第25話 ポイント赤字を防ぐには

 牧場の牛にブラの着用義務がないことにひとしきり「信じられない」と憤慨したアズは、ふと冷静になったのか首を傾げた。


「でもシャルルエドゥ先輩、外が深夜帯だとダンジョンの利用者って極端に減りますよね? 日が出るまでは、わざわざ入口に立って注意喚起するまでもない気がしますけど」


 ヒトを含め、動物というのは日中活動して夜間眠るものだ。日光に当たることで初めて活性化される栄養素もあって、永遠に夜を生きるのは難しい。


 新人とは言え、アズはクレアシオンへ辿り着くまでに十三か所ダンジョンを回っている。その全てで共通したのが、夜型夜行性の冒険者は少ないということだ。朝起きて夜眠る、規則正しい生活をする者が多いのが一番の理由だろう。


 その上どうも夜中はダンジョン内のモンスターが強くなるとか、極端に罠が増えるとかいう都市伝説が囁かれているようだ。その割に実入りが増えるかと言えばそうではなく、入手できる経験値も素材も昼間と変わらない。

 何せ、実際モンスターの強さは昼間と変わっていないのだから。


 ただダンジョン内の罠については、仕事に疲れたエルフ族が「夜中までダンジョンに来やがってチクショウが! 軽くケガして、さっさと帰って寝ろ!!」と、憂さ晴らしで増やしている可能性が極めて高い。

 しかし、ヒトの間では「夜はモンスターが強い! 夜のダンジョンは危険!」という認識なのだ。リスクばかり増えて全く旨味がないのであれば、日中に探索する方がよほど効率が良い。


 とにもかくにも、夜間は利用者が減る。わざわざ声掛けをしなくたって母数が少なければ死傷者も少ないだろう。アズが言わんとしているのは、そういうことだ。

 しかしシャルは首を横に振った。


「言っただろう、クレアシオンを他所のダンジョンと同じように考えるなと。ここは冒険者にとって始まりの街、初めてのダンジョンだ。人目を忍んで、夜中にコソコソやってくる者も居る」

「夜中にコソコソ? なんでわざわざ……犯罪者か何かですか?」

「冒険者として道を歩むことに保護者の同意を得られなかった、未熟な子供だ」


 子供の小遣いでも十分に支払えてしまうほど、冒険者の免許取得にかかる受験料は安い。しかも受験資格は十二歳以上だ。これまたギルドの怠慢ではないかと思うが、免許の取得自体は保護者の同意が必要ない。


 ただし実際に冒険者として働くには――ダンジョンに潜るのも、「保護者の同意を得てからにしましょう」「危険なダンジョン攻略については保護者とよく話し合いましょう」とされている。

 強制でも法律でもなく、あくまでも推奨だ。


 例え十代の子供が悲惨な目に遭おうとも関係ない。結局は冒険者本人と、上手く引き留められなかった保護者の自己責任である。

 ヒト族の子供たちは英雄を夢見て、十二歳になるととりあえず免許を取得してしまうものらしい。スタートが早ければ早いほど大成するとか、出遅れたら二度と取り戻せないとか勘違いして焦っているのだろうか。


 そうして取得後は親との話し合いが始まる訳だが――大抵、死に物狂いで「もう少し大きくなるまで待ちなさい」と引き留められる。大人でも死の危険があるダンジョン攻略など、まだ幼い我が子にやらせたくないというのが親の本音だろう。


「保護者の同意を得られず、それでもダンジョン探索を諦め切れなかった子供たちは夜中親が寝静まった頃に家を抜け出してしまう。似た境遇の友人や幼馴染と即席のパーティを組んでな。クレアシオンだ」

「へ~……親に甘やかされて育った世間知らずのバカガキどもが、死をもって世の厳しさを理解する訳ですか! エルフ族からすればはた迷惑な話ですね」


 シャルが実際に見てきたクレアシオンの歴史の中で、親の制止を振り切って夜中ダンジョンに忍び込んだ子供たちの内、実に九十パーセントが死傷する。

 大抵は命を落とすか、心か体に一生ものの障害を残して生きながらえるかの二択だ。


 時には目立ったケガなくダンジョンを脱出する者も現れるが――ただ単に運が良かっただけで、何か特別な才能があるとは言い切れない。クレアシオンを生き延びられたとして、その先も上手く行くとは限らないのだから。


「結構独特というか、本当に新人だらけで面倒くさい場所なんですね。クレアシオンって」

「その代わり、僕らが仕事を失うことはない。ヒト族が「冒険者」という職業を廃する日までは」

「この世界から冒険者が居なくなる――そんな日くるんですかね。もしそうなったら、エルフ族と魔族の労役ってどうなるんでしょう? 自分が生まれた時には当たり前にあったものなんで、想像もつきません」


 思案するアズに、シャルもまた「そうだな」と頷いた。

 エルフ族の労役が始まってから既に数万年経過しているのだ。それでもまだ冒険者の勢いは衰えていないのだから、そう簡単には廃れてくれないだろう。


「とにかく――他所のダンジョンや他の責任者がどうかは知らないが僕なりに考えた働き方はコレだ」

「シャルルンってばヒト族に優しいからぁ、か弱い雛鳥ちゃんたちを無駄死にさせたくないんだよね~?」

「……別に強制する訳ではないが、ポイントの赤字を防ぐには有効だぞ」


 憮然とした表情で答えるシャルに、アズは「承知しました!」と屈託なく笑った。

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