第26話 お掃除エルフの夢?

 ダンジョンの門戸もんこは、いつでも誰にでも開かれている。だから相手が年端も行かぬ子供だろうが老人だろうが――例え自殺志願者だろうが、エルフ族が立ち入りを禁ずることはできない。


「でもぉ、私たちだって冒険者の死者数がポイントの増減に関わるとなれば死活問題だから~。シャルルンの声掛けは、グレーゾーンぎりぎりって感じ~?」

「僕は決まり事を遵守じゅんしゅするタイプだ、ルールの範囲内でできることしかやらない。ヒト族は短命なせいか、最初に躓くと後を引くからな……終わりよければとも言うが、始まりのダンジョンで挫折して欲しくない」


 エルフができるのは、ただ冒険者がダンジョンを汚すのを待って、エリアを移動したら「時間停止」して原状回復する。それだけだ。

 どうしても無駄死にさせたくない場合は、待機スペースである「収納」から飛び出して直接助けるしかない。もしくは、「次元移動」の魔法でモンスターを強制転移するなりなんなりするか。


 そうした面倒を防ぐためにも、事前に「くれぐれも気を付けなさい」「調子に乗って足元をすくわれないように」と注意喚起するぐらいは良いだろう。


「シャルルエドゥ先輩って、もしかしてヒト族が好きなんですか? 気高いエルフ族なのに?」


 アズの問いかけに、シャルは少し考えてから「ヒト族が好きなのは僕のじぃじだ」と答えた。


 シャルの敬愛する四万飛んで三百五十六歳のじぃじは、約二千年前までクレアシオンの管理者を務めていた。

 じぃじの手伝いをするためにここまで来て、じぃじの意志を継ぐために監理者になった――そう考えるとシャルも、アズが強引な手法で異動してきたことについて揶揄しづらい立場にある。


「じぃじは可愛らしいもの――子猫や子犬に目がないんだ。ヒト族で言えば新米冒険者がソレに相当する。死なせないようについ守ってやりたくなるらしい」

「ははーん、小児性愛障害ペドフィリアですね!? じぃじさん半端ないッス、博愛主義者の自分も真っ青!」

「……今更ツッコむのもなんだが、博愛主義者は「人類」を等しく愛するのであって、牛に興奮するのは絶対に違う特性だからな。あと、僕のじぃじを指してペドとは何事だ」


 言いながらアズの後頭部を平手で叩けば、「あふん!」と高い悲鳴が上がった。横から「やだぁ、仲間外れは寂しいから私も叩いて~?」なんて訳の分からない懇願も響いたが、シャルは素知らぬ顔で無視した。


 やはり深夜帯だけあって、なかなか冒険者がやって来ない。そもそも、まだ辺りの時は止まっている。

 そうしてシャルらが入口で騒いでいる内に、ダンジョン内で再び「時間停止」が発動する気配がした。どうも、中には探索を頑張っている冒険者が複数人居るらしい。


「あらぁ、またどこかで「時間停止」が始まっちゃった……私たちの時計も全然動かないしぃ、なかなかお仕事が始められないね~」


 ダニエラは、ダンジョン時間を示す時計の針が動いていないことを確認して息を吐き出した。

 この時計もタイムカードと同じで、計測するエリアをあらかじめ設定することで指し示す数字が変わる。同じダンジョン内でも「時間停止」による時差でエリアごとの時間が違うのだ。


 本日シャルが率いるチームが受け持つのは、二つあるスライムの巣の内の一つだ。毎日同じ場所の清掃では飽きるだろうからと、エリアは頻繁にシャッフルしている。

 そのエリアのダンジョン時間を示す時計が動きを止めたということは、つまり今まさに清掃中ということだ。


「まあ、新人教育をするにはちょうどいいだろう――アズ、ダンジョンの中を事前に見学したと言っていたがどこか気に入った場所はあったか? 潔癖がどうのと言っていたからな、本人の希望を確認しておきたい」

「ん? ああ、いや……アレ嘘ですよ? 嫌だなあ、本物の潔癖だったらシャルルエドゥ先輩からサイン貰うだけでも苦労しますって! もう、純粋なんだからぁ!」


 まるで年配の女性のように手招いて笑うアズに、シャルは真顔になった。


「……息を吐くように嘘をつくエルフは嫌いだ」

「アッ、嘘じゃなくて冗談です! 冗談! だから嫌いになっちゃダメですよ! ね!? ええっと、気に入ったエリアはどこか――ですよね? 自分はやっぱりボス部屋が楽しそうだなって! エルフたる者、ボス部屋の原状回復にたずさわるのが夢ですよ! ワハハ!」


 アズは失言を誤魔化すように大声で主張した。ダニエラがニコニコと笑いながら「クレアシオンのボスサハギン、他のダンジョンではザコ扱いだけどねぇ」と水を差す。


 洞窟内にある湖――最早地底湖と呼ぶべきだろうか。その水質は美しく、水底に生えた草まで目視できるほど透き通っている。

 透明だからこそ魚を採り尽くしたかどうか一目瞭然で、冒険者がをした場合は水質改善に苦労する。


 時には「街で増えすぎて処理に苦労するから」なんて理由で、わざわざ凶暴な肉食魚を捨てに来る不届き者も居るのだ。

 こちらが用意してある魚は全て食い荒らされるし、万が一にもここで産卵なんてされたら取り返しがつかない。瞬く間に『ダンジョンの水、全部抜いてみたった!』というミッションがスタートするハメになるだろう。


 また、ボスのサハギンを蘇生する際にも魚が不可欠だ。戦利品として鱗やヒレなどを冒険者に剥ぎ取られてしまったら、別の魚で代用するしかない。

 果たして硬度に難はないのか――とも思うが、不思議と剣を弾くほど硬質に再生するから問題ないのだろう。


 魚はダンジョン内でなくとも外の世界でいくらでも採れるのだから、わざわざここで釣る必要はない。それでもやはり、どれだけ採ってもエリア移動さえすれば永遠に補充されるという点がヒトからすれば堪らないのだろう。


「ボス部屋の原状回復か――まあ、明確な目標を掲げるのは悪くないな。すぐには無理だが頭の隅に置いておこう」


 ひとまず納得した様子のシャルに、アズは肩の力を抜いた。


 その後、結局「時間停止」が解除されても外から新たな冒険者がやって来ることはなく、トリスが「先輩、お仕事始まります!」と呼びに来るまで平和そのものであった。

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