第39話 メタ2

「とにかく、僕はそういうエルフになるべくしてなった存在なんだ。エルフも魔族もヒトも関係なく、大した理由もないのに好かれてしまう。だから貴様らの好意についてもあまり信用していない」

「うぅーん……確かに先輩『やれやれ系』だとは思いますけどぉ……」

「やれやれ系とはなんだ、バカにするな。……あまり言いたくないが、そういうところはトリスとよく似ている」


 シャルの指摘を受けて、アズはこれでもかと唇を尖らせた。

 結局シャルが留年していた理由はイマイチ不透明だし、双子の妹との類似点を指摘されては気分も滅入る。詳細な説明を求めるようにダニエラを見やれば、彼女は楽しげに笑いながらシャルの腕に抱き着いた。


「養成学校ではね~? 老若男女も生徒教師の立場も一切関係なく~、シャルルンと関わると皆して骨抜きにされちゃってたの~。だからぁ悪いこと考えるセンセーに依存されて~「この成績じゃあ卒業させられない」なんて、とんでもない職権乱用を受けていたみたい~」

「それは……いや、まあ確かに……シャルルエドゥ先輩が特別講師として学校を訪れた時、生徒どころか教員までデレデレしていましたけど。でも、単に先輩が優秀で人望があるからだと――それに、好かれまくっているならクレアシオンが人手不足に喘ぐこともないはずでしょう? 誰もが自分やトリスみたいにクレアシオンを希望するはずですよ」


 そこで一息ついたアズは、ふと何かに思い当たったのか「あ」と声を上げた。しかしすぐさま有り得ないと自嘲するように口元を歪めて、口を開く。


にしか効果がないとすれば、まるで遥か昔に奪われた「魅了」の魔法みたいですね」


 神魔戦争でエルフ族が敗戦した際、神に奪われてしまった魔法のひとつ。ただ目を合わせるだけで対象の胸を高鳴らせて、声を聞かせるだけで腹の奥をうずかせて――肌に触れたら最後、まともな思考力さえ奪い去ってしまう恐ろしい魔法。

 しかし、同じ魔法を所有するエルフ族や魔族にはほとんど意味がなかった。やや興奮度を高める、ちょっとした催淫剤のような効果しかないのだ。


 その魔法をどう使っていたかと言えば――わざわざ言うまでもないが、エルフは家畜時代のヒト族に使って遊んでいた。

 魔族は調の際に、ヒト族が暴れるのを防ぐために使っていたようだ。思考する能力まで奪われれば、身を裂かれる痛みすら快楽に変わるのだから。


 アズは、馬鹿馬鹿しいと一笑に付されることを期待していたようだ。しかしニマニマと笑うばかりで否定しないダニエラに、目を丸めて「――嘘でしょう? 本当に?」と問いかける。

 ほとんど下着姿と言っても過言ではないダニエラの肌に触れるなと言うのは、なかなか難易度が高いことだ。例えシャルに触れるつもりがなくとも、こうしてダニエラの方から擦り寄ってこられては回避できるはずもない。


「で、でも今、ダニエラ先輩はシャルルエドゥ先輩と腕を組んでいてもなんともないじゃありませんか。そもそも先輩だけ「魅了」を使えるのもおかしな話ですし――あ、いや、もしかしてダニエラ先輩が強火ストーカーなのって、日常的に肌を重ねているせいでアッパラパーになっているとか……!?」

「ううん、強火ストーカーなのもアッパラパーなのも元から~」

「アッ、な~んだ、元からか~!」

「ひとつも安心できる要素がないのに、何をホッとしているんだ……」


 シャルは迷惑そうな顔をしてダニエラの額に手を置くと、腕から引きはがそうと押し返した。ダニエラは恍惚とした表情で「あ~ん」と甘えた声を出すだけで、一切堪えた様子がない。


「いやいや、やっぱり人様の意識を改変するなんていうのは恐ろしいことですよ! ダニエラ先輩が自由意志で生きられているなら、それに越したことはないなと思って!」

「……言っていることは至極まともなのに、なぜだか素直に頷けない」

「でも先輩、教師の不正に何百年も気付かなかったんですか? ちょっと意外ですね、すぐさま見抜いて抗議しそうなものなのに……」


 生徒を傍に置いておきたいからなんて理由で成績を不正操作して、いつまでも卒業させないという所業はなかなかに酷いものだ。

 通常ならば千七百歳で卒業するものを、少なくとも余分に五百年――二千二百歳まで在籍し続けたことになる。さすがに途中で何かがおかしいと気付くだろう。


 シャルは小さく肩を竦めると、「もちろん気付いていた」と答えた。


「ただ、じぃじが「学校側が卒業できないと言うなら卒業しなくて良い、死ぬまで働かずに学生のままでも良い」と言うから――」

「……確かに! 働きたくても外的要因で働けない状況ですから、言われてみればラッキーですよね!?」


 ハッと弾かれるように顔を上げたアズが、感心した表情で「シャルルエドゥ先輩のじぃじさん頭良い!」と声を上げた。敬愛するじぃじを称えられたシャルは、満更でもない様子で頷いている。


「僕の特性は厳密に言えば「魅了」とは違う。ただ、問答無用で好意を寄せられることに違いはない。だからどれだけ留年しようとも周りから白い目を向けられることはなかった」

「なるほど……でも、じゃあどうして卒業されたんですか? ずっと学生で居れば良いと言われたなら、そのまま――」

「今から約千八百年前、じぃじが痛風を患った。ダンジョンの管理も厳しくなってきて悲しいという話を聞いたから、慌てて卒業することにしたんだ。学校の教員については――まあ、「これ以上は軽蔑する」とかなんとか、適当なことを言って脅せばすぐさま卒業を認めてくれた気がする」


 淡々と答えるシャルに、アズは「よく分かんないですけど、さすがシャルルエドゥ先輩ですね!」と破顔した。

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