第32話 冒険者の心得
シャルは薬草の茎を握り込むと、地面から二センチほどの長さを残してナイフの刃を滑らせた。真っ直ぐに揃った切り口からはほんのりと清涼感のある香りがする。
「薬草は根ごと掘り返しても意味がない。薬になるのは葉茎だけで、根に使い道はないからな。街で売る時だって、土のついた根ごと渡すよりも葉茎だけ渡す方が処理に無駄がないと思ってもらえるぞ」
「ふーん……」
「それに、根から引き抜いたって袋が土で汚れるだけだろう? かさばるばかりで数を持ち運べなくなるし」
ヒト族はエルフ族や魔族と違って魔法が使えない。つまり、「収納」の異空間倉庫なんていう便利なものはないのだ。モンスターの素材や薬草などの収集品は袋に入れて持ち運ぶしかない。
シャルは説明しながら手際よく薬草を刈り込むと、細い紐で茎を縛って束にする。そうして少年にナイフと紐を手渡して、「試しにやってみると良い」と促した。
街のギルドでは、薬草を見付けたら採取しておくと売り物になって良いぞ――くらいしか習わないだろう。具体的な採取方法とか処理の仕方とか、そういった事は習わないのだ。
もちろん、
冒険者の少年は「なんで俺がこんなこと」と言いたげな表情をしつつも、素直に薬草の茎を掴んで刃を滑らせた。
「薬草は
「心臓……」
「土壌から引き抜かれて水や養分を吸収できなくなると、根は葉茎から栄養をかき集めてまで生きながらえようとする。主要な茎と根さえ残れば良いと、葉が枯れるのを加速させてしまう」
「……それって、やっぱ薬効も減るってことか?」
「葉の品質が下がれば当然そうなる。実際に煎じる薬師でなくとも、街の商人だって目で見て粗悪な薬草だと気付くからな。すると、一束の売値も百ゴールド以下になる」
少年はシャルの話を聞きながら、見よう見まねで薬草の束を作り上げた。もうその頃には憮然とした表情は鳴りを潜めており、「へえ」と感心した様子で頷いている。
きっと本来は素直で良い子なのだろう。今回は運悪く『メスガキエルフ』にこき下ろされたため、これでもかと不貞腐れていただけだ。
「ギルドじゃ、そんなこと教えてもらえなかった」
「教えてもらえないんじゃない、君が質問していないだけだろう。ギルドの運営は慈善事業ではなく業務だ。必要最低限の仕事で済ませられるなら、それに越したことはない。だから懇切丁寧に冒険者の心得を教示しようなんて考えには至らない」
それは悲しいかな、ダンジョンの原状回復
「質問って言ったって……こちとら今朝免許とったばっかりなんだぞ? 分かってないことがなんなのか、それが分からないんだよ」
「まあ、そう思う気持ちは分かる。だからよく考えて行動して、理解できないことや気付いたことがあるたびギルド職員へ質問しに戻った方が良い」
「ここ初級ダンジョンだぞ? 皆我流で強くなるんだ、そんなダサい真似ができるかよ」
シャルはおもむろに少年が腰から下げている袋を開くと薬草の束と百ゴールドを捻じ込んだ。そして「おい、薬草を取りに来たんだろ? くれるのかよ?」と目を白黒させる少年に頷き返す。
ただ薬草取りとスライム討伐の護衛を口実に話がしたかっただけなのだ。金については訳あってひとつも困っていないし、茎から刈り取ってしまった薬草はダンジョンに植え直せないし、持ち帰っても仕方がない。
それこそ、こうなってしまったら眠気覚ましに使うぐらいしかないだろう。
「今日学んだことは他の新米にも教えてやると良い。ヒト族に英雄と呼ばれるまで生き延びられるような冒険者は単純に強いのではなく、臆病と言えるほど慎重な者が多い。己の力量を越えるモンスターと対峙した時に引き際を見誤らないんだ、君もそうなれ」
「ヤバそうだったらすぐ逃げて、どうすれば勝てるのかギルドに相談しろって? なんか格好悪いじゃん……」
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。……君は今いくつだ?」
「十二だけど――」
「今朝免許を取得して、わざわざ夜中にやってきたということは保護者の承諾を得られなかったんだろう」
図星を突かれたのか、少年は「ウッ」と短く呻いて目を逸らした。
あくまでも『推奨』だから、別に保護者の承諾なんてあろうがなかろうがダンジョンに入って構わないのだ。――ただ、やや心証が悪いだけである。
「親の庇護を
「……兄ちゃん、ギルドの教官より教官らしいな」
「そこらのエルフと比べたら、断然
「自分で言うのか……」
少年は呆れ顔になったが、しかしすぐさま破顔すると「分かった、程々に稼いだら帰るよ」と言って立ち上がった。
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