第42話 ロロとシャル3

 正直ロロは、こう思ったはずだ。なんだコイツ本気で面倒くせえ――と。


 ただ働きたくないからさっさと追い出して欲しいだけなのに。いちいち「お~よちよち、よくできまちたね~」と絡まれるのが面倒だから、働くフリをしていただけなのに。なぜこうも良い方にばかり受け取られてしまうのか。何もかもが完全に裏目であった。

 一筋縄ではいかないシャルの下が嫌だから、もう少し分かりやすい管理者の居るどこか別のダンジョンへ転属したいのだ。なんなら働かぬまま永遠に転属しまくりたいから、さっさと手放して欲しかった。


 そもそも今更やる気を出したところで、自業自得とは言えしばらくの間タダ働きが続いてしまう。ならばこのまま自堕落に生きていたいに決まっている。

 今までサボりを重ねていたせいで、ロロの保有ポイントはとっくに大赤字だった。積極的に冒険者を殺さなくたって、働かないということはイコール休憩時間としてタイムカードが減算され続ける。それは働くフリをしていたって同じことだ。

 実働九百時間という表記はつまり、可視化できないマイナスポイントがしんしんと降り積もる雪のように高さを増している状態なのだから。


 まずこのシャルルエドゥという管理者は、あまりにも懐が広すぎる。ダンジョン時間で一週間経っても態度を改めなければ接し方を厳しくすると脅してきた割に、二週間以上が過ぎても彼はひとつも態度を変えることがなかった。

 いくらクレアシオンが人手不足のダンジョンだからって、何もこんな成績不良者に縋らなくたって良いのではないか。そう思った新人は数知れないはずだ。


 成績不良者というのは、第一にロロと同じく社会に出る気が全くない者が多い。少しでも在学期間を引き延ばして、労役に当たる時間を縮めたいのだ。だから養成学校では鼻つまみ者として扱われるし、他の労働意欲があるエルフからは死ぬほど嫌われる。

 誰だって大喜びでダンジョンの管理をしている訳ではない。労働基準法的にブラックすぎるし、ヒト族の冒険者に尽くし続けて一生を終えるのもしんどいし、できることならば好きな事だけして楽に死にたいに決まっている。


 厳密にはマイナスポイントとは違う『実働マイナス○○時間』という状態も、該当するエルフがそのまま亡くなれば結局は丸ごと借金に変わる。だから当然、遺された血族は苦しめられることになる。それさえなければ、エルフ族は皆ニートとして神にストライキを起こした違いない。

 ――だと言うのに「お前らは好きなだけ働いてくれ、しかし俺は絶対に働かないぞ!」なんて主張がまかり通るはずがない。それが許されるなら誰だって職務放棄するだろう。


 そんな問題児ばかり集まるクレアシオンの管理者。そしてここで長年働き続けられるほど訓練されたエルフたちは、どこを見ても変わり者ばかりなのだ。

 ロロが配属された際にも、アズと同様例年通りまずシャルのもとで新人教育が行われた。当時シャルのチームとして働いていたのは、ダニエラと現在は夜勤のナルギ。あと専門職チームの責任者に昇進した者の三人だった。これにシャルとロロを合わせて五人、今のチームと人数的には変わらない。


 ただ、ロロにとって今ほど居心地が良かったかと言えば微妙である。

 専門職チームの責任者となったエルフ――アティは芸術肌の職人気質でとっつきにくく気難しかったし、夜勤の責任者となったナルギは口が悪く性格もアレだったため、とにかく不良のロロを目の敵にしていた。

 唯一「シャルルン以外は~みんなサツマイモ~」と言って微笑むダニエラだけは、今も変わらないだろうか。言っていることは酷かったが、彼女は間違いなくチームのオアシス要員であった。


 そもそもロロの態度が悪かったとは言え、なかなかに辛辣な先輩方に取り囲まれての職務だったと言える。ナルギは人格否定から始まりこれでもかと仕事に対する熱意を説いてくるし、アティは独特の雰囲気を纏っていたせいで話しかけることすらはばかられた。ダニエラはしばらく名前すら覚えてくれなかったのが、地味にこたえた。


 特に『メスガキエルフ』がもつ口舌こうぜつの威力は凄まじく、時に喧嘩慣れしたロロでも圧倒されるほどだった。養成学校でも教員から散々こき下ろされていたが、それがまさか現場に出てからも続くとは――むしろ、教員よりもナルギの方がよっぽど恐ろしい。ロロは日に日に神経を衰弱させていった。


 いつまで経っても配置換えの気配はないし、自信はなくなっていくし、己の存在すら不明瞭になる。こき下ろされるのも嫌われるのも無視されるのも慣れていたはずなのに、段々と耐性が失われていく。

 学校でもダンジョンでも最底辺だった自覚はある。しかし己は、果たしてそこまで言われるほど酷いエルフなのだろうか。の言う通り、本当は『できる子』なのではないか。このまま終わって良いのか。

 謎の焦燥と、かけられたに応えたいという欲求が頭をもたげる。


 と言うのも、シャルだけはいつだってロロを肯定し続けて、これでもかと甘やかしていたからだった。

 常に負の感情に晒されていれば、良くも悪くも慣れて痛みを感じなくなるものだ。しかし、一度でも飴の甘さを知ってしまったら――。

 過酷な環境下で優しくしてくれる存在が居ると、殊更輝いて見えるものだ。その光を失えば暗闇に一人突き放されてしまう。他の誰に認められなくとも、この人にだけは認められたいと思うものである。


 そうしてロロが自ら飴を求めるようになった頃に、シャルは「倉庫番を任せたい」と持ち掛けた。今まで誰にも任せようとしなかったものを、一番の新人であったロロに突然だ。

 アティやダニエラは特に気にしていなかったが、ナルギはこれでもかと反発した。それくらい名誉ある仕事だったのだ。学生時代も今も誰もロロのことなど信用していないのに、シャルだけは「向いていると思う」と手放しで信じてくれた。


 ――後から聞いた話では、一度こうと決めたら信条を曲げない頑なさから「自分の言葉に責任をもてるのだから、そもそもロロは責任能力が高いのだろう」と判断していたようで、大役を任せればすぐにでも才能が開花すると思っていたそうだ。

 結果は幸運にもシャルの読み通りで、ロロはエルフ界でも一、二を争う倉庫番に成長した。すると周りの目もガラリと変わってやりやすくなり、通常業務にも真摯に取り組めるようになった。


 ポイント借金や家族のこともあるし、ロロも途中で「このままではいけない」とは思っていたのだ。ただ長年不良として悪ぶっていたせいで、すっかり更生するタイミングを見失っていただけ。そのキッカケをくれたシャルのことを尊敬するのは当然の流れだった。


「――つまりロデュオゾロ先輩は、シャルルエドゥ先輩信者ではなく中毒という訳ですか」


 説明を聞き終わったアズは、神妙な顔つきで告げた。その頭をロロが思い切りはたいたのもまた、当然の流れであった。

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