第35話 指導結果

 先ほどしたのと同じ手順でエリアの原状回復を終えた一行は、壁際につくられた「収納」の出入り口をくぐった。

 作業中アズは延々とヒト族の少年に対する愚痴を零して、トリスが「うるさいですよ」と諫めて。ダニエラは薬草が丁寧に刈られたことを喜び、ロロは黙々と壁と地面のチェックを済ませた。

 そんな彼らの作業を監督するシャルは大釜の面倒を見て、そして各部分の最終チェックを担当する。


「収納」で待機する際それぞれがもつ異空間倉庫で待機しても良いのだが、それでは全員が等しく魔力を消耗してしまって効率が悪い。

 よほどチーム内の仲が悪いとか待機時間中は誰とも関わり合いたくない一匹狼だとか、そういった特別な理由がない限りは誰か一人の「収納」に収まっているのが楽だ。


 本日シャル一行が間借りするのは、ロロの異空間倉庫である。

 見た目は荒くれ者でいかにも素行の悪そうな彼だが、倉庫内は誰よりも綺麗に整理整頓されている。高さ二メートル以上ある棚が何列もずらりと並ぶ様は壮観で、ところどころ設けられた引き出しの中まで整然としているのだから素晴らしい。


『リーダー』と書かれたラベル付きの引き出しを開ければ、中にはぎっしりとココア缶が詰められている。シャルはおもむろに引き出しの取手を引くと、白々しくも「ロロ、ココアを見付けてしまったぞ」と声を掛けた。

 ロロはひょいと片眉を上げると、「ったく、仕方ないッスね。別にそれリーダー用じゃねえけど、見付けられちまったからにはプレゼントしてやりますよ――」なんて息を吐き出している。


 そんなやりとりを間近で見せられたアズは「うーん……『リーダー』と書かれている引き出しが五つ以上ある……これは一体何を意味するのか……?」と推理にふけることでその茶番に付き合った。養成学校を次席で卒業したという割に、彼はやたらとノリが良い。


 ちなみに、トリスは我が物顔で『チビ』と書かれたラベル付きの引き出しからチョコバーを取り出したかと思えば、ロロに断りなく食べている。ダンジョン時間で半年――世界時間で言えば約九十年一緒に働いているのだ。それなりに打ち解けているのだろう。


「あの子ぉ、シャルルンが指導してあげたからすっごく良い動きするようになったかも~。スライムのゼリーをまき散らすこともないしぃ、薬草も踏まずに採取するようになったみた~い。イイコ~」

「そうか、素直で素晴らしいな」


 全員が「収納」に収まった時点で、スライムの巣エリアの「時間停止」効果はとっくに切れている。ダニエラが小さな覗き穴からエリアの様子を監視しているのだが、どうも先ほどシャルが対話した少年は八つ当たりを辞めてくれたらしい。

 第三者の目がある訳でもないのに品行方正にスライムを狩り、シャルの渡したナイフで薬草を刈り込むと袋にしまい込んで、素直にエリアから出て行く。


 あと何度エリア移動を繰り返すのか、今回の探索中にもっと奥へ進むつもりなのかは分からないが、何はともあれ良い傾向である。そして、できることならばこのままスライムの巣で一日を終えて欲しい。彼が利用し続けてくれれば、このチームの本日の仕事は随分と楽に終わるだろう。


 別の利用者がやってくるとまた一から教育のやり直しなので、手間がかかってしまう。減算ばかり食らっていられないし、できればダンジョンの入口で注意喚起するだけに留めたい。シャルのじぃじのように、一人一人エリア内で対話する訳にもいかないのだ。


 ダニエラは「時間停止」を発動したのち覗き穴に指を差し入れると、ピーッと絹を縦に裂くようにして「収納」の出入口を拡げた。

 スライムの死骸は綺麗なもので、核を狙って一閃されているため壁にゼリーが散ることもない。薬草も葉茎から刈り取られているようで、踏みつけられていない。しかも根ごと持って行かれた訳でもないので回収すれば再び生育できる。


 そうして改めて原状回復したのち、通常通りの働き方をするために二手に分かれることにした。


「この調子なら問題なさそうだしぃ、次から私とシャルルンは入口待機で良いかな~?」

「そうだな。まだ外は真夜中だろうが――彼のような子供がやって来ないとも限らないし、いつものように声掛けをしよう」

「はぁい」

「……不本意だがアズも来い。少なくとも今日から一週間は僕と行動してもらうからな」

「はい喜んでぇ!」

「んふふ、アズちゃん居酒屋の店員さんみた~い」


 両手を万歳と挙げながら威勢のいい返事をするアズを見て、シャルが「返事だけは良いんだよな……」と独りごちた。

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