第64話 お渡りは計画的に

 ――「初日から飛ばし過ぎじゃないか?」とは、交代で出勤してきたナルギの言葉である。

 それは驚くだろう。これからしばらく仕事の合間に穴掘り作業が続くと思われていたものが、『実働』八時間の内にだだっ広い空間が出来上がっているのだから。

 しかも、あとはもう換気システムと除湿器を設置するだけの状態。その先は専門職であるアティの領分だ。


「だって自分、頑張りましたから! でもさすがに疲れたんで帰って寝ますね」

「……それはそうと、やけにケガが多いな? 貴様」

「嫌だなあナルギ先輩、これは全て愛の鞭ってヤツですよ! はあ、一生この青タンと寄り添って生きていきたい。これはまるで「愛しい人に付けられた鬱血痕キスマークよ、一生消えないで」と願う感覚に似ているような……自分の自然治癒力がこんなにも憎いと思うことが人生にあるでしょうか? ――いや、ない」

「よく分からんがすみやかに帰って寝ろ。全く、これだからハーフエルフは好きになれん」

「あの、ナルギ先輩。どうかハーフが皆だと思わないで下さいね」


 すかさずトリスが口を挟めば、「まあ確かに、ハーフの中でも貴様のことだけはそれなりに認めてやっても良い」という言葉が返された。

 あくまでも「それなりに」だが、ナルギの口から出るコレは十分に褒め言葉として通用する。トリスはどこか誇らしげに胸を反らしながら頷いた。


 さて、あれからシャルの指示を受けたアズは――ブーブーと文句を垂れながらも――現場の安全保全のため壁の補強工事に着手した。

 どうせ作業従事者は「次元移動」を使えて当然のエルフばかり。例え穴が崩落して生き埋めになったとしても、地上に出ることくらい容易いはずだ。


 それでも一応はダンジョンの管理者なので、シャルが労働者の安全に留意するのは当然のことである。エルフの中には「次元移動」を苦手とする者も多いし、尚更だ。


 アズの「どうせ後で埋め立てちゃうのに」という泣き言を聞き流しながら、崩落防止のため地上と地下を繋ぐ穴の側面を固めさせた。

 アズの「どうせ「時間停止」の効果が滅多に途切れないから、なかなか冒険者なんて来ないのに」という不満を無視しながら、落下防止のため穴付近のバリケードを強化させた。


 更に、いざ隠しエリアとして運営する際モンスターとの戦闘で天井が崩落しては笑えない。「どうせウサちゃんの角入りコンクリで四方八方を固めるんですから、崩落もクソもありましぇ――ッ、みゅん! しゅみましぇんれひたァ!!」と喚くアズの頬を張り、時にすねを的確に蹴りながら、天井や壁、床にまで鋼鉄製の骨組みを作らせた。


 シャルは別に憤慨している訳でもハラスメントに訴えたい訳でもなかったようだが、ただ単に「アズにはこれぐらいで接すると話が早いらしい」と学習した結果だった。


 ちなみに骨組みとして使った鋼鉄も特別制で、デスサイズという名の巨大カマキリ型モンスターの節から採れる特殊な繊維を練り込んで作った鉄だ。程よい強度と柔軟性をもつため、ちょっとやそっとの振動や衝撃では壊れない優れものである。


 骨組みや枠があれば後々セメントを流し込むのも楽だし、換気や除湿のために必要な機器を組み込むのも容易い。安全を確保するだけでなく作業効率も上がって一石二鳥である。確かにアズはボロボロになったかも知れないが、全て必要なことだった。


 そうして彼が必死に頑張ってくれたお陰で、隠しエリアとなる舞台はほぼ完成したと言っても過言ではない。今はまだ土肌が露出しているものの、全体をコンクリートで覆い固めたら異様な雰囲気の空間が出来上がること間違いなしだ。


 クレアシオンという洞窟型のダンジョンから一転、扉をくぐればコンクリート打ちっ放しの広大な空間。そこに現れるのは、文字通り終わりのないモンスターの群れである。

 ここを訪れる冒険者も胸を躍らせるはずだ。


「じゃあナルギ、作業の続きとアティへの引継ぎは任せた。今日は僕も色々と疲れたから、一刻も早く帰って眠りたい」

「ック……露骨に疲労をアピールして、一体どういうつもりだ? まさか俺にいかがわしいマッサージをさせようって魂胆――」

「ナルギ、悪いが今はそういう遊びに付き合う気分じゃない」


 すぐさまストップをかけるシャルに、ナルギはいつかと同じく「ですよね……」と途端に敬語になった。後ろ髪を引かれるような顔をしてダンジョンの中へ消えていくナルギを見送ると、シャルが一息つく。

 そうして周りに集まる部下を見回すと、軽く片手を挙げて言葉を掛けた。


「――では、解散だ。また明日」


 まあと言っても、ダンジョンの外では平均して四十八時間から七十二時間ほど経過するのだが。

 ロロは欠伸を噛み殺しつつ、緩く頷いてから次元の裂け目に姿を消した。

 トリスは深々とお辞儀をしてから。アズはシャルに向かってチラチラと意味ありげな目線を送っていたが、「速やかに眠れ」と言われて肩を落としながら帰って行った。


「……ダニー?」


 一人帰宅せずに居残りしたダニエラを見て、シャルは首を傾げる。すると彼女は、両腕で胸を寄せて蠱惑的な上目遣いをしながら微笑んだ。


「はぁい。ダニーは最近~、シャルルンと二人きりの時間が減少傾向にあると思いま~す」

「……言われてみればそうかも知れないが、新人教育で忙しい時はいつもこうだろう」

「でもぉ、他の皆はシャルルンと二人きりになってばかりでぇ不公平じゃない~? ハーレム王を名乗るならぁ、ちゃんと平等にもらわないと困るんですけど~」

「ハーレム王を名乗った覚えも渡った覚えもないんだが、不公平と言われると確かにそんな気もしてきた」

「このままじゃあ、精神的なストレスが原因で業務の効率が下がると思う~。そのストレスを発散させるためには、シャルルンを見守る回数をもっと増やさなくちゃあいけなくなるって言うか~……そうなったら悪いって言うか~?」


 彼女は相当なストーカー気質だが、アズと違って踏み込んではならないラインを明確に決めている。

 具体的に言えばシャルの家まで押しかけないとか、じぃじの所在を探らないとか、彼が街で誰かと話している時は姿を見せないようにするとか――他にも色々だ。

 矜持と良識のあるストーカーである。犯罪行為には違いないが。


 しかし見守る回数を増やすということは、つまりラインを越えるぞ? という脅しに等しい。

 シャルは伏し目がちの表情になると、やや疲れた声色で「何が望みだ」と呻いたのであった。

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