第48話 アズの狙い
食後のホットミルク――中には当然チョコが溶かされている――を嗜んでいたシャルは、テーブルの上にカップを置くとアズを見やった。椅子の上で足を組みかえれば、ひとまとめにされた長い金髪がさらりと肩口を流れる。
「改造――と言うと? どういう発想だ?」
「シャルルエドゥ先輩、言ったでしょう? 自分、今まで転属したいという一心で生きてきたんで、仕事の時間をこれでもかと読書に費やしていたんです!」
「胸を張って言うことではないが、本から得た知識が豊富なのは良いことだ」
横からトリスが「エド先輩、甘やかしすぎですよ」と軽いツッコミを入れた。しかしアズは、そんなやりとりを全く気にしていない様子で続ける。
「店で目についた本を片っ端から買って読んだんですけど――その中に、
「へえ、お前ゲームすんのかよ」
テーブルの上のチョコレートファウンテン一式を片付けながら、ロロが問いかけた。するとアズはシレッとした顔で「いやいや、そんな時間ありませんよ。攻略本を見て遊ぶだけです」と答えたため、「変わった楽しみ方してんなあ」と呆れ混じりの声が上がる。
曰く、攻略本を見るだけでゲーム本編をプレイしたつもりになっているらしい。
「攻略本によるとですね、一部のダンジョンものには一定の法則があるんですよ。ずばり始まりの街近辺には、ゲームクリア間近になって初めて探索資格を得られる『隠しダンジョン』が付きものです」
「……隠しダンジョン?」
アズの主張はこうだ。RPGには必ず、始まりの街や村そして最弱のダンジョンがある。それこそゲームのストーリーが開始する起点となる場所で、プレイヤーに向けたチュートリアルステージでもあるのだから当然だろう。
その近辺では弱いモンスターしか出ないし、入手できる経験値も少ないし、拾えるアイテムだって貧相だ。何を稼ぐにしても効率が悪く時間がかかるし、ストーリーを進めるためにもプレイヤーもとい主人公はすぐさま次の街へ移動してしまう。
しかしゲームのストーリー上、シナリオの中盤以降に始まりの街周辺へ戻ってくるイベントが挟まれることが多い。
主人公の実家があってふらりと立ち寄る流れになるとか、敵に故郷を襲われて助けに行くとか、実は伝説級の家宝やアイテムが隠されているらしいという情報を知って戻ってくるとか――訪れるための理由なんていくらでも作れる。
例えばその伝説級のアイテムが隠されている場所というのが、初期ダンジョンだったり始まりの街周辺だったりするのだ。
最初ダンジョンを訪れた時にはなぜか開かない扉があるとか、明らかに怪しい仕掛けがあるけれど解き方が分からないとか、よく分からないが
それらは大抵ゲームのシナリオが進んでから解放される隠しルートであって、扉を開くための専用アイテムや不思議な魔法などを手にしなければ全く意味のない場所である。
いくら気に留めたところで――それこそ「この先には絶対にすごいアイテムが隠されている、または隠しボスが居るに違いない」と確信していたとしても、序盤ではどうしようもない部分なのだ。
「つまりですね、クレアシオンのダンジョンに、
「……俺らの仕事はダンジョンの『原状回復』だぞ? ダンジョン自体を勝手に作り変えるなんざ、許されるのかよ」
チョコの山を片付け終えたロロが訊ねれば、アズは小首を傾げた。
「自分らエルフ族に科せられたのは原状回復ではなく、あくまでもダンジョンの
「いや、習いませんでしたっつーか……禁止するまでもないってだけじゃねえのか、常識的に考えて」
「ははあ、自分ハーフなんでそういう――常識なんて感覚には疎いんですよねえ」
「……そもそもアズは、なぜそんなエリアを作りたいと思うんだ?」
シャルの問いに、アズは「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりの笑みを零した。
彼は一体どこから引っ張り出してきたのか――自分の「収納」からなのか、それともロロの異空間倉庫内にあったものを無断で拝借しているのかは謎だ――ホワイトボードのキャスターを転がしてくる。
そうして、白い板面に簡単な図を書きながら解説を始めた。
「クレアシオンのダンジョンと言えば、冒険者にとっては『始まりのダンジョン』です。何せ、冒険者免許を取得できるギルドを構えているのはこの街だけですから。世界中を探してもここ以上に初心者向けのダンジョンは存在せず、誰しもがここから探索を始めるしかない……そうでなければ、レベルに見合わないダンジョンに潜って死あるのみです」
「そうだな」
「お陰でクレアシオンから仕事がなくなることはありませんが、その性質上どうしても冒険者が
上級冒険者になると、レベルの高いモンスターが相手でなければ満足に経験値を稼げなくなる。ここらで採取できるアイテムの売値もたかが知れているし、そもそも留まる理由がないのだ。
しかし、もしもここに『隠しエリア』なる高難度エリアが出現した場合どうなるか。そこに伝説級の宝があるとしたら――簡単には勝てないようなモンスターや、
彼らがクレアシオンを拠点に活動するようになれば、街のギルドで新米冒険者の教育をしてくれる者も現れるかも知れない。時には新米とパーティを組み、冒険者たるものの心構えを説いてくれるかも知れない。
まともな教育の場が設けられれば、新米冒険者の死亡率も大幅に下がるはずだ。命懸けのダンジョン探索に飽きた上級冒険者のセカンドワークも広まるだろう。
「――待て、それが狙いか?」
シャルが呟くと、アズは得意げな顔でふふんと鼻を鳴らした。
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