第41話 ロロとシャル2

 ロロ自身の言葉通り、彼は養成学校を卒業後クレアシオンに配属されても一切真面目に働こうとしなかった。


 今時のエルフによくある傾向だ――神魔戦争なんて知らない、労役なんて言われてもこの世に生を受ける前の話で、若者エルフからすれば全く関係のないことである。

 何せ戦争が終結したのは五万年ほど前の出来事で、当時を知る関係者の数も限られている。


 それを「エルフだから」なんて理由でダンジョンの管理をさせられるなど、不条理にも程があるのだ。そんなことならば、劣等種のヒト族として生を受けた方がよほど良い。いくらエルフが長命種だと言っても、定年を迎える四万歳まで働き続けることを考えると馬鹿らしいではないか。


 養成学校は、エルフ族である以上ほぼ強制的に入学させられてしまうものだ。ヒト族でいう義務教育のようなものである。期間は千歳から千七百歳までの約七百年間。ヒトとエルフで大きく違うのは、やはり仕事を選べないというところだろうか。


 ヒト族は冒険者だろうが街の商人だろうが医者だろうが、よく役所仕事と揶揄されるギルド職員だろうが、能力があって諸々の条件さえ合えば難なく就職できる。

 しかしエルフは、問答無用でダンジョンの管理だ。それ以外の選択肢はない――強いて言うなら、定年を迎えたのちに養成学校の教員として悠々自適に暮らすことぐらいだろうか。


 そんなお先真っ暗の状態で学校に押し込められれば、やさぐれエルフの一人や二人出てきて当然なのだ。

 ロロは学生の間それはもう素行が悪く、熟練の教員でも手が付けられないような男だったらしい。

 まず授業に出ないし、出ても寝ているし、気に入らないことがあればすぐに暴れるし――なんなら学校に押し込められていること自体がことなのだ。日常的に乱闘騒ぎばかり起こしていた――本来ならば七百年で卒業できるものを、シャルとは違う理由で千年以上かけて嫌々卒業した。


 卒業しなければ永遠に学生だ。学生のうちは働きに出られないので、ダンジョンに配属されることもない。だからこそ酷い成績を取り続けて粗暴な態度を貫いた。それにも関わらず卒業が決まった時の衝撃と言ったらない。

 まあ真相は、卒業水準を満たしていないにも関わらず半ば学校側に追い出されるようにして卒業したのではないだろうか。それくらい鼻つまみ者だったようだ。


 そんな暴れん坊がやって来ても、シャルは一切態度を変えなかった。怯える訳でも高圧的に接する訳でもなく、ロロが働かなくとも大して気にせず、清掃手順の説明を全く聞いていなくとも気にせず――ただ淡々と義務のように一連の教育工程を行ったのだ。


 聞いていようがいまいが関係なく先に進むなど、ある意味では匙投げに等しい行為だろう。働くどころか話を理解する気すらないロロが「分からねえ」「聞いてなかった」と繰り返しても、シャルは一度も激昂することなくまるで機械のように平然と同じ話を繰り返した。


 ただし、退勤時間が近付くと決まって「一週間後にも態度が変わらなければ、残念ながらその時はやり方が手荒になるかも知れない」と忠告をした。やはり、敬愛するじぃじから引き継いだダンジョンは何よりも大切な場所なのだ。

 当時のロロが働き手として戦力にならないことも、例え目の前で冒険者が死にかけていたとしても全く動じないことも、クレアシオンの管理者としては困ったのだろう。じぃじの教えは「ヒト族をむやみに殺さないでくれ」なのだから。


 しかし、荒事に慣れ過ぎていたロロは態度を改めるつもりなどサラサラなかった。働いたら負けと言わんばかりに無断欠勤したこともある。

 ――ちなみに、その時はシャルが彼の自宅まで迎えに行き腕力のみでダンジョンまで引っ張り出した。体格に恵まれたロロの膂力りょりょくをもってしても、不思議とシャルには敵わなかったのだ。


 せっかく自分の意志でダンジョンまでやって来ても、何もせずにエリアの隅で不貞腐れていることもあった。ただシャルは「新人の間は見学することも重要だ、偉いぞロロ」と、謎のポジティブさをもってして彼を褒めちぎった。

 ロロとしてはそうした対応が妙に子ども扱いをされているように思えて、下手に叱責されるよりもよほど居心地が悪かった。知らぬ間に『ロロ』なんて可愛らしい愛称を付けられていたことも含めて。


 やがてロロは根を上げたのか、ついに働いているを始めた。下手にサボっているとかえってシャルが鬱陶しかったのだ。

 そもそも説明を聞いていないというのもシャルの神経を逆撫でするために言っていただけのことで、実際の手順は嫌と言うほど頭に入っている。だからなんとなく、どう動けばそれなりの働きをしているように見えるか理解できていたのだ。


 その巧妙な働くフリを見て、シャルは彼を几帳面だと評した。実際に働いたことなどないくせに自分の脳内で考えた『可もなく不可もない動き方』をして見せたロロ。それは一種の才能だと感嘆したのだ。

 想像力の豊かさ、要領の良さ――成績不良者だったくせにやたらと計算高く緻密な無駄のない動き方。わざとらしくもなく手抜きでもない絶妙な塩梅は、そもそも几帳面な性格をしていなければ導き出せないものだと絶賛した。


 ――当然、ロロは困惑した。

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