第47話 始まりのダンジョン改造計画

 何事にも公平なシャルから見た『ハーフエルフ』というのは、どれだけ公平な目で見ようとしても希少で優秀な存在であると言える。それは四千年以上生きてきた中で彼が得た統計データが裏付けており、根拠のない神話でも仮説でもなく単なる事実であった。


 だから彼らが虐げられているのを見るたび不思議に思うし、馬鹿正直に「劣等種どころか純粋な能力で言えばエルフよりだぞ?」と間違いを正そうとする。それは厚意や親切心なんて高尚こうしょうなものではなく、ただ事実だから述べているだけだ。劣等種呼ばわりしているエルフの方を無知と嘲っている訳でもない。


 個人の思想は自由であって然るべきだし、誰がどんな想いを抱こうと構わない。ただ事実は事実として認めるべきではないか――それくらいのものだ。

 誰も彼も肯定して平等に受け入れる性質をもって生まれたシャルにとっては、当然の行いだった。


 だから養成学校の特別講師として招かれた際、周りから虐げられてくすぶっている双子のハーフを見ても一切厭わずに話しかけて当然である。

『せっかく優秀に生まれたのだから、例え悪目立ちしたとしても気にせずトップの成績をとれば周りも黙るのではないか?』

『その見た目は明らかにじゃないか、皆はどうやって区別するんだ? 言わなければ誰も分からないだろうに、律儀だな』

 ――などと、些か無神経な言葉をかけるのも至極当然であった。

 彼にとってはそれが揺るぎない事実で、データに裏付けされた答えなのだから。


 ところで、文字通り神がかりのカリスマ性と影響力をもつシャルが公衆の面前でハーフを肯定すればどうなるか。答えは、じわりじわりと迎合する方向へ傾いていく。

 テルセイロのダンジョンでは時間が足りず、迎合するまでには至らなかったが――と言うよりも、シャル自身己の特性をよく理解しているため他人の意志を強制剥奪することを好まないのだ――それでも人々は、基本的にシャルの意志に沿って流れてしまう。


 双子に対する同級生や教員の当たりは一時的に弱まり、それと同時に好成績を収めるようになれば、やがて周囲はハーフに一目置かざるを得なくなる。

 例え皆の中からシャルの中毒効果が薄れたとしても、もう遅いのだ。既に双子は「あの人の下で働く」という目標を掲げて勉学に励み、自信たっぷりに胸を張って歩き始めている。周囲のやっかみ、蔑みなど屁でもない。ただシャルの下で働ければそれだけで良くて、周りがどう思おうが優秀な自分たちには一切、全く関係ないのだから。


 ほんの少しの接触を経ただけでこれでもかとシャルに傾倒した双子は、ある種中毒などではなく正真正銘本気の恋をしているのかも知れない。

 とは言え、シャルにとっては特別な出来事でもなんでもなかったため、あの時の双子が今己の下についているなんてことは――いや、そもそも「あの時の双子とは……?」という状態なのである。全くもって懸想けそうし甲斐のない相手だ。


 ――話を戻すが、とにかくシャルにとってハーフエルフとは希少で優秀な存在なのだ。過去に出会ったことすら忘れていても、それだけは間違いない。

 実際、クレアシオンに配属されたトリスは本当に優秀である。

 よく気が回るヒトの血が混じっているお陰か、大雑把で頭の固いエルフならまず気にしない細かな問題点に気付けるのも好ましい。なんだかんだ言いながらもチーム全員に認められよう、好かれようと健気に頑張っている様もいじらしくて良い。


 公明正大がモットーのシャルが管理者である限り、少なくともクレアシオンには混ざりものを差別する文化がない。まあ、新人だった頃のロロのように労働意欲のない者に対してはそれなりに厳しく当たるのだが――。

 抑圧された環境でさえなければ、ハーフはその図抜けた発想力をもってしていくらでも才能を発揮してくれるだろう。正直シャルは、アズについてもそういった面での活躍を期待していた。


 最近読んだヒト族の実用書『実は世界最強の俺が勇者パーティから追放? 今更戻れと言われても、もう遅い』にも書かれていたのだ。ああいう手合いは、のちに必ず破天荒な傑物けつぶつになると。


「――自分、考えたんですけど……クレアシオン改造しません?」

「唐突すぎるな」


 何度も原状回復を繰り返して、ようやく実働八時間を得た一行。

 交代としてやってきた夜勤チームに引継ぎを済ませると――ちなみにナルギは別エリア担当だったので、彼と顔を合わせることはなかった――シャルはおもむろに「新人歓迎会を兼ねてロロのところでチョコレートファウンテンだ」と告げた。

 歓迎会は二の次で、完全に我欲を優先した発言であった。


 しかし仕事終わりにもシャルと過ごせるということで、チームからは賛同の声しか上がらなかった。そうして、板チョコに溶かしたチョコをまぶして食べるような胸糞の悪い歓迎会 (?)を楽しんでいると、アズが唐突に素っ頓狂なことを言い出したのだ。


「自分、考えたんですけど……クレアシオン改造しません!?」


 同じ台詞を力強く繰り返したアズの横で、トリスが「二回言った……」と呟いた。

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