第60話 トリスの告白
ゴブリンの巣を原状回復し終わったタイミングで、アズが「よし!」と威勢の良い声を上げた。
「じゃあ自分、待機中に穴掘りして来ます! 仕事の時間になったら知らせてください」
「監督官としてロロも連れて行くように。一人で作業に当たって落盤事故からの生き埋めなんて笑えないからな……僕も外の時間が深夜になれば、新米への声掛けはダニーに任せて手伝えると思う」
「承知しました! シャルルエドゥ先輩と密室で生き埋めになれる瞬間だけを楽しみに頑張ります!」
「だから、事故だけはやめろ。ロロ、くれぐれも安全に留意してくれ」
「ウィース、行くぞアズ」
ロロに促されて、アズは満面の笑みで「次元移動」の魔法を発動した。やや遅れてから、ロロも次元の裂け目をつくり出す。
ダンジョン内には「時間停止」の効果範囲を外れて活動している冒険者も居る。徒歩でむやみにエリア移動するのは悪手なのだ――また、先客が戦闘、採取中にエリアの中へ侵入するのはマナー違反でもある。
二人が姿を消したのち、シャルはエリア内で冒険者の動きを監視する役目をトリスに任せようと口を開きかけた。ダンジョンの入口で冒険者に声掛けを行うのはシャルとダニエラが適しているので、ごく自然な流れである。
しかしそれよりも先に、トリスが言葉を発するのが早かった。
「――あの、エド先輩! 取り急ぎお話したいことがあります、お時間を頂けないでしょうか……?」
「話? 別に構わないが……そうだな、じゃあエリアの監視は一旦ダニーに任せよう」
「え~、私が合法的にシャルルンと二人きりになれる時間だよ~? シャルルンの頼みだから聞くけどぉ……」
「今日一日役割を交代する訳でもないんだから、気にすることないだろう。どうせ後で嫌でも顔を合わせることになるし、安心すると良い」
シャルの淡泊な返答を聞くと、ダニエラは褐色の頬をぷっくりと膨らませた。その後「まあでも、そういうつれないところも好きだし~」と呟き渋々了承したため、シャルはトリスを見下ろして「行こうか」と声を掛ける。
トリスはどこか緊張した面持ちだったが、微かに笑うと「次元移動」の魔法を発動した。
◆
ダンジョンの入口まで移動したシャルは、早速「それで?」と水を向けた。
どこからともなく「ガガガ」「ゴゴゴ」とけたたましい掘削音が聞こえてくるのは、まず間違いなくアズとロロのやっている作業が原因だろう。
トリスはモジモジと両手の人差し指を突き合わせると、兄とよく似た上目遣いでシャルを見上げた。
「ええと……アザレオルルが転属して来て、いつ
「暴露?」
「その、学校を首席で卒業した時のことです。実は私、元々アザレオルルとは卒業成績を合わせようって話をしていて……お互いに目指すところも目的も一緒で、争いになるのは分かりきっていました。だから成績をぴったり合わせてダブルで首席卒業すれば、どちらもクレアシオンの配属を希望できるかなって。どうしても一枠しか空いていないと言うなら、私かアザレオルルのどちらかがエド先輩に見初められる幸運を掴めたかも知れませんし」
「成績を合わせるとは、とんでもない不正を思いついたものだな……双子ならではの芸当か? 卒業試験は単純な学力だけでなく、実技もあっただろう」
学力だけならば、合わせようと思えば可能かも知れない。そもそもこの双子は優性遺伝のハーフエルフだ、難なく満点を取れたはず。
しかし実技の評価を合わせるのは難しい。養成学校の実技試験は個別で行われて、それぞれ出題される内容も違う。だいたい似たようなレベルのものと言っても、百パーセント同じにはならない。特に兄妹間では。
まず試験官が変われば、例え同じ試験に全く同じ対応をしたとしても評価基準が大きく変わってしまうものだ。
「実技試験から先に行われて、その場で点数が言い渡されるでしょう? 幸い学力試験はその後で――問題用紙には設問ごとの加点がいくらなのか明記されています。だから、あらかじめ計算して帳尻を合わせれば全く同じ成績がとれます」
「そう言われてみればそうだな。わざわざ点数を伝えるのは生徒に
一人頷くシャルを見ながら、トリスは苦く笑って続けた。
「アザレオルルが当たった問題、たまたま彼が苦手とする『
「それは
「私は満点を取りました。だから後は、私が学力試験で二点減点されれば全く同じ成績になるはずだった――けど、欲が出てしまって」
「欲?」
「だって、私が一番になれる道があるのに……確実にエド先輩のところへ行ける切符があるのに、アザレオルルと成績を合わせるなんて嫌じゃないですか。そんなことをして、もし私だけ選ばれなかったら? 二人選ばれればそれが一番ですけど、私にとっては結果の分からないギャンブルでした。ずっとエド先輩の下で働きたくて頑張ってきたのに、ここで躓くと全て水の泡になる――不確定要素は排除したくて、満点を取った。私は兄を裏切ったんです」
トリスは下唇を噛み、悔いるような表情を浮かべている。今でこそ言葉を交わす度に言い争っているようだが、以前はそれなりに仲が良かったのかも知れない。
その兄妹仲にヒビを入れたのは、他でもない彼女自身の行動なのだろうか――。
努力が水の泡になったのはアズだって同じだ。そういった経緯があったからこそ彼は、卒業式で配属先を指名する際に酷くショックを受けていたのかも知れない。
あの日『次席』が発した声は機械的で抑揚がなく、せっかく良い成績を修めたのに「希望する配属先はありません」なんて言ってのけた。
その言葉通り、唯一の希望先は目の前で失われてしまったのだから。
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