第66話 好きの理由1

 ダニエラはため息を吐き出すと、唇を尖らせてシャルを見た。


「なんかぁ……ヤだなあって?」

「発言が漠然としすぎている」

「だからぁ、結婚とか妊娠とか出産とか……そういう期待されるの全部しんどいなって。孫が見たいなんて言われてもぉ、どうして私にばっかり言うのかなあ? 私の兄弟、何人居ると思う~?」

「さあ……何人居るんだ?」

「そんなの知らなぁい。ママってばエルフはもちろん、ヒト族の冒険者にも……ダークやハーフエルフ、モンスターにだって手を出しちゃうんだもん。種族も姿形も全く違う兄弟だらけだよぉ~ママ自身子供の数なんてひとつも把握できてないんじゃな~い? ヒト族と違って、魔族の親に出生届の提出義務はないしぃ」


 さすがサキュバス、さすがは女王クイーンである。貞操観念の『て』の字も存在しない。

 とはいえ、そもそもサキュバスという種は雄の精力を糧にして生きているのだ。スムーズに食事するために付随してくるのが、そういった行為であるというだけ。

 そこには善悪も醜悪な欲望も何もない。ただ生きるのに必要不可欠な空気や水を得ているのと同じだ。


「まあ、それが唯一の食事って言うなら仕方ないけどぉ……やっぱり娘的にはママがだと良い気しない~。いっそ私がダークエルフじゃなくて、純粋なサキュバスだったら良かったのかなあ……そうすれば、母親との間に価値観の相違を感じることなんてなかったでしょう?」

「僕にはじぃじしか居ないから、親と子の繋がりについてはよく分からない。ただ、全く同じ種族だとしても相容れない者は居るだろう? 例え似た思想を抱えていたとしても、寸分たがわず同じ価値観をもつ生き物なんて居ないんじゃないか」

「そっかあ、エルフの中にも色んな子が居るもんねえ。じゃあ結局、環境が違ったところでまた違う悩みごとがあったのかも~? 私って結構、人目を気にするタイプだしぃ」

「……人目を気にするタイプという概念についても、さらい直す必要がありそうだ」


 腕組みをして悩むシャルを見て、ダニエラは笑いながら「シャルルンの意地悪~」と甘えた声を出した。しかし、微笑んでいるもののその目はあまり笑っていない。いつも通りのふざけた態度の割には、なかなか真剣に憂鬱らしい。


 ――シャルは、様々なダンジョンからヘルプとして呼ばれることが多い。だからもちろん、くだんのサキュバスクイーンとも面識がある。


 彼自身の特性によってサキュバスのフェロモンは一切通用しない。そのため、初めこそ『落とし甲斐のあるオトコ』として事あるごとに絡まれていたが――やがて、何度打っても響かない鐘だと気付いたクイーンは、シャルに対する性的な興味を失った。

 当然ハーレム体質のせいでいまだに好意的ではあるが、少なくとも食糧にされるようなことはない。


「クイーンは……恐らく、自分の特性を色濃く継いだダニーが特に好ましいんだろう。純血種の魔族は、神罰によって後世に種を残せなくなった。他種族との混血なら可能だが、純粋な魔族同士では子を成せない。魔族が増えればヒト族が多く死ぬからな――何よりもヒトを愛する神らしい措置だ」


 ダンジョンで大人しく魔族ボスとして振舞っている内はなんともない。しかし、いたずらにヒト族を殺せば神に精神を破壊されて、物言わぬモンスターに変えられてしまう。

 途中で態度を改めたエルフ族と違って、魔族は神に何度も弓を引いている。そのせいか神罰の度合いが段違いなのだ。

 快楽主義の魔族は総数を減らすばかりでモンスターに姿を変えて、しかも『純血種の子を成せない』という制約まで掛けられている。


 別の種族と交われば問題なく子孫を残せるのだが、血が混ざれば混ざるほど種としての能力は弱体化していく。

 つまり、純血の魔族はいつかこの世から消えてしまう可能性が高い。現時点でもう既に絶滅危惧種のようなものだ。

 ボスとしてダンジョンで真面目に働いて十億ポイント貯めれば、労役問題だけでなく純血種の子を成せない体の問題まで解決する――なんて話もあるが、果たして数万年の間真面目に働く魔族など存在するのだろうか。


「私、その話と関係あるぅ?」

「クイーンは子育てがしたいんだ。ただしどんな子供でもいい訳ではなく、自分の子供サキュバスを育てたい。それが叶わないから、サキュバスの特性を色濃く継いだ子供で我慢するしかない」

「うーん……勝手に期待されても超迷惑なんですけど~。私の兄弟の中には、たぶんサキュバスっぽい子たくさん居るしぃ」

「ダニーが迷惑に思うなら応じる必要はない。もう成人して数千年経つんだから、親の言いなりにならなくとも生きていけるだろう。……君は人目を気にして周りをよく見るし、意外としっかりしているから」

「……ねえ。アズちゃんにね、この前シャルルンのどこが好きですかって聞かれたでしょ?」


 ダニエラが珍しく間延びした話し方をせずに問えば、シャルは「もうその話は良い」と肩を竦めた。そうして伝票を手に席を立つと、全額支払いたがるダニエラを制してさっさと会計を済ませる。

 何せ主に飲食していたのはシャルばかりで、彼女は薬草茶一杯しか口にしていないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る