第3章 共存は可能か否か

第30話 誘導

 ひとまず無事エリアの原状回復を終えた一行は、シャル一人を残して全員「収納」の異空間倉庫で待機することになった。


 待機組は次の作業開始の合図まで大人しく待つ。そしてシャルは、機嫌が悪いらしい冒険者と話をするために通路へ出た。まだ辺りは「時間停止」の効果を受けている。通路に出てすぐのところには、仏頂面のまま硬直したヒト族の少年が立っていた。

 シャルはやや逡巡したのち、魔法を解いた時に驚かせないよう少年とは真逆に位置する通路の端まで移動してから「時間停止」を解除した。


 その瞬間、通路には少年の「クソ! 子供だからって馬鹿にしやがってー! 長生きするのがそんなに偉いのかよ!?」なんて声が響いた。かなりむしゃくしゃしているようで、今にもスライムの巣エリアへ踵を返しそうな勢いだ。

 シャルは足早に、こちらの存在を知らしめるようわざと大きめの足音を立てながら少年の元へ走った。


「――すまない、君」

「は? ……ゲッ、またエルフ!?」


 呼び止められた少年冒険者は、エルフ然としたシャルの姿を見て分かりやすく顔を顰めた。恐らく、ナルギからよほど酷い侮辱を受けたのだろう。

 数歩後ずさって、スライムの巣エリアへ繋がる木製の扉にピタッと張り付いた少年にシャルは優しく微笑みかけた。


「ダンジョンに居るということは、君は冒険者だろう?」

「……そ、そうだけど。なんだよ、劣等種は草でも食ってクソして寝ろってか!? そ、それとも、ザコ童貞はスライム揉んで帰れって!? 絶対に揉まないからな! 冷たくてベタついてて全然気持ちよくなかったし、俺はひとつも興奮なんてしてないからな!!」

「ナルギの暴言が僕の想像を超えてきた……」


 クッと悔し気な表情をしながら噛み付いてくる少年に、シャルは笑顔のまま思わずといった様子で感想を漏らした。

 少年はますます怪訝な顔つきになり「ナルギってなんだ!?」と、まるで毛を逆立てて怒る猫のように憤慨する。日に日に暴言レベルを上げる部下を不安に思いつつ、シャルは気を取り直して咳ばらいをした。


「冒険者なら、依頼したいことがある」

「――依頼?」

「ああ。その先のエリアに居るスライムを全て倒して欲しい。僕の護衛を頼みたいんだ」

「はあ……? あんなザコモンスターエルフなら指先一本で倒せるだろ? なんでそんな簡単なことを――お、俺がザコだから馬鹿にしてんのか!?」


 今この少年のエルフに対する先入観は最低最悪だ。こんな依頼をしたところで詐欺か悪戯としか思えないだろう。しかしシャルは、笑みを絶やさずに首を横に振った。


「エルフが皆脳筋だと思わないで欲しい。僕はモンスターとは戦いたくない。怖いし、怪我をすると危ないからだ」

「えっ」

「だから冒険者の君に討伐を頼みたい。そのエリアに生えている薬草が二束欲しくて……報酬は百ゴールドぐらいでどうだろうか」

「ほ、本当に……? いや、それなら別に、構わないんだけどさ……」

「良かった、それじゃあ行こうか」


 シャルが促せば、少年は呆けた表情のまま「お、おう……」と答えて扉を開けた。


 ちなみに百ゴールドというのは、高くも安くもない適正価格である。食パン一切れが十五ゴールド、コーヒー一杯が七十ゴールド、薬草一束が百ゴールド。このエリアには基本二束分の薬草が植えられているので、それらを街で売れば二百ゴールドになる。シャルが持ち掛けたのは、売上の半額を渡すから護衛してくれという取引だ。

 ――いや、ザコスライムの護衛を頼む商人なんてまず居ないから、適正価格どころか破格の依頼料かも知れない。


 この世界には冒険者が数多く存在するが、そもそもその存在理由は酷く不透明だった。

 モンスターの脅威から人々を守るためではない。何せモンスターもとい魔族は、十臆ポイント貯めるまで一生ダンジョンの外に出られないのだから。街で悠々自適に暮らしていれば、ヒトはモンスターの恐ろしさを一生涯知ることはない。

 何かからヒトを守るためではないなら、なぜ冒険者に憧れるか。それはやはり、ダンジョンでしか手に入らない富と名声を得るためだろう。


 俺はこんなモンスターを討伐したぞと戦利品を持ち帰り、宝物殿でこんなものを手に入れたんだと誇り――あの最難関ダンジョンに潜って生還したのだと声高に叫びたい。それこそが冒険者、それこそがヒト族の英雄なのだ。


 だからと言ってはなんだが、冒険者が受ける依頼の中には「討伐」というものが存在しない。モンスターは人々の安全を脅かしていないのだから、わざわざ魔窟に入ってまで討伐する必要がないのだ。

 それでも冒険者に狩られるのは、経験値と素材採集のため。経験値はヒトのレベル上げの糧に、そして素材は特殊な装備や道具の材料となる。モンスターから採れるものだけではなく、各ダンジョンでしか採れないものも存在する。


 つまり、それらを代わりに採取してくれ――という依頼が主なのである。

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