第33話 ご法度
「まあ……そこそこ勉強になる話だったかも。兄ちゃんも、モンスターと戦うのが怖いって言うならケガしないうちに帰れよ」
「ああ、君も無理をしないように。そのナイフは記念に持って行くと良い、採取の役に立つだろう」
「良いのか? ありがとうな!」
冒険者の少年もシャルは信頼できるエルフだと判断したのか、最終的に笑顔で手を振りながらエリアを出て行った。
そうして扉が閉まった瞬間に「時間停止」の魔法が発動すると、シャルは途端に無表情になった。まるで――客が帰る瞬間までは何があろうと笑みを絶やさない――アミューズメント施設で夢を売るスタッフのような変わり身の早さである。
魔法の発動を合図に、壁際へ「収納」の出入り口を作って待機していた部下たちも続々と姿を現した。
「相変わらずスゲー誘導の仕方だよな、リーダー……ヒト族相手にあそこまで親身になるエルフ他で見たことねえよ」
「シャルルンってちょっと、二重人格まであるよね~」
「私は、笑顔だったエド先輩がスンッて無表情になるあの瞬間が一番好きです! すっごく無理して仕事やり切った感がありますから、ギュッてしたくなっちゃうと言うか」
細く息を吐き出しながら、スライムを復活させるための大釜を「収納」から取り出す。すると、何やら納得していない様子のアズが挙手と共に口を開いた。
「シャルルエドゥ先輩。仕事の効率を上げるためとは言え、あそこまで丁寧に対応する必要があるのでしょうか? 一人一人あんな対応をしていて、先輩のタイムカードは問題ないんですか?」
「……ふむ、いい質問だなマイナス五百万ポイント」
「ついに自分の名前がポイントになってしまった」
タイムカードの仕様上「実働」として加算されるのは、冒険者がダンジョン内のエリアを汚す際に生じる待機時間だけだ。清掃する時間ではなく待機時間が長引けば長引くほどエルフ族は楽ができる。
冒険者一組あたりのエリア滞在時間を延ばすためには、まずモンスターの強度を上げること。ただしこれは
次にエリア内の採集物を増やすこと。スライムの巣ならば薬草、サハギンの巣エリアなら魚を増やして、採取にかかる時間を長引かせるのだ。しかし先ほどの新米のように、採取よりもモンスターの討伐に重きを置いている場合には全く効果がない。
それどころか、採集物を増やすということはエルフ族が身を切るということだ。「収納」の異空間倉庫内で十分に生育できるとはいえ、薬草を育てるだけでも一苦労である。
魚を繁殖させるのもそれなりに大変で、そもそもポイントで神と交換しなければ入手できない類のものはもっと最悪だ。これもまたポイント赤字に繋がりかねないし、そうでなくとも
そして最後は、
モンスターの討伐も採取もされない時間だが、冒険者の意志で汚れたエリア内に留まる以上、エルフにとっては待機時間となる。特に何もしていなくても汚されている状態がキープされて、エリア移動されなければ掃除も始められないのだから。
繰り返し原状回復に駆り出されることはないし、冒険者の行動に腹を立てることもない――最高に平和な「実働」である。
ただし他の冒険者が利用待ちをしていることも多いので、彼らはなかなかエリア内に留まってくれない。レベル上げも採取もせずに休憩するなら通路に出るとか入口まで戻るとか、休憩エリアのあるダンジョンならそこまで移動する。そういう面では良識ある冒険者が多いのだ。
実はこの『エリアを汚している時間』、条件が限定的で厳しい。冒険者がダンジョンの入口で準備する時間も通路でぼんやりしている時間も、実働にはカウントされない。何はともあれ
そして滞在には冒険者の
これはあくまでも話しかけるエルフが悪いのであって、待機中の他エルフには罰則がない。その代わり、実行したエルフは実働を一切得られずに問答無用で休憩時間として減算を食らってしまう。
自分一人の身を切って他のエルフの実働を稼ぐなど、そんな奇特なエルフはそうそう居ない。だから皆ダンジョン内では冒険者に話しかけたがらないし、仕事の効率を上げるための注意喚起も入口に立って行う。
入口で話しかける分には、悪戯に滞在時間を引き延ばそうとする行為に当たらないらしい。担当エリアで清掃が始まる際にはダンジョン周辺まで「時間停止」で止まるため、注意喚起の途中に呼び戻されたって問題ない。掃除を済ませてまた入口に「次元移動」すれば良いだけだ。ただエルフからすれば「どこまで話したっけ?」となることが多く、会話の流れを覚えておく必要はある。
恐らく、神はあらかじめ予見していたのだろう。悪戯に待機時間を稼ぐためエリアを汚す冒険者に話しかけて探索の邪魔をするとか、やたらと休憩を迫るとか――せこいエルフが続出することを。
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