第59話 ゴブリンの巣
当然、じゃあ一旦建物を退かしましょう! なんてことはできない。仮に家屋であれば重機を使って土台ごとリフトアップも可能だったかも知れないが、さすがにダンジョンそのものを持ち上げるのは不可能だ。
真下に穴を掘っては地盤を補強して、また更に掘っては補強して――とにかく手間と時間がかかってしまう。
しかし、やることは至ってシンプルだ。地面を掘ってコンクリートで外壁を造り、内装工事を行うだけ。もし途中で水源にぶち当たれば最悪だが、そこは運次第だろう。
ただ、最終的にゴブリンの巣――既存のダンジョンへ繋げるとは言え、ヒト族の健康を害さない程度の空気
「今更ながら、深さ五十メートルも掘る必要があるのか?」
「いずれボス級の大きな魔族も使いたいじゃないですか? 天井は高い方が良いかなって……ほら、大は小を兼ねる!」
今は日勤の時間帯で、夜勤のナルギたちは帰宅済み。シャルがふと思い出したように問いかければ、アズは満面の笑みで答えた。タイミングよくと言うべきか、本日シャル率いるチームが配属されているのはゴブリンの巣エリアだ。
ここは新米冒険者にとって鬼門のエリアだが、実はエルフにとっても面倒な仕事場である。
ほとんど無機生命体と呼んでも過言ではないほど清廉な、ゼラチンボディのスライムとは違う。彼らは地面に生えた草が餌で、それを溶かして消化するのだが――文字通り綺麗サッパリ
その点ゴブリンは――それはもう、モリモリ食べてモリモリ出す。これぞ有機生命体のあるべき姿である。
彼らは雑食だからなんでも食べる。巣の装飾みたいなもので、餌となる動物の死骸を転がしておくのも原状回復の一端だ。
結局のところ、エルフの大釜で復活したとしてもすぐさま冒険者の『おかわり』で虐殺されてしまうのだが――食糧を置いておくのは雰囲気作りだけではなく、ゴブリンに対するせめてもの慈悲とも言えよう。
そんなこんなで、ここはクレアシオンのダンジョン内で群を抜いて不浄な場所だ。
元が汚れまくっているため、原状回復はかえって容易い。その代わり実働八時間を得られるまで悪臭に悩まされ続ける。もちろん個人差はあるものの、現場に配属されて間もない新人エルフは嘔吐してばかりで仕事にならないなんてことも珍しくない。
ガスマスクをシュコーシュコーと鳴らしながら働く者も居る。『優雅な森の賢人エルフ』なんてものは幻想だ。
「エド先輩、本当に造るんですか? 新規エリア……」
「トリスは反対か? 別にそれで構わないぞ、クレアシオンを存続させるためにも、何人かは神罰を避けて生き残って欲しいからな」
「そういう訳ではないですけど……なんだか、早い者勝ちって感じがして。すっかりアザレオルルの手柄じゃあないですか」
やはり本人も、アティと髪型が被ってはいけない――外見中身問わず、キャラ被りはシャルに認識されなくなるためご法度だ――と思ったのか、シャルに「邪魔では?」と指摘されても尚ツインテール継続のトリス。
まるで彼女自身の心情と比例しているかのように、二本の尻尾は元気がなく垂れ下がっている。
「そう言えばトリスも、構想自体は以前から練っていたと言っていたな。ただあまりにも突飛な内容だから、言うに言えなかったと――」
「あ~シャルルエドゥ先輩。ルルトリシアの話を一から十まで信用していたら大変ですよ? 自分よりよっぽどあざといんですから、この女」
「ちょっと! ここでは私の方が先輩ですよ! 口と態度に気を付けなさい!」
「ウィース、チビシアパイセン~」
「っく、この……っ本当に嫌な兄ですね……! マイナス五百万ポイントのくせに!」
トリスが歯ぎしりすれば、「さっきマイナス
「どうして借金でギャンブルができるんですか? たまにあなたみたいなのが居るから、ハーフエルフの人権がどんどんなくなっていくんですよ」
「ちょ、あんまり褒めないでくださいよパイセン」
「一つも褒めてないんですよ。というかアザレオルルあなた、今は絶対に不慮の事故で死なないでくださいよ? 死ぬなら借金を返した後にしてくださいね」
「……そうか。もしこのままアズが神罰で死んだら、こいつのポイント借金は全額チビシアのところへ行くんだよな」
ロロが憐れなものを見るような目をしながらトリスに言えば、「チビシアはやめてください」と不機嫌な声が上がった。かなり虫の居所が悪そうだ。
「まあまあ、トリシアちゃん~。例え新規エリアに付随する『徳』が全部アズちゃんの手柄になったとしても~マイナス七百五十万ポイントを帳消しにするのって、とっても時間がかかるんだし~? ダンジョン時間で半年真面目に働いていたトリシアちゃんの保有ポイントに追いつくには、アズちゃん相当頑張らなくっちゃあいけないから~」
「……それは、そうなんですけど。そもそもエド先輩が「やる」と言うなら、当然やりますけれど……どうも腑に落ちないって言うか。本来なら、私が貰えたはずの徳かも知れないのに――」
「いやいや、思い切りと実行力のないチビシアパイセンじゃ無理っしょ~」
「………………エド先輩! 生意気な新人が下克上を!」
絶賛ゴブリンの巣を原状回復している最中だと言うのに賑やかな部下たちに、シャルは辟易とした表情で「仲が良いな」とだけ呟いた。
この仕事を終えて待機時間に移行すれば、ダンジョンの外に出て穴掘りが始まる。周辺の時間は魔法の影響で常に止まっているようなものだから、どれだけ騒音をかき鳴らしていても不審に思われることはないだろう。
強いて言うなら、ダンジョン内で活動する冒険者に工事の振動が伝わると不安がらせるかも知れないということぐらいか。
シャルの全く心のこもっていない「僕は、皆と仲良く働ける者が好きだ」という言葉に、双子はぴたりと口を噤んだ。
ダニエラが「シャルルンの
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