第37話 差別と偏見

 そうして最底辺のハーフエルフが誕生したことにより、ダークエルフは随分と生きやすくなった。少なくともダニエラが養成学校に入学した約二千五百年前には、既に種族としての地位が向上していたのだから。


 とは言え、年配のエルフからすればいまだに偏見の対象である。裏切りで生まれた子、姿形も色彩もエルフ族らしくない異端者。しかも数万年前にダンジョンの中へ魔族が閉じ込められてからは、いがみ合っていた時とはまた違った理由で目が厳しくなった。


 ダニエラとて、現在とあるダンジョンのボスとして君臨しているサキュバスが母だ。父親は言わずもがな、そのダンジョンの原状回復を担当するお掃除エルフである。

 戦争が終結した今となっては、道ならぬ恋なんてロマンティックな代物しろものには昇華できない。ただ職務中まんまとサキュバスの色香に惑わされただけと言っても過言ではないだろう。


 年配どころか職務に忠実なエルフ的には、神から科された労役中に恋愛にうつつを抜かすとは何事かと説教したくなってしまうに違いない。

 いや、別に職場恋愛するならするで構わない。ただ同族に行けばいいものを、わざわざ魔族に行くのは異常であると判断されてしまうのだ。ストレス過多で精神異常をきたしているのではないか――と。


 そのせいで、ダニエラも在学中はただ生きているだけでいわれのないそしりを受けた。親がおかしいだの見た目がおかしいだの、サキュバスの血を引く卑しい売女だの。口にするのもはばかられるような侮辱を受けたことだってある。


 ちなみに、魔族側から見たダークエルフはどのような存在なのかと言えば比較的寛容に受け入れているらしい。元々エルフが敵であったことには違いないが、交わるほどに想い合った結果の子ならば好きなだけ愛せば良いだろうと。

 選民思想に囚われやすいエルフ族と違って、魔族は大雑把な考え方をする者が多いのだ。「魔族の血が入っていて魔族のために働くならそれで良いじゃないか――腹が立ったらすぐに殺すけど」なんて適当に受け入れてくれる。


 そういった価値観の相違もあり、その昔ダークエルフは魔族側について育てられることがほとんどだった。エルフの中で育てようと思えば奴隷にするしかなかったのだから、それも当然である。


って理由で養成学校に入れられたのに~、いざ入学したら先生に「なんでお前みたいな混ざりものが?」なんて酷いこと言われたんだよ~? まだ千歳そこそこの子供に向かって、信じられな~い。シャルルンが同学年に居てくれなかったらぁ、教員の一人や二人「次元移動」で捻じ切ってたかも~」


 ダニエラがリスのように褐色の頬を膨らませると、アズもまた同じように頬を膨らませて頷いた。


「学校の教諭って、他のどの団体のエルフよりも選民思想の塊じゃありませんか? 自分も何度「立場をわきまえろ」と難癖をつけられたことか。良い成績を修めれば「お前らはエルフ族の実験でなるようにつくられたのだから当然だ」なんて頭を押さえつけて――悪い成績をとるために手を抜けば「さすが半分劣等種なだけはある」と、したり顔になるんですよ」

「……かと言って中間の成績をキープすれば、「可もなく不可もなく生きている価値がない」と蔑まれる~?」


 問いかけられたアズは、「ははぁ……ダークエルフでその調子だと、最底辺の自分がクソミソな扱いだったのも納得ですよね」と肩を竦めた。ダークエルフの地位が向上したと言っても、そんなものごく一部での話だ。結局のところ、大多数のエルフは偏見や差別を辞める気がないのだから。


 長年そうした鬱憤を抱えているせいか、ダークエルフの中にはのハーフエルフをこき下ろして悦に浸る者が一定数存在する。血は水よりも濃いとはよく言ったもので、『エルフ』という業からは逃れられないのだろう。


「でもダニエラ先輩、シャルルエドゥ先輩と五百歳くらい違うのに同学年だったんですか? 自分はてっきり、先輩ほど優秀なら千七百歳を待たずして早期卒業したんじゃないかと思っていたんですが――」

「そうだよぉ。シャルルンはねえ、なかなか卒業させてもらえなかったの~」


 朗らかに笑いながら告げるダニエラを見て、アズは「エッ」と言葉を詰まらせた。そして何かを期待するような輝く目でシャルを見やる。恐らく、憧れの先輩が――ある意味――己と似た落ちこぼれだったのかと期待したのだろう。

 養成学校は一つしかないといっても、一応個人情報は秘匿される。誰がどのくらいの期間で卒業したかなんていう話は、同世代にしか分からないことなのだ。そして長い時を生きるエルフは、他人が何年でどうなった、こんなことをした――なんてことを覚えていられない。


 しかしそれは、その者自体に強い興味があれば話も変わってくる。アズの顔を見たダニエラは、ゆるゆると首を横に振った。


「成績も態度もすっごく優秀だったよ~。千歳で入学して、その三百年後には早期卒業できるレベルだったみたい~」

「……それがどうして卒業させてもらえなかったんです? 少なくとも、本来の卒業年を越えて五百年は留年している計算ですよね?」


 アズは訝しみ、そしてダニエラが「んふふ」と意味深に笑う。巻き込まれぬよう離れていたのに二人から熱い視線を注がれたシャルは、これ見よがしに大きなため息を吐き出した。


「――僕が誰からも愛されてしまうせいだ」

「ぉっ、……………………――わ、ワッハッハ!」

「違う、渾身のギャグではない。今すぐにその愛想笑いを辞めなければ、反省文の枚数を十枚に増やしてやるからな」


 たっぷりと悩んだ後いきなりわざとらしい笑い声を上げたアズに、シャルはこれでもかと目を眇めた。

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