第24話 心得その1

 新米冒険者しか来ないダンジョンならではの問題――それは、とにかく死傷率が高いことである。


 正直な話、エルフ族からすればヒト族の冒険者がどうなろうが知ったことではない。自ら修羅の道を歩むと決めたならば、己の命を守るのも冒険者の務めだ。

 しかし、「冒険者」という職業に憧れて浮かれ切ったヒト族のなんと危ういことか。


 気分が高揚しているせいで浮き足立つ者。謎の万能感に支配されて調子に乗っている者。逆に慎重すぎて、スライムの巣から先へ全く進めない者も居る。今までシャルが見てきた中で最長のビビリ冒険者は、丸一年間スライムだけを狩り続けていた。


「――つまりここクレアシオンでは、何よりも声掛けが重要になる」

「声掛け?」


 再びダンジョンの外へ出たシャルは、「時間停止」の効果を受けない空を見上げた。まだ外は深夜帯らしく黒々とした空には薄灰色の雲が漂っている。


「既にマイナス五百万ポイントの貴様は、よくよく理解しているはずだ。一日辺りに死んでも許される冒険者の数は?」

「ダンジョンにもよりますが、クレアシオンは三人までです。確か、四人目からはマイナス三千ポイント――ですよね?」

「その通り。しかし、ここは放っておくといくらでも死んでしまう。彼らは初めてのダンジョンに浮かれているからな。だから僕らが入口に立って声を掛けてやるんだ。ただ「気を付けろ、無理せず落ち着いて、頑張れ」と言うだけで結果は大違いなんだぞ」


 冒険者は免許制なのだが、試験を執り行うギルドの仕事は割と雑である。座学だけで実地試験なし。ただ必要最低限の知識さえあれば、子供の小遣い程度の受験料で免許を取得できてしまう。


 ――獅子は我が子を千尋せんじんの谷へ落とすと言うが、あまりにも無責任な制度だと思う。

 冒険者になったヒト族は右も左も分からぬまま、とりあえずクレアシオンのダンジョンまでやって来てなんとなくモンスターと戦って、よく分からない戦利品を獲得する。ただそれを繰り返して、我流で成長していくしかないのだ。


 どう動けば良いのか、効率の良い探索の仕方はどうなのか。ギルドも鬼ではないので、なんでも答えてくれるだろう。

 ただ、何も分からない新米冒険者が的を射た質問などできるはずもない。


 運良く先輩冒険者とパーティを組めれば様々な事を教授してもらえるだろうが――彼らはいつまでも始まりの街に居ない。さっさと別の街へ移動して、更に難易度の高いダンジョンに挑むのだから。


 ちなみにシャルの体感で言えば、入口で声掛けをした場合の死傷率は約五パーセントまで下がる。逆に声掛けなしの場合、最弱スライム相手でも約三十パーセントの確率で受傷してしまう。

 中には話をまともに聞こうとしない頑なな者も居るため、そういう相手はもう――無惨に死んでもらうか、いくらか痛い目を見たところでエルフが助けに入るしかないのだ。


「なるほど、理解できます。右も左も分からぬままガムシャラに突っ込んで行って、ヒト族が無駄死にしないようにという配慮ですね!」

「シャルルンはヒト族からも好かれやすいしぃ、私はとにかく男の子に人気だからぁ……比較的話を聞いてもらいやすいし、うちのチームではだいたい二人で声掛けしてるの~」

「トリスは小柄で舐められるし、ロロは人相が悪くて怯えられるからな……」


 シャルとダニエラが同時に肩を竦めれば、アズはぶんぶんと何度も頷いた。


 もちろんヒト族の中には「冒険者でもないくせに、なぜエルフがダンジョン前で声掛けを?」と懐疑的に思う層も存在する。

 しかしエルフ族が長命種であること、身体能力が優れていることは周知の事実だ。基本的には「ギルドは適当だし、物知りなエルフ先輩からアドバイスが貰えてありがたい!」と好意的に受け取ってもらえる。


「確かにシャルルエドゥ先輩、美形が多いエルフ族の中でも図抜けてやばいですもん。まるでつくりものの彫像みたいで――ダニエラ先輩のエルフにあるまじきとんでもねえ服装と体つきも、俗物的なヒト族からすれば堪らないでしょうね!」

「や~ん、シャルルン私、新人さんにまでセクハラされちゃったぁ~」

「全身全霊でセクハラを誘っておいて、ソレはさすがに酷な気がする」


 しなだれかかるように抱き着いてきたダニエラに、シャルはどこかげんなりとした顔つきになった。

 別に本人が好きな服装をすれば良いのだが、胸と尻しか隠れていないような恰好で仁王立ちしておいて「体つきに言及するなんてセクハラ!」なんて言うのはさすがに酷い。


 ダニエラの額に手をついてグーッと引きはがそうとしていると、アズが好奇心に満ちた眼差しを向けてくる。


「シャルルエドゥ先輩って、いかにもエルフ族っぽい無乳がタイプですか!? ダニエラ先輩の姿を見ても何も思わないと!? 後学のためにコメントお願いします!」

「それを聞いて何になるんだ……僕はそういうのはよく分からない。ただ、ダニーは髪色肌色、目の色に体つきや服装まで遠目から見ても容易に判別できるから好ましい」


 淡々とコメントするシャルに、ダニエラが「好かれちゃったぁ」と甘えた声を上げた。


「なるほど……胸派ですか、尻派ですか? ちなみに自分は胸派で牧場の牛にも興奮するから、世界中の牛にブラジャーつけて欲しいタイプなんですよ! あれ、なんで放り出してるんでしょうね、いやらしすぎませんか全く!?」

「貴様は一体、何に憤慨しているんだ?」

「んふふ、アズちゃん博愛主義が行き過ぎてて超やばい~」


 マイペースなダニエラと不思議なアズに囲まれて、シャルは「なんなんだこいつら……」と項垂れた。

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