第31話 教育的指導
少年と共にエリアへ入ると、つい先ほど復活したばかりのスライムが地面をぬらぬらと這いまわっていた。
彼らの感覚器官は水色のゼリーに包まれた赤い核のみ。だからどれだけ体を切り刻まれても焼かれたとしても、核に届かなければ痛覚を感じない。目玉がついているようには見えないが、スライムはあの核で視界を確保しているようだ。
数は三体、どれもこれも動く速度が緩慢だ。正直言って、冒険者免許を取りたての十二歳の子供だろうが棍棒ひとつで討伐可能な相手であった。
「僕は下がっているから、スライムの討伐は任せた」
「……分かった」
冒険者の少年は、ちらと振り返ってシャルの顔色を窺ったが――彼はただ人の良い笑みを浮かべて優雅に手を振るだけだ。本当にスライムの相手をする気は一切ないらしく、岩壁に背中を預けて見ている。
少年はまだ『エルフ』を警戒している様子だ。しかし、ひとまず背後から襲われる恐れはないと判断したのだろう。どこか腑に落ちない表情をしながらもスライムと対峙して、刃こぼれひとつしていない真新しいショートソードを掲げた。
人目があるとさすがに無惨にもスライムゼリーをまき散らすような八つ当たりができないのか、彼の手際は実にスマートだ。本日何度スライムたちを蹂躙したのか、その正確な回数は知らない。ただ、少年は迷いなく核ごとスライムを一閃して、真っ二つに割れた核を靴のかかとで踏み砕いた。
核が真っ二つの時点でスライムの生命活動は停止しているのだが、いかにも慎重で確実な仕事を好むヒト族らしいトドメの刺し方である。
確か冒険者免許の試験内容にもあったはずだ。どんなザコが相手でも油断は命取りとか、自分以外の者が同じエリアに居る際は特に念入りにトドメを刺せとか。
モンスターが絶命したことを確認しなければ、瀕死のまま生き残っていたものが居た場合に足元をすくわれるからだろう。
少年一人の命を危険に晒すだけでなく、今この場には「怖い、怪我すると痛い、戦いたくない」という依頼人も居る。だからこそ万が一が起こらぬよう、念入りにトドメを刺してくれているのだ。
「――なあ、終わったけど」
「ありがとう」
瞬く間にスライム三体の討伐を終えた少年は、シャルに呼びかけた。礼を言われても居心地悪そうにしていて、憮然とした顔つきで「お、おう」と目を逸らしている。
ちなみに、待機組はシャルが背もたれにしていた壁のすぐ横に「収納」の出入り口を作っていたらしい。
少年が戦闘している間、何もないはずの壁から「――シャルルエドゥ先輩。先輩に対する態度がなっていないあのバカガキ、殺しますか?」なんて物騒な声が響いた時には、シャルも思わず苦笑いを浮かべた。
すぐさま「悪い冗談は辞めてください、バカ兄!!」なんて叱責する高い声が聞こえたが、今までどさくさでヒト族を死なせまくっているらしい新人に『冗談』の二文字は似合わなかった。
養成学校を次席で卒業するほど賢いくせに、アズの言動はやたらと直情的で困る。それを言うなら、双子の妹もそうなのかも知れないが。
シャルは壁から離れて少年の元へ歩み寄ると、ぽんと肩を叩いた。
「ついでと言ってはなんだが、薬草の採取も手伝って欲しい」
「薬草? なんで俺がそんなモノ……いや、絶対に食わねえからな!?」
「これは煎じて塗り薬にするものだから、苦みと辛みが強くて食用には向いていない。ただ、眠気覚ましには有効だ。葉をすり潰して鼻の下に塗れば良い。僕も仕事に追われてどうにもならない時には利用する」
淡々と説明するシャルの顔をぽかんと見上げた少年は、その麗しすぎるエルフの鼻の下に薬草の汁が塗られた姿を想像したのか、いきなり噴き出した。
そうしてクツクツと震える少年の手を引くと、薬草の傍まで
「君は筋が良い。新米冒険者でもスライムの討伐は可能だが、核まで一閃できる者はそれなりに腕が立つ証だ」
「えっ、いや……ふん、スライムの倒し方を褒められたって、そんなの――」
「初めは効率の良い倒し方が分からず、悪戯にゼリーをまき散らすものだからな。その点、君の戦い方は落ち着いていて無駄がない」
その言葉に身をつまされたのか、少年は小さく「ウッ」と呻いた。つい先ほどまで八つ当たりでスライムゼリーをそこら中にまき散らしていたのだ。思い当たる節はあるだろう。
「ただ、冒険者はモンスターの討伐が全てではない。僕のように戦えない者は君らに素材の採取を依頼するしかないんだから。薬草の需要はなくならない、効率の良い採取法を覚えていれば今後役に立つかも知れない」
「まあ、一理あるな。でも効率の良い採取法って言っても……こんなの、根っこから引き抜けば良いだけだろ?」
興味なさげに薬草を見下ろす少年に、シャルはゆるゆると首を横に振った。そしてローブの懐からペーパーナイフのようなものを取り出すと、「そんなやり方では
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