第38話 メタ

 物語の主役級にありがちな設定として『大した理由もないのになぜか複数の異性から死ぬほど好かれてしまう』というものがある。

 いや、大した理由がないと言うのは語弊があるかも知れない。

 大抵そういう人物は『どこにでも居る平凡な』と言いながらしっかりと見目麗しく、『優れた能力をもたない』と言いながら唯一無二の才能をもっているし――「やれやれ」と憎まれ口を叩くダウナーのくせして、正義感と道徳心に富んだ清く正しく美しい行いをするものだから。


 惚れる正当な理由ならいくらでもある。見た目がよく体格がよく人柄がよく、行いがよく能力がよく精神力が鍛え上げられていて根性もあり、生まれた環境が良くも悪くも特殊な完璧超人なのだ。

 その割に周りの人間は、決して顔や才能に惚れた訳ではないと主張するのがお約束である。どんな容貌をしていようが好きになったし、特別な才能があろうがなかろうがその者がその者である限り結局は惚れたのだと。


 まるで自身に言い聞かせるように目に見える利点を排除して、これは俗物的な恋ではなくもっと根源的な愛なのだと高尚こうしょうなことを言う。

 あくまでも優れた精神性を理由に惚れるため、見た目や能力は関係ないらしい。言ってしまえば単なる付加価値、食玩についてくる二粒のガムのようなものだ。


 また、そこまでの完璧超人が相手だと多少のハーレムには目を瞑ってしまうのもお約束だろうか。

 異性に囲まれていようとも、同性に囲まれていようとも「この人ならば仕方がない」むしろ「私が目をかけている人物なのだから当然である」と肯定し始める始末。そしてハーレムの住人同士で激しく牽制し合う割に、刃傷沙汰にんじょうざたには発展しないという不思議。


 どんな手を使ってでも欲しいと言うなら、邪魔者はみな排除してしまえば良いのだ。強硬手段をとったら嫌われてしまうと言うなら、いっそのこと薬でもなんでも使って監禁すれば良い。時間と手間はかかるだろうが、いつか壊れて依存してくれるようになるのではないだろうか。

 それが出来ずに「いつかきっと私だけを選んでくれるはずだから」と受動的に生きるならば、そもそもハーレムの住人を牽制するのもグダグダ苦言を呈するのも、愛を強いるのもどうかと思う。待つなら黙って大人しく待つ、待てないならば自らの手を汚すべきだろう。


 初めて優しくしてくれたから。困っているところを助けてくれたから。親身になってくれたから。存在を肯定してくれたから。やや特殊な考えを十分に理解して認めてくれたから――。何もかもがづくしで、いつも簡単に骨抜きにされてしまうのが困りものだ。


 それにしても、ただ優しくされたからというだけでこれでもかと傾倒するのはいかがなものか。第一に、なぜ他の人物からは優しくされなかったのだろうか。なぜ他に助けてくれる者が居ないのか。親身になってくれる者が居ないのか。誰も存在や思考を認めてくれないのか。

 生まれや環境など外的要因が問題ならば仕方がないだろう。しかし、そうでない場合には――そもそも他人に相手してもらえないような自身の悪辣さを恥じるべきではないだろうか。


「――そういったハーレム物語を目にしたことは?」


 やや不貞腐れたような表情をしたシャルが水を向ければ、アズは「ありますよ! 異動したいがために、仕事中はほとんど読書していましたから」と胸を張った。

 シャルは胡乱な眼差しを向けると、嫌々ながら口を開く。


「僕は存在なんだ」

「……………………ほぉん……」


 ギャグではないと言うから愛想笑いをすることもできず、敬愛する先輩だから「痛い発言ですね!」と悪態をつくこともできず、アズは「ほぉん」とだけ息を漏らした。

 しかしすぐさま「明日までに反省文十五枚書いてもらうからな」と言われて頭を抱えた。


「……自分でおかしいと思ったことはないのか? アズもトリスもダニーもロロも、大した理由もないのに僕のことを好きすぎるだろう」

「大した理由もないのにって――いや、それはシャルルエドゥ先輩だから言えることで、自分ら……特に混ざりものからすれば十分に理由足り得ますよ」

「例えば?」

「母数の多いダークエルフならまだしも、ハーフエルフは数が少ないです。全エルフに虐げられるから、混ざりもののハーフ同士で傷の舐め合いをしたくてもそもそも出会う機会が限られています。種の存続は生きとし生ける者全てに備わる本能ですよ? だからハーフは、こと恋愛に関しては必死になるんです。存在を認めてくれる相手、公平な目で接してくれる相手――これと決めた相手は絶対に逃がしたくないから」


 理路整然と答えるアズに、シャルは鷹揚に頷きかけた。しかしふと小首を傾げると、黙ってアズを見返した。


「――待て、貴様男だろう。まさか僕は双子かどうかだけでなく性別まで見誤ったのか?」

「いや、普通に男ですけど。藪から棒になんです? ……ア、このは別にいやらしい棒ではなくて――」

「男同士で種の存続云々は難しい」

「ええ!? 今は無理でも一万年後には男が妊娠できるようになっているかも知れないじゃないですか!? 自分、死ぬその時までシャルルエドゥ先輩との結婚を諦めませんよ! どうしてもダメそうだったら、人工子宮を腹に埋め込んで頑張りますから!」

「こちらの想定以上にまずいやからだったことに驚きを隠せない」


 現状エルフ族が保有する人工子宮は円筒えんとう型をしたかなり大型の水槽なのだが、一体どう小型化して腹に埋め込むつもりなのか――いや、その話は今良いだろう。


 シャルはコホンと咳払いすると、説明を続けた。


「確かにハーフやダークエルフ相手ならば、公平な接し方できない僕はまるで救世主のように映るのかも知れない。しかし、それならロロは? 夜勤のナルギは? テルセイロのミザリーは? ……貴様を異動させたあのマザコン責任者だって、あれだけ噛み付いて来たくせにその日の晩「カッとなって酷いことを言って悪かった。どうか嫌いにならないで欲しい」と謝罪の電話を掛けてきたぐらいだ」

「うわあ、気持ちが悪いですね……シャルルエドゥ先輩、あの人にも狙われているんですか?」

「本当、気持ち悪~い。マザコンなんだからぁ、大人しくママのおっぱいだけ吸っていれば良いのよ~」

「……そういう話ではなくて」


 ダニエラまで参戦してきたことに、シャルはひっそりと息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る