を緩めている。本日既に何度か繰り返された
ただでさえ
この二人が揃った時の人目の惹きようと言ったら、エルフの中でもトップクラスである。
「ダニーの望みが、僕行きつけのカフェで食事をすることとは……これくらい言えばいつでも付き合うのに」
「うーん、でもぉ、私が好きなのはあくまでもシャルルンを見守ることであってぇ、基本的にはここまで密に関わる必要性はないって言うか~」
「じゃあ今日のこれはなんなんだ?」
「だからぁ、他の皆ばかり優先されるとぉさすがに寂しくなっちゃうでしょう~? シャルルンってば私のこと見えてないのか、それともまた存在を認識できなくなったのかな? って~」
ダニエラはまたしても頬杖をつくと、褐色の頬を子供のように膨らませて目を伏せた。すぐさまシャルに「ダニーほど僕が認識しやすいエルフ、この辺りでは他に居ない」と言われても、どこか腑に落ちない――いや、不貞腐れた様子だ。
給餌に飽きたのかなんなのか、食べかけのケーキの横にフォークを添えると皿ごとシャルの前へ押し出した。
彼女の前に残ったカップの中には濃い茶色をした飲み物が入っている。これは、かなり苦みが強いことで有名な薬草茶だ。
どこまでも甘ったるい雰囲気のダニエラだが、彼女自身の嗜好としては甘味が大の苦手である。それこそ、チョコの香り嗅いでいるだけで辟易するほど――それでも甘い香りの立ち込めるカフェを訪れたのは、当然シャルの嗜好を考えてのことだ。
やがて頬に溜めた空気をぷぅと抜いたダニエラは、その蠱惑的な垂れ目を吊り上げるでも緩めるでもなく、ただ真っ直ぐにシャルを見つめている。
「……何か、僕に話したいことでも?」
「シャルルンって皆の顔が入れ変わったとしても絶対気が付かないくせに、心の機微には聡いから困る~。やっぱりぃハーレム王としての自負があるんだねえ」
「そんな自負はないし、言っていることも失礼すぎないか。これだけあからさまに視線を送っておいて、なんなんだ――」
シャルは、真っ直ぐすぎる視線に眉を顰めながらもフォークを動かした。やがて皿の上が綺麗に片付くと、店員にショコララテの追加注文を飛ばしてからダニエラに向き直る。
「それで、どうかしたのか」
「う~ん……シャルルンには優しいお祖父様しか居ないから煩わしくないんだろうけどぉ。最近、ママがちょっと……」
「サキュバスクイーンが何か?」
「早く孫の顔を見せてって、そればっかり……私そういうの、ダメなのぉ。こう見えて貞淑な女だって、シャルルンなら分かるでしょう~?」
「……今『貞淑』の概念を
シャルがじっと放り出された胸元を見ながら言えば、ダニエラは「やぁん、露骨~!」と両腕で胸を隠すどころか、ギュッと中央へ寄せた。
果たしてどちらが露骨なのか分かったものではない。
「ねえシャルルン。そのままオサライしながら聞いて欲しいんだけどぉ~、私の名前ってフルで言える~?」
「ダンピエールニルヴァンシュタインエドワードライオネル」
「すご~い、ふふ~。でもごめんねえ、自分で聞いておいてなんだけど、合ってるかどうか全~然分かんない」
「自分の名前だろう」
「……パパ
ダニエラの母親はサキュバスクイーンという魔族だ。今はとあるダンジョンのボスとして君臨している。
魔族はダンジョンから出られない以上、同じダンジョン内で働くお掃除エルフがダニエラの父親――で間違いないのだが、しかしそこはさすがサキュバスと言ったところだろうか。
種特有のフェロモンと美貌、溢れ出る色香に惑わされる者は後を絶たず、サキュバスクイーンと関係をもつ者は一人や二人の世界ではない。
それはダニエラを懐妊した当時も変わらず、あまりに多くのエルフと関係をもちすぎていたため誰が彼女の実父なのか分からないのだ。
しかも、生まれた子の実父であると証明できればサキュバスクイーンを独占できるのではないかとハッピーな勘違いをしたエルフたちは、互いに激しく牽制し合った。
まともに遺伝子検査させて堪るか、結果を捏造してでも俺がパパになるんだよ! と争った結果、なんと全員不慮の事故で死んでしまったのだ。
結局のところ、ダニエラの実父が誰だったのか――真相は闇に葬られたのである。
一説では、あまりに執着の激しいエルフたちを煙たがったサキュバスクイーンが直接手を下したのではないかとも言われている。
無駄な殺生が許されないのはあくまでも対ヒトであって、魔族がエルフを殺そうがエルフが魔族を殺そうが、悲しいかなポイントの増減には関係ないのだ。
サキュバスとエルフのハーフ、ダークエルフとして生まれたダニエラも母親譲りの肢体と美貌、種特有のフェロモンを持ち合わせている。
しかし自身の出生にまつわる痴情のもつれや、フェロモンを上手く制御できなかった頃に起きたトラブルなど――男女のアレやコレやを嫌悪するだけの材料は、腐るほどあったという訳だ。
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