第23話 ロデュオゾロ

 一番最後に出勤して来たのは、ロデュオゾロだ。彼は目の下に薄っすらと影をつくり、大あくびをしながら次元を越えて来た。


 エルフ族というのは男も女も髪を伸ばしている者が多いのだが、彼はかなりの短髪だ。毛先がツンツン立つほど短い。

 シャルと同じかそれ以上に背が高く、体つきもエルフ族にしては筋肉質である。まあ筋肉質と言っても、エルフという種族の性質的になれるのは精々細マッチョ程度なのだが。


「ロロ、おはよう」

「はよーッス……うん? なんか、チビが増えてる」


 ロデュオゾロ――ロロはシャルに挨拶を返した後、ふとトリスと並ぶアズを見て不思議そうに首を傾げた。


「ちょっとロデュオゾロ先輩、チビは辞めてくださいっていつもお願いしているじゃないですか! モラルハラスメントですよ!」

「……名前、なんだっけか?」

「ッキィー! 九十年も経つのに! ルルトリシアです!」


 今にもハンカチの端を噛みしめそうなトリスに、ロロは「名前がクソ長ぇんだよな……「リーダー以外は愛称呼び禁止」とかうぜぇこと言うし」と独りごちた。

 すぐさまトリスが「ご自分の方がややこしくて言いにくいお名前でしょう!」とツッコんだが、彼は肩を竦めただけだった。


「ロデュオゾロ先輩、今日からよろしくお願いします! 新人で、ルルトリシアの双子の兄アザレオルルです! アズって呼んでください!」

「おー……おーおー、なんか情報量が多いが、とりあえずアズ。新人。理解した」


 ロロは言いながら再び大あくびをして、目尻に涙を溜めている。その様子を見たダニエラが、「あらあら」と笑みを漏らした。


「も~また夜更かし~?」

「夜更かしっつーか……まあ俺らに朝も夜も関係ねえ気もしますけど。倉庫ん中のモノが減ると落ち着かねえんスよ……リーダー仕事はできるのに在庫管理だけは杜撰ずさんだし」

「ロロが備品の管理に一番向いてるから、任せた方が効率が良い。適材適所だ」

「……はあ、まあ、それはそうッスね」


 ロロはどこか照れくさそうにして、指先で鼻の下を擦った。

「収納」の異次元空間は普通に時が進む。だから生鮮品は全て腐敗するし、草花は水をやらねば瞬く間に枯れる。道具だって使わないまま放置していればいたんでダメになってしまう。


 仕事に使うものは清掃チームごとの共有財産として管理することが多く、大体どこにでも一人は倉庫番が居る。倉庫番に選ばれるのは、管理能力が高く責任感の強い者。そして体力と健康に自信のある者だ。


 ダンジョン内で使う備品全てを揃えた倉庫番が遅刻または体調を崩した場合、その日の仕事は大変なことになってしまう。そもそも在庫の管理ができなければ、有事の際に原状回復が難しくなる。


 その点、ロロは倉庫番として素晴らしかった。ダンジョン時間で言えば約五年、世界時間で言えば約千年も無遅刻無欠席が続いているのだから大したものだ。


 彼がいつも遅刻ギリギリで眠たそうにしているのは、昼夜問わず備品の補充に奔走しているからである。掃除に使う洗剤や道具から始まり、塗装関係、ダンジョン内で使う魔法アイテム。エリアに植え直す薬草、湖に放つ魚、モンスター関連の素材や宝箱の中身まで。


 もちろん、シャルもダニエラもトリスも必要最低限の備品や私物の道具は己の「収納」に保有している。しかし誰もロロの品揃えには敵わないだろう。正に痒い所に手が届くエルフだ。

 クレアシオンに配属されて間もない頃はどうしようもない落ちこぼれの不良ヤンキーであったが、今ではすっかり更生してしまった。


「初日だし、新人はリーダーが面倒見るんスよね? 俺、先にチビとエリア行って夜勤から引継ぎ受けときましょうか」


 トリスが「またチビって言う」と膨れっ面になれば、ロロは「チビシア」と妙な愛称で呼んだ。


「助かる、ロロは気が利くな。うちの唯一の良心と言っても過言ではない」

「……おだててもなんも出ねえし」


 ロロはコホンと咳払いすると、おもむろに「収納」の異空間からココアと書かれた缶を取り出した。それをシャルに投げ渡したかと思えばトリスの腕を引き、さっさとダンジョンの奥へ歩いて行ってしまう。

 一連の流れを目にしたアズが「おだてたらなんか出た……」と呟いた。


「ロロちゃん、すっかり丸くなったよねぇ。最初はこれでもかと尖がってたのに~」

「根は良いヤツなんだろう。ココアも、いつも僕の好む銘柄を選んで用意してくれるからな……周りをよく見ているし、僕の後継者にはロロを推薦したい」

「あ~、またそんなこと言って~。夜勤のリーダーさんの耳に入ったら、ロロちゃん今よりもっと嫌われちゃうんだから~」

「嫌われるのが怖くて管理者が務まるか」


 目を細めて悪戯っぽく笑うダニエラに、シャルはため息を吐き出した。

 そうして気を取り直したようにアズを見やると、「ついて来い」と言ってダンジョンの外へ歩き出す。


「――さて、早速だがうちのやり方を覚えてもらおうか」

「はい! よろしくお願いします! ……て言っても、ダンジョンによって仕事内容って変わりますっけ? 自分ここが十四か所目のダンジョンですけど、今までどれも似たような研修でしたよ」

「ここは新米冒険者が多――いや、新米冒険者来ないダンジョンだぞ。他と一緒くたにされるのは困る」


 シャルのその言葉に、アズはいまいちピンと来ていないようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る