第36話 ダニエラ

 シャルは新たにやってくる冒険者に声掛けをするため、ダニエラとアズの二人を連れてダンジョンの外まで移動した。

 担当エリアがダンジョンの奥地であれば「次元移動」で瞬間移動するのだが、本日の担当は入口からほど近いスライムの巣だ。途中の通路や入口エリアで「時間停止」の影響を受けている冒険者たちに触れないよう細心の注意を払いながら、徒歩で移動すれば十分である。


 魔力操作に長けたシャル、そして優れた力をもつハーフエルフのアズとは違って、ダニエラの魔力操作や演算能力は可もなく不可もなし。ごく近距離の移動であれば、下手に「次元移動」を発動するよりも徒歩の方がよっぽど早い。

 恐らく、またエリアの掃除が始まるタイミングでトリス辺りが「仕事の時間ですよ」と呼び戻しに来てくれるだろう。それまで存分に夜空を眺めながら外の空気を堪能するしかない。


 ダンジョン内では「時間停止」の効果範囲が細かく区切られているとは言え、ダンジョンを基点として半径五キロほどの外の世界は問答無用で効果を受け付ける。範囲に足を踏み入れた瞬間、冒険者たちはその場で動きを止めてしまうのだ。

 彼らは意気揚々とダンジョンへ向かってくる訳だが、入口へ辿り着くまでの僅か五キロを進むのに、一体どれほどの時間がかかるだろうか――。


「時間停止」の魔法は、エリアごとに次から次へと発動する。あちらのエリアが解除すればこちらのエリアが発動する訳だ。ダンジョン内のエリアが多ければ多いほど、冒険者たちは入口まで辿り着くのにひと苦労することになる。それはもちろん帰り道も同じことだ。


 とは言え、彼らは時が止まっている間のことを知覚できない。

 ただダンジョン周辺は時間の流れがメチャクチャであるという認識のため、持ってきた時計が役に立たなかろうが、つい先ほどまで昼間だったのが知らぬ間に夕方になっていようがひとつも気にしないだけだ。


「ダニエラ先輩って、やっぱりシャルルエドゥ先輩が好きなんですか?」


 辺りの時は止まったままで、新たな冒険者がここまでやって来る気配は全くない。アズは何事も起きないことに飽きてきたのか、それとも単に好奇心が抑えきれなかったのか――ダニエラにそんなことを問いかけた。

 ダニエラはパチパチと目を瞬かせたのち、のんびりと頷いた。


「う~ん? そうだねえ、大好きだよ~?」

「……そういう話は僕が居ないところでやってくれないか」


 居心地が悪そうに腕組みしているシャルに構わず、アズは「どういうところが好きなんですか?」と食いついた。注意しても無駄だと判断したのか、シャルはため息を吐き出して二人から距離をとる。


「アズちゃんもなら分かるでしょう~?」

「……先輩が公平にエルフ族として接してくれるから?」

「そう~。シャルルンって本当にハーフがどうとかエルフがどうとか分かってなくて、可愛いの~。まあ正直ヒトとのハーフがつくり出されるようになってからは~、ダークエルフの人権って向上したと思うけどぉ」

「あー、分かります。エルフ族の中じゃあ、ヒトとの混ざりものが最底辺ですよね」


 そもそもハーフエルフがつくり出された由来は至極身勝手なものだった。神に愛されるヒト族と混ざれば、エルフ族も愛されるようになるのではないか――彼らは、そんな実験の果てに生まれたモルモットである。

 では、ダークエルフの由来は何か。古来より大陸の覇権を巡っていがみ合っていたエルフ族と魔族。その二種族が交わった理由は居たってシンプルなもので、道ならぬ恋であった。


 戦場で何度も顔を合わせている内に、敵同士で燃え上がるような恋に発展してしまう。捕虜として敵に囚われた際、唯一親身になってくれた者に心酔してしまう。「ダメだ」と禁じられるとかえって燃えてしまう天邪鬼あまのじゃく――などなど。

 ダークエルフの歴史はハーフエルフよりもよほど長くて古い。ただ、公的に存在を認められていたかと言えば否である。


 エルフ族は肌色、髪色、瞳の色がほとんど同じだ。誰も彼も美形に生まれるため顔のちょっとした造形や背丈が違うのみで、だからこそ相貌失認そうぼうしつにんのシャルは区別するのに酷く苦労する。

 その点ダークエルフは、色彩が違いすぎるのだ。褐色の肌、白に近い銀髪、碧眼とは真逆の赤目。しかも混ざる魔族の姿形によって体形が変わったり角や獣耳が生えたりと個性豊かだ。

 エルフこそが至高と信じて止まない選民思想の強いエルフ族は、その昔ダークエルフを蛇蝎だかつのごとく嫌っていたらしい。


 第一に、エルフ族と殺し合うような種族との間にできた忌み子である。そんな混ざりものを公的に認める訳にはいかず、ダークエルフは数万年前までヒトと同列の奴隷扱いだった。敵の魔族と交わった裏切り者の子など、同胞でもなんでもないのだ。

 しかも魔法の扱いに長けるハーフエルフとは違い、魔族と混ざったところで特筆すべき能力を得られる訳でもない。ただ色彩が違うだけのエルフ――力こそが正義の世界で、反乱を起こすこともできなかった。


 そんなダークエルフの扱いは、神魔戦争を経たことでかなりマシになった。魔族もエルフ族も神から懲役を科せられた仲間である。既に敵というよりも運命共同体に近いのだ。

 しかもその数千年後、エルフ族は実験的にハーフエルフをつくり出した。ヒト族なんていう劣等種の遺伝子が混じった、半分家畜のエルフである。


 例えハーフエルフが魔法の扱いに長けていたとしても、そもそも出生の成功例がごく僅かで母数も少ない。彼らは多勢に無勢で反乱を起こすほどバカではないのだ。

 そうして半分家畜のエルフが現れたお陰で、ダークエルフの地位はますます向上した。「と比べれば、エルフ族と同等の強さをもつ魔族との混ざりものの方がよほどマシだ」――と。

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