第46話 アザレオルル、本気を出す

「――つまり僕は、普通のエルフじゃない。というか、エルフかどうかも怪しい存在だ。だから大した理由もないのに老若男女問わず好かれる。ハーレム物語の主人公はな、皆僕と同じ『神造』人間なんだ。もしくは失われた魅了の魔法を持っているか、無意識下で息を吐くように洗脳しているか。そうでなければ、刃傷沙汰にんじょうざた抜きでハーレムを維持できる説明がつかないだろう? ……全く、世の少年少女は夢を見すぎだ」


 エリアの掃除を終えてダンジョンの外に出てもまだ呆然自失のアズを見かねたのか、シャルが夢も希望もない言葉を投げかけた。アズは気持ちの整理が追い付かない様子であったが、しかしようよう口を開く。


「つ、つまりシャルルエドゥ先輩は、街のおしゃべりロボットTEPPANテッパーンくんと似たようなものなんですか……?」

「貴様、やはりトリスと血は争えんらしいな。僕を好きだと言いながら酷薄こくはくすぎる」

「だ、だって! じぃじさんの願いで神に造られたなんて言い出すから」

「まあ、どう受け取られようが構わない。人の股から産まれた方が偉いという話でもないだろう、それは人工子宮から産まれたハーフにも言えることだ」

「………………だから先輩、相貌失認なんですね。種族によって差別もしないし、混ざりものでも気にしない――いや、そもそも気にならないのか」


 アズはどこか複雑な表情になって考え込んだ。しかしシャルに「と知って失望したか?」と問われれば、すぐさま「いや、恐ろしいくらいに好きなままです」と即答する。

 恐らく、それこそがシャルに与えられた特性なのだろう。彼が特定の人物から嫌われるなど天地がひっくり返るよりもあり得ないことだ。


「でもシャルルエドゥ先輩、その話を聞いてもじぃじさんに思うところはないんですか? いや、じぃじさんの願いで産まれたなら聞くだけ無駄なのかも知れませんけど……」

「僕は今の生活が好きだ。それにじぃじも好きだから、産み出してくれたことには感謝している――ただ、いずれ死んでしまうじぃじのことを考えると早いうちに『普通のエルフ』になっていた方が楽だとは思う。そうでなければ、僕は永遠にじぃじ以外を愛せないだろうから」

「普通のエルフ」


 漠然とした説明にアズが首を傾げると、ダニエラがシャルの腕に抱き着いた。


「シャルルンはぁ、十億ポイント貯めたら「ただのエルフにしてください」ってお願いするんだって~。そうすれば相貌失認もなくなるかも知れないしぃ、私のことも好きになれるかも知れないから~」

「……いや、ダニーを狙い撃ちするつもりはないんだが」

「またまたぁ」

「いや、ダニーを狙い撃ちするつもりは本当にない。世の中の見え方が少しでも変われば良いというだけの話だ」

「うんうん、そういうことにしておく~」


 げんなりとした表情で腕の拘束を解こうとするシャルに、ダニエラはしたり顔で何度も頷いた。その横では、アズが真剣な顔して何事か考え込んでいる。


「私にはサキュバスママ譲りのフェロモンがあるからぁ。ただのエルフになったシャルルンのリビドーがいきなりほとばしるようになっちゃったとしても、全く恥ずかしくないし一滴も残さずに全部受け止めるしぃ、安心してね~?」

「ダニーが話を聞いてくれないし、セクハラがえげつない」

「……ハッ! 先輩もしかして童貞ですか!? 自分が十億ポイント貯めたらそれ貰っても良いですか!?」

「本日付けでクビにするぞ、貴様」


 シャルはダニエラを押しのけた後、いきなり縋りついて来たアズを突き飛ばすように退けた。そして誰にも巻きつかれないようにするための措置なのか、両腕をきつく組んで距離をとった。

 二人がかりでセクハラされてすっかり機嫌を損ねてしまったようで、ブツブツと独り言を呟いている。よく聞けば「僕はただ、三千歳になるまで守り通せば失われた魔法を取り戻せるらしいという話の真偽を確かめたかっただけだ」と言っているようだ。


 既に四禅歳を超えている辺り全く通用しない言い訳であったが、恐らくこれすらも神から与えられた特性のひとつなのだろう。

 誰のことも特別に愛せないのだから、特定の人物に性的興奮を覚えることがない。世の全てに対して公平なのだから、一人でも抱けば世界中の全てを抱かねば不公平になってしまう。


 それにハーレム物の主役級は――物語が全年齢対象の場合――絶対に一線を越えないものと相場が決まっている。

 本人が絶世の美貌を持つ者だとして周りからメチャクチャに求められようが、何度となくとんでもないラッキースケベに遭遇しようが、なぜか純潔を貫き続ける。

 神の力をもってしても曲げられない、宇宙の法則とも呼べる鉄の掟があるのだ。


 シャルに突き飛ばされたアズはしばらく「ひぃん」と情けない声を上げて泣き真似をしていたが、しかしふと冷静になったのか途端に思案顔になった。


「となると、自分もいつまでもマイナス五百万ポイントでは居られない――という訳ですね?」

「そうだよねえ。しかもアズちゃん、今期の『年末調整』でもっと減点されるの間違いなしだし~」

「うーん、まずいな……自分がシャルルエドゥ先輩の童貞を狙っているということは、まず間違いなくルルトリシアも同じことを考えているはずだ」

「トリスのイメージがどんどん悪くなるから辞めてくれないか」


 真剣な眼差しで熟考するアズに、離れた位置に立つシャルが嘆くような声を上げた。しかし少年は一切気にした様子がなく「これは由々しき事態だ」と呟くばかり。


 アズがマイナスに振り切れていた間にも真面目に労働したトリスは、着実にポイントを貯めているだろう。同時にスタートしたとしても五分の勝負なのに、トリスは既に童貞奪取ゴールへ向けて遥か前方を走っているのだ。

 なんなら、ダニエラやロロもアズの敵かも知れない。彼らは双子よりもずっと先に働いている先達せんだつだ。ポイントの保有量は比べものにならないだろう。


 そんな状態で同じ職場、同じチームで働いていたとしても、まずアズに勝ち目はなかった。別のダンジョンでもシャル獲得を目論む輩が多いかも知れない。

 ――となれば、急ピッチで『徳』を積んで隠しボーナスを狙うしかない。しかしシャルのじぃじと同じやり方ではどれだけ頑張っても三万六千歳までかかる。それでは結局大幅に出遅れてしまうだろう。


「正攻法じゃ無理ですね。養成学校でポイントの使い道を教えてくれていれば、こんな下手を打つこともなかったのに――そうだなあ、ヒトとダンジョンにとって何か革新的な仕組みを作れないものか……ここクレアシオンにぴったりな、何か……それを発案することで『徳』を詰められれば、あるいは――」

「……やる気を出してくれるのは喜ばしいが、動機が不純すぎるだろう」

「放っておいてください! 絶対に結婚してもらいますからね!!」

「気迫が怖い」

「んふふ~、でもぉアズちゃんが良い仕組みを考えてくれたらぁ、巡り巡って私たちまでポイントを稼ぎやすくなるかも~? そうしたらシャルルンもすぐに十億貯められるよぉ、あと三万年ぐらいで~」


 ダニエラのフォローになっているんだかなっていないんだかよく分からない言葉に、シャルは「それはそうなんだが……」と複雑な顔で頷いたのであった。

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