第27話 確執

 エリアを原状回復するためにはまず体力が必要だ。力仕事が多いし、スタミナがなければすぐにバテて動けなくなってしまう。

 ダンジョン時間で実働八時間を獲得するには、世界時間で二、三日――酷い時には一週間以上かかる。いくら途中で仮眠の中抜けが取れるとは言っても、虚弱体質ではまず耐えられない。


 次に大事なのが魔力量と精神力。これは、魔法を使うために必要な力だ。

 シャルは一度に膨大な魔力を蓄えることが可能で、回復も早い。つまり、長時間休憩なしでも「時間停止」をかけ続けられる。そもそもこの魔法がなければ、エルフ族の仕事は始まらないのだ。


 他にも「収納」が自在に使えなければ清掃道具も植える薬草も、エリアに設置されるオブジェクトや罠も、何もかも取り出せなくなるし――何より、姿を眩ませて冒険者の動きを監視できなくなる。

 エルフ族は基本的に異空間の中で待機して、ヒト族がエリア移動するのと同時に飛び出すのだから。


 そして「次元移動」が使えなければ、ダンジョンの内外を素早く移動するにも困窮する。何か不測の事態が起きて仕事道具が足りなくなった時や、働き手に問題が起きて人手が足りなくなった時。

 応援を呼ぶためには、遠く離れた街やダンジョンまで一瞬で飛べなければ話にならないのだ。


「――今日の利用者は機嫌でも悪いのか?」


 トリスに呼ばれてスライムの巣まで移動したシャルは、エリアの状況を見てそう呟いた。夜勤は交代で既に帰宅済み。これからしばらくの間、スライムの巣を原状回復するのはシャル率いるチームの仕事である。


 岩肌や地面には、スライム水色の粘液が飛び散って汚れている。薬草は採取されるどころか無惨に踏みにじられているようで、ところどころ千切れてくたりとしなびた姿が憐れだ。


 ただスライムで経験値稼ぎがしたいだけならば、わざわざ薬草を踏みにじらないだろう。採取して街で売れば多少なりとも金にはなるし、煎じれば傷薬にもなるのに実にもったいない。というか、元に戻すのが大変なので採取しないなら初めから触らないで欲しい。


 何かしらの訳があって、冒険者が八つ当たりしているとしか思えない状況だ。シャルの問いかけにロロが肩を竦めて答える。


「どうも、夜勤の声掛けがまずかったみたいッスね」

「……またナルギか」

「あー……まあ実際に現場を見た訳じゃねえけど、俺が聞いた話ではそんな感じ?」


 ロロは歯切れ悪く頬を掻いたが、シャルはさりとて気にした様子もなく「ヤツのヒト嫌いには困ったものだ」と息を吐くだけだった。


 クレアシオンだけでなく、どのダンジョンにも時間帯ごとの責任者が置かれている。シャルはクレアシオン全体の管理者であり、日勤の責任者でもある。ただし汚し屋含め専門職チームを統括する代表は別に居るし、それは夜勤も同様だ。


 ナルギは、シャルから夜勤のリーダーを任されている男だった。

 彼はどうも昔ながらの選民思想が抜けないらしく、例え自分たちの仕事を楽にするため――ポイントの赤字を防ぐために必要な業務だと理解していても、ヒト族が相手ではまともなコミュニケーションがとれない。


 ただ「ケガしないように気を付けて」と声掛けをして、モンスターと対峙する時の心得や罠の見定め方をアドバイスするだけで良いのに。彼は開口一番「ザコ」または「劣等種」と吐いてしまう。次に続く言葉は「身の程を知れ」だ。


 とにかく口調が喧嘩腰で、何かにつけて「そんなことも知らずにダンジョンまで来たのか、情けない」とか「貴様みたいなドクズは永遠に薬草抜きでもしていろ、ザーコ」とか、冒険者を不快にさせるのが上手い。


 一部の特殊性癖をもつ冒険者は彼に罵倒されることだけを期待してダンジョンまでやって来るらしいが、それはごく僅かな少数派だ。大抵は「あんな偉そうなエルフに負けて堪るか」「絶対に言う通りにするもんか」と反発してしまう。完全に逆効果である。

 男なのに、同族の中で『メスガキエルフ』なんて揶揄されているのは公然の秘密だ。


 性格的に声掛けが向いていないのだから部下に任せればいいものを、頑なに「日勤帯は管理者のシャルルエドゥがやっているんだから、夜勤帯なら責任者の俺がすべきだろ? これはの仕事なんだ!」と言ってはばからない。

 しかし、ナルギの強情に振り回される夜勤グループは堪ったものではないだろう。彼が冒険者を激昂させればさせるほど死傷率は跳ね上がるのだから。


 特に親の了承を得られずに宵闇に紛れてダンジョンを訪れた子供は、親に反対されるわ見知らぬエルフに馬鹿にされるわ――「僕にだってできるんだ!」とムキになりやすい。


 勤務中に死なせても許されるのは三人までだから、それ以上は阻止しなければならない。結局エルフたちがここぞの場面で助けに入って「無謀と勇気を履き違えてはいけないのだ」と分からせるしかなくなる。


「仕事はできるし統率力もあるんだから、あとは性格だけ丸くなれば何も言うことがないのにな……ナルギはもったいない。あの性格さえ改めてくれれば、次代の管理者に推薦したのに」

「……リーダーがナルギさんを差し置いてペーペーの俺を指名するから、マジで肩身狭えんだけど」

「ロロはできる子だから仕方がない。恨むなら優秀な自分自身を恨むんだな」

「――――――ック、おだててもなんも出ねえし!」


 ロロはおもむろに「収納」の異空間へ手を突っ込むと、中から袋に入ったエクレアを取り出した。アズの口から「おだてたら、またなんか出た……」という言葉が漏れる。


 袋をグッと押し付けられたシャルは「これだからロロは――」と途中で言葉を切ると、嬉しそうな笑みを浮かべてエクレアを頬張った。

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