第22話 模範的?

 アズは、手元にある小さなノートに何かを書きながら入口エリアまでやって来た。随分と熱心にノートを注視していたが、入り口に人の気配を察知したのかちらと顔を上げる。


 そしてシャルの姿を目に留めると、「収納」の異空間にノートを放り投げて「おはようございます、シャルルエドゥ先輩!」と満面の笑みを浮かべた。

 元気いっぱいの挨拶に目を瞬かせながらシャルは彼を見返した。


「――早いな、もう中に入っていたのか?」

「今日が楽しみ過ぎて居ても立ってもいられなかったんですよ。他の先輩方に無理を言って、ちょっとだけ職場見学させて頂きました!」

「職場見学?」

「本日付けで配属される場所ですから、どのエリアに当たっても原状回復できるようにしたかったんですよね」

「……いきなり殊勝しゅしょうな心がけを見せつけられて怖い」


 いぶかしむような表情のシャルを見て、アズはこてんと首を傾げた。


「えっ、社会人として当然じゃあないですか!」

「そのを今までしていなかったから、異動の連続だったんじゃないのか?」

「……てへっ!」


 学校で次席の成績を修めるぐらいだ、きっと根は真面目なのだろう。なぜそれで今まで勤務態度が最低最悪だったのか――いや、シャルと働きたいからだ。愚問だった。


 アズはシャルの両隣に立つ女性それぞれに目配せすると、まずダニエラに向かって頭を下げる。


「初めましてダニエラ先輩。自分、本日付けでクレアシオンに配属されました、アザレオルルと申します!」

「そっかぁ、元気で良い――……あれぇ、初めましてだっけ~? なんか、すごい見覚えのある顔な気がする~」


 不思議そうな顔をして首を傾げるダニエラに、シャルは「トリスと双子らしい」と口添えしようとした。しかしそれよりも先に、彼女はパンと拍手かしわでを打つ。


「あ~分かったぁ。君、よくシャルルンのお休みを狙って応援要請しに来てた子だぁ~」

「アッ! チッス! そうです、何度か目が合ったことがあると思います! 前々から「なんかヤバそうな女居るな~」と思ってたんですけど、あれダニエラ先輩だったんですね!」

「やだぁ、私、配属前から新人の子にヤバそうな女と思われてるの~? 笑っちゃう~」

「……貴様らは、当たり前のようにおかしなことを言っている自覚はあるのか?」


 片や「私はぁ、シャルルンを見守るのが生き甲斐だから~」と微笑む女。片や「シャルルエドゥ先輩! ダークエルフのストーカーまで居るなんてさすがですね!」と尊敬の眼差しを向ける少年。


 シャルは大きなため息を吐き出した後、深く関わりたくないと言わんばかりに口を噤んだ。


「ええと、まだロデュオゾロ先輩はお越しじゃないんですか?」

「さすがシャルルン信者、同じチームで働く先輩の名前はバッチリなんだねぇ」

「当然ですよ! 自分くしゃみまで「シャルルエドゥ」になりましたから!」

「え~? 超意味分かんないけど、凄ぉい」


 口元に手を当ててコロコロと笑うダニエラに、トリスが「先輩、甘やかすとつけ上がりますよ」と苦言を呈する。


「トリシアちゃん、年齢的に学校では同期だったかも知れないけどぉ……初めての後輩でしょう? 優しくして、シャルルンみたいな尊敬される先輩にならなくっちゃあ!」

「エド先輩みたいにはなりたいですけど……この新人は私の双子の兄です。気心も知れていますし、過度に優しくする必要はありません」

「………………双子ぉ?」


 ダニエラの間延びした問いかけに、トリスは渋面になりながらアザレオルルの隣に立った。二人は背丈から顔立ちまでそっくりで、違うところと言えば髪型と髪の長さ――あとは声の高さぐらいだろうか。


 もう少し成長すれば男女の性差も出てくるだろうが、彼らはどうにも成長期が遅いようだ。少なくとも、あと五百年はかかるのではないか。

 ダニエラはまじまじと双子の顔を見比べた後に、ブハッと思い切り噴き出した。


「えぇ、凄~い本当だ~! 言われるまで全く気付かなかったぁ! 私ぃ、シャルルン以外のがどんな姿形しててもよく分かんないからぁ」

「――シャルルエドゥ先輩以外にも相貌失認の気が? 物凄いチームですね」

「僕とダニーを一緒にするんじゃない。僕のは障害、ダニーのは意図的な切り捨てだ」

「なるほど……それはもしやダニエラ先輩から病的に好かれている自慢ですか? さすがですね、先輩! やれやれだぜ!」


 シャルは無言のまま、アズの後頭部を平手ではたいた。またしても「き、今日も触られちゃった」とモジモジし始めたアズに、シャルは仕事前から疲れ切った顔つきをしている。


 彼らのやりとりを見かねたのか、トリスが「ちょっと、そこの新人さん!?」と声を荒らげた。


「私と双子だからと言って、舐めた態度をとったら許しませんからね! あなたは私よりも成績が低かったからクレアシオンを選べなかったんです、それなのにこんな無茶なやり方で異動してきて――先輩として、厳しく指導させてもらいますから!」

「あ~、ウィッスウィッス~ご指導ご鞭撻べんたつのほどよろしくお願いします、ルルトリシアパイセン。マジなんでも命令してくださいよぉ、自分がどれだけ優秀な下僕か分からせてやりますから~」


 アズはトリスに目もくれず、言葉だけの忠誠を誓った。当然トリスはうぐぐと唸って頬を膨らませる。


「たっ、態度が悪すぎます……! エド先輩、どうにかしてください!」

「トリス、こいつはロロの時と比べたら可愛い方だ。しばらく頑張ってみるといい」

「だからアザレオルルに「可愛い」は辞めてくださいってば!」

「ああ、分かった。トリス可愛い、ダニー可愛い、ロロ可愛い。これで良いな」


 トリスが「良いけど、よくない~!」と声を上げれば、不意に辺りの「時間停止」が解除される。そうしてダンジョン時計が時を刻み始めたところで、再び入り口エリアに金色の裂け目が走った。

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