第45話 じぃじのお願い

 ヒト族の冒険者を死なせぬようにと、大赤字を食らう働き方を繰り返したエドゥアルト。しかし彼は、神から下賜かしされる隠しボーナスのみで保有するポイントを黒字に変えた。

 なんと十億ポイント貯めたのは、定年の四万歳よりも早い三万六千歳の頃であった。


 そんなある日、エドゥアルトの前に神が現れると「十億ポイント貯めた特典としてどんな願いでも一つだけ叶えてあげましょう」と告げたらしい。


 何よりも『平等』が尊いと考えていた彼は、全てのエルフ族を労役から解放して欲しいとは願わなかった。エルフだけ解放されても、魔族はダンジョンに閉じ込められたまま――それはあまりにも不公平だ。試しに神に確認してみれば、どちらも解放するというのはに相当するらしかった。


 そもそもダンジョンからエルフ族と魔族を解放すれば、この世界はどうなるか――それは火を見るよりも明らかであった。

 彼らはまたヒト族を略取りゃくしゅの対象とするだろうし、大陸の覇権を巡って争うだろう。懲りずに神々へ喧嘩を売る者だって出てくるかも知れない。


 労役はあくまでも自業自得、二種族の背負うべき業だ。神魔戦争に加担したかどうかなど関係ない。エルフとして生まれ、魔族として生まれ、同胞以外を切り捨てる思想を持つ限りは間違いなく罪人なのだ。

 五万年経ってもヒト族と手を取り合って生きられないのだから、関係性は変わっていない。ダンジョンがなければ平和に暮らせないなら、これをなくすべきではないと考えた。


 では、自分一人だけ労役から解放されたいかと言えばそれもまた違った。どうせあとたったの四千年足らずで定年を迎えるし、何よりもエドゥアルトは間近でヒトを保護したかった。労役や義務というよりも、最早ダンジョンの管理はライフワークだったのだ。

 この世から争いや差別をなくしたいという願いは漠然としすぎているし、『一つの願い』という枠を超えていた。いっそ不老不死を願い、ヒト族の守護者として永遠に生き続けることも考えた。


 そうして特典について悩みに悩んだ結果、彼はふと「寂しい」ということに思い至った。

 同じ寿命をもつ同胞や魔族にエドゥアルトと似た思想を持つ者は居ない。唯一心を開けるヒト族はたったの百年でころりと死んでしまう。外の世界の百年など、ダンジョンで半年働いているうちに経過するような短い時間であった。


 当時のエドゥアルトには家族がおらず、一度でも寂しいと思ったらどうにも耐えられなくなってしまった。

 理解者が欲しい。己の最期を看取ってくれる、唯一無二の存在が欲しい。自分と共に生きて、自分と似た価値観を持って、自分を全肯定してくれるような存在が。


 ――そうだ、。人造ならぬ『神造じんぞう』エルフが。


 具体的に言えばお爺ちゃんっ子の可愛いエルフだ。これは絶対に外せない。神が手ずから創り出すのだから、エルフの中でも抜群の美貌を持つに違いない。

 そして、博愛主義まで行かずとも世の中全てを公平に見る目と感覚が欲しい。例えこの特性が原因で『誰も嫌わないが誰も特別に愛せない』『誰を見ても』という障害を抱えることになったとしても。


 エドゥアルトは周囲から理解を得られず孤独に苦しんだから、可愛い孫は問答無用で誰からも愛される存在になって欲しい。古代にあった「魅了」の魔法なんて足元にも及ばないほどの求心力をもち、ただ生きているだけでハーレムが増殖するくらいがちょうどいい。

 魔力に優れ知力に優れ体力に優れ、高身長、高収入のスパダリ孫が良い――あ、そうだ! なんか意外性があって可愛いからチョコレートに目がないという設定でお願いします! やだ、俺の孫、可愛すぎ!?


 ――かくして、エドゥアルトの願いは叶えられた。

 世界中を公平な目で見て、優秀すぎるほど優秀で、どこへ行っても誰からも愛されて、じぃじとチョコレートに目がない。シャルルエドゥという孫を与えられたのだ。


「――――――え?」


 淡々とした説明を聞き終わったアズは絶句した。ほぼ同時にトリスが「お仕事ですよ~」と呼びに来てエリアに戻り、掃除機でスライムを吸い込んでいる間も思い出したように「――え?」とシャルに何かを聞き返していた。

 見かねたダニエラから「うちのチームの子とか同級生とかぁ、皆知ってる話~」という説明を聞いても受け止め難かったのか、アズは延々と頭上に『?』を浮かべていたのであった。

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