第49話 ダンジョン構想

 もしも、それなりの経験を積んだ冒険者が再びクレアシオンに戻ってくれれば。『隠しエリア』の攻略に掛かりきりになってくれれば、どうなるか。

 熟練の冒険者離れを防ぐことによってダンジョンそのものが盛り上がるし、新米に対する教育者不足も解消される。

 ヒト族がヒト族の尻拭いをしてくれるようになれば、エルフ族がタイムカードの減算を食らいながら泣く泣く教育的指導をする必要もなくなるだろう。

 そうして新米の死傷率が下がれば、ポイント赤字のリスクも減る。まともな指導者がダンジョン探索の心得を説いてくれれば、薬草踏みにじり問題や宝箱に対する蛮行、効率のいいモンスターの倒し方が分からないために暴れるという問題も消える。


 右も左も分からぬ新米からすれば、心得を説いてくれる先達もいざとなったら助けを求められる存在が同じダンジョン内に居ることも、これ以上ない命の保険となる。

 まだ見ぬ宝や前人未到のダンジョン攻略を目論む上級冒険者にとっても、新たに現れる『隠しエリア』は垂涎すいぜんものだろう。


 そして、原状回復だけでなくヒト族の教育、死にかけた冒険者の救出などに時間を取られまくっているエルフ族からしても利点が多い。

 単純に考えて、ダンジョン内にエリアを増やすということはそれだけ仕事量が増えるということだ。しかし、例え仕事量が増えたとしてもやるだけの価値はある。

 新米冒険者のダンジョン利用モラルの向上、冒険者の死傷数過多によるポイント赤字防止、原状回復作業が今よりもっと容易く単純化する可能性。


 しかも上級者向けのダンジョンというのは、初心者向けと比べて一エリアごとの滞在時間が長くなりがちだ。

 出現するモンスターが手強いから、拾えるアイテムや採集物がどれもこれも高額で捨て置けないから、罠が多く解除に手間取って進みづらいから。

 更にモンスターが一切沸かない『休憩エリア』が設けられていて、実はそこが冒険者の出会いの場になっているから――などなど、理由を挙げればキリがない。


 冒険者が同一エリアに留まって汚す時間が長くなれば長くなるほど、エルフにとっては好ましい状況と言える。ヒト族がエリア内に滞在している時間こそ、エルフ族の実働に変換されるのだから。

 今のクレアシオンのようにヒト族が十五分かけてスライムの巣エリアを汚して、エルフ族が三十分かけて原状回復するというサイクルよりもよっぽど効率が良いはずだ。


 回転率の上昇よりも滞在時間の上昇を目指したい。その方がエルフにとって楽なのだから。


「そもそもクレアシオンには休憩エリアがありません。新米のバカガキ共は考えなしに突撃する頭しか持っていませんから、一服して英気を養うなんて発想には至らない――そのせいで、休憩エリアがあったとしても利用しない。だからここは他のダンジョンと違って、効率よく実働を稼げるチャンスをひとつ失っている訳です」


 ホワイトボードに問題点を箇条書きしていくアズを見て、シャルが頷いた。


「確かに、初心者にも休憩するという概念があれば良いのに――と思ったことはある。休憩エリアがあって、しかもまともに稼働するような状況であれば、そのエリア担当になったチームは楽ができるからな。あれはヒト族だけでなくエルフ族も心身を休めるのにちょうどいいエリアだ。まあ、ウチだと一、二週間に一度のローテーション制になるだろうけどな」

「あ~分かる~。他のダンジョンだとぉ、探索に疲れた冒険者がテントを張って野営することもあるんでしょう~? そんなのを眺めているだけで実働何時間も稼げちゃうのぉ、ちょっと羨ましいと思ってた~」

「俺が聞いた話じゃあ、そもそも上級ダンジョンの休憩エリアから冒険者が一人も居なくなるっていう状況がなかなか生まれねえもんで、実働八時間稼ぐまで一度も原状回復することなくヒト族の観察だけで終わる日もあるらしいッスよ? ……まあ、上を見りゃキリがねえけど」


 シャルに続いて、ダニエラとロロもそれぞれ頷いた。彼らはもうかれこれ数千年単位で文句なく働いているものの、やはり「休憩エリアがあればもう少し楽なのに」という思いはあるらしい。

 いつの間にか古参エルフの三人は、すっかり「突拍子もないけれど意外とアリかも知れない」という考えになっている。しかし、実現するためにはいくつもの問題があった。


「悪くはない話だが、『隠しエリア』なんてどこにどうやって作るつもりだ? まず、上級者でなければ探索許可がないエリアというのが難しい。下手に新米が迷い込めばかえって死傷率が跳ね上がるだけだろうからな。誤って新米が入りそうになった場合はどうするつもりだ? 僕らがいちいち引き留めるのか」


 シャルが思案顔で言えば、その問いかけに答えたのは意外なことにアズではなくトリスだった。


「そういうアイテムやオブジェクトだけなら、神のポイントショップに並んでいますよ。限定条件付きの扉と、それを開くための宝玉オーブです」

「……何? それは知らなかった――というか、僕はウチで使う必要のないものを確認したことがなかった。他所の応援に行ったところで、オブジェクトの配置は僕の仕事じゃなかったし……」

「もしかしてトリシアちゃん、ポイントショップに並んでいるものひと通り全部見てるの~? 品数、億単位なのに~?」


 神のポイントショップとは、魔法のタブレットと貯めたポイントを使って利用するネットショッピングのようなものだ。全ダンジョン内で使われるオブジェクトや罠、宝箱に入れるためのアイテムや、外の世界で使用できる通貨なども交換できる。

 全てのダンジョンを網羅する品揃えのため、当然品数は膨大な数になってしまう。自分が担当するダンジョン以外のものについてはわざわざ調べる必要がない――というよりも、調べたところで覚えきれないので無駄だ。


「あ、いや、えっと……以前にそういうものがあれば良いのにと思って、ショップを検索したことがあって――アザレオルルと同じ発想なのはすごく嫌ですけれど、私だってハーフエルフですから。『隠しエリア』を作れないかなって構想だけは、ずっと前から練っていたんですよ」


 トリスは照れくさそうにしながら答えたが、しかしアズはどこか白けた顔をして「チビシアパイセンは、す~ぐ人の構想をパクる~」と悪態をついた。

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