第34話 シャルのじぃじ

「アズの危惧きぐする通り、今のやりとりだけで僕のタイムカードは約二十分の減算を食らった」

「ああ――自分やっぱりさっきのバカガキ殺してきますね?」

「貴様はしばしば言動が一致していないことがあって恐ろしい」


 ぷっくりと頬を膨らませて上目遣いで小首を傾げるアズ。しかし口にしたのは、媚びて窺うような姿勢とは真逆の言葉であった。

 シャルは大きなため息を吐き出すと、「収納」から掃除機と発電機を引きずり出しながら肩を竦める。


「先に言っておくが、ダンジョンの中で僕が手出しするのは夜勤から引継ぎを受けた直後ぐらいだからな。いつもこんなことをやっている訳ではない」

「ふむ……普段は中出ししない――と?」

「いい加減セクハラで訴えるぞ貴様」

「略しただけじゃないですか! 若者らしくて良いでしょう!」

「知性があっても品性がなくては意味がない。明日までに原稿用紙五枚分の反省文を書いて提出すること」


 アズが「アー! いいですけど、その代わりサインくださいよ!?」などと頭を抱える横では、妹のトリスが汚物でも見るかのような白い目をしている。やはり双子だけあって随分と遠慮のない間柄らしい。

 ロロもシャルと新人のこういった問答には慣れているのか、さっさとタブレットを取り出して壁のチェックを始めている。


「ナルギの口と態度の悪さが原因とは言え、彼を夜勤の責任者にした僕にもそれなりの責がある。その尻拭いをしているだけで深い意味はない。入口の注意喚起だけで済めばそれで充分だ」

「ふふ~お爺様の教えだものね~?」

「……そもそもクレアシオンは、僕がじぃじから引き継いだダンジョンだしな。できる限り意志を継ぎたい」


 シャルの祖父は、トリス以上に模範的なエルフだった。神から科された労役という名の懲罰にただの一度も文句を発することなく、愚直に働き続けた男だ。

 彼の達成したは、エルフ族の間でちょっとした語り草になっている。自身が管理するダンジョン内――それも初心者しか訪れず極めて死傷率の高いクレアシオンで、ヒト族を一人も死なせなかった伝説の強者つわものとして。その期間は、なんと脅威の三万八千年にあたる。


 ただし、果たしてそれが同族に誇れることなのか否かは意見が分かれるところだ。群を抜いて優秀だという意見があれば、まるで神に忠実な犬であるとも揶揄される。優れたエルフがヒト族なんていう劣等種のために無駄な労力を割いて、もの好きにも程があるだろう――と。


 もちろん、シャルにとっては自慢のじぃじだ。それ以上でも以下でもない。

 彼が「神に牙向くな」と言えば、わざわざ歯を研ぐ必要なんてない。歯は食事に困らなければそれで十分で、他人を攻撃するための尖った牙は要らないのだ。

 そして彼が「むやみにヒト族を殺すのはじぃじ的にNG」と言えば、できる限り生かしたい。ただそれだけのことだった。


 シャルはよく「劣等種を相手に馬鹿らしくならないのか? もしやヒト族が好きなのか」なんて聞かれることがある。先ほどダンジョンの入口でアズにも問われたばかりだ。

 その答えは是であり否だった。シャルにとっては顔の違いどころか種族差すら満足に認識できない事柄であり、良くも悪くもみな平等である。そこに特別な好きも嫌いも存在しないし、仕事である以上は面倒だろうが馬鹿らしかろうがひとつも問題にならない。


 シャルの祖父は、どれだけタイムカードを減算されようがダンジョン内でのヒトとの対話を厭わなかったらしい。放任すると彼らはすぐに死んでしまうからだ。

 しかもその日に自分が担当するエリアだけでなく、クレアシオン全エリアのヒト族を見守ったと言うから恐れ入る。なぜそこまで献身的にヒト族に尽くせたのかと言えば、それは彼が博愛主義者であったからだろう。


 ヒト族だけでなく、エルフ族も魔族も混ざりものも――祖父にとっては全てが愛すべき対象だった。シャルのように誰が相手でも特別な興味をもてないから平等なのではなく、誰が相手でも深く愛せるからこそ平等なのだ。シャルの唱える平等とはベクトルの違う、かなり高度で奇特な「みな平等」説と言える。


「僕は、さすがにダンジョン全ての監督はできない。そこまでヒト族に肩入れするのは何かが違う気がするし、ひとつのエリアを見るだけでいっぱいいっぱいだからな」

「シャルルンは~平等公平を念頭に置いているものね~。弱いからってヒト族に良くしたら~同じだけ他の種族にも良くしないと気持ちが悪いんでしょう~?」

「……本音を言えば、モンスターばかり狩られているのも忍びない。ただまあ、彼らはそれが仕事だからと割り切るしかないな」


 どれだけ平等に接したくとも、どうしたって難しい部分は出てくる。全てを掬い上げることはできず、時には諦めも肝心なのだ。

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