第13話 口は禍の元

 エルフ族に残された魔法の中でも、特に扱いが難しいのが「次元移動」の魔法である。この魔法があるからこそ、エルフは次元を超えて世界中どこへでも行くことができるのだ。


 しかしこの魔法、緻密な魔力制御はもちろんのこと移動先まで次元を繋げる際に「座標」を計算して導き出す必要がある。座標とは、大雑把に言えば緯度経度。もっと細かく言えば、現在地から見た目的地の位置、距離、時刻、標高、磁場など、多くのことが関わってくる計算だ。


 今居るテルセイロのダンジョンとクレアシオンの街では、直線距離で三百キロは離れている。

 三百キロ程度ならば――経度が変わらぬ限り――時差や重力差などあってないようなもの。とは言え、ダンジョン時間が絡むと話は別だ。


 エルフ族は皆ダンジョン時間を刻む魔法アイテムの時計を持っているし、ダンジョン暦表カレンダーだってある。それらと世界時間との差を計算した上で目的地を定めなければ、次元は正しく繋がらない。


 頭の痛くなるような話だが、例え正確な位置情報を設定していたとしても時が違うだけで「並行世界パラレルワールド」へ繋がるのだ。

 一度でもそこへ迷い込むと、なかなか元の世界線へ帰ってこられない。次元が歪めば歪むほど計算はより複雑化していくのだから。


 例を挙げるならば、現時刻十五時ジャストのテルセイロは正史世界。過ぎ去りし十四時半のテルセイロは最早、異世界と言ったところか。


 ちなみにこの魔法を利用して過去、未来改変などしようものなら、正史世界には二度と戻って来られなくなる。

 ありとあらゆる位置情報が狂って計算不能になるため、一か八かで「次元移動」を繰り返すか永遠に異世界で暮らすしかないのだ。


「コイツは魔力制御も演算能力も図抜けている。僕よりもな」


 シャルはそのまま、少年と共にテルセイロのダンジョンまで移動してきた時のことについて言及する。

 少年は、シャルが完全に次元を開き切るまで一歩も動かなかった。先輩を立てるためにわざわざのだろう――同時に開けば、己が先に繋げてしまうから。

 現場に出てたった半年の新人が、不遜にもそんな気を回したのだ。


「そもそも世界地図や全てのダンジョンの構造を記憶していなければ、あれほどの早さで次元を繋げられるはずがない。位置情報がなければ計算もできないからな」


 だからこそ、今この場に集まるエルフたちは飛んで来るのに時間がかかったのだ。ただ決して彼らが遅いのではなく、少年の計算が異常に早くて思い切りが良いだけのこと。


 雑な計算で開いた次元へ飛び込めば、元の世界線に戻って来られなくなるかも知れない。場所を正確に把握していなければ、まず地図と睨めっこして情報収集しなければならない。

 飛び込むよりも前に次元の裂け目を大きく広げて、移動先の様子を目視で確認するほど慎重な者だって居る。しかも魔力制御に不安がある者の場合は、次元がグニャグニャと歪んでなかなか安定しない。

 念入りに計算して、繰り返し確認して――それからようやく足を踏み出すのが「次元移動」の魔法だ。


「それに魔法が優れているだけでなく、ヒトの血が入ったエルフはクリエイティブな者が多い。まあ言い方を変えれば、ニッチな志向に猪突猛進な変態だが――」

「褒めているのか貶しているのか、どっちなんだ」

「褒めているに決まっているじゃないか」


 ヒトには魔法がない。なくて当たり前の生活をしているのだから、努力でどうにもならない事柄を羨んでいても仕方がない。

 ただし、彼らには科学がある。それらを生み出す発想と頭脳と、失敗しても諦めない不屈の精神もある。


 テルセイロの責任者はヒトを劣等種なんて呼ぶが、現在エルフが仕事道具として扱っているのものはほとんどがヒトの発明品だ。その恩恵をこれでもかと受けているくせに、一体どの口で「劣等種」なんて言っているのだろうか。


 シャルはその点についても追及しようと口を開きかけたが、しかし男の蔑むような目を見て辞めた。

 同じエルフでも、皆が皆同じ思考回路をしている訳ではない。育った環境が違えば当然価値観も変わる。こちらの価値観を一方的に押し付けて迎合げいごうを迫るのはどうにも気持ちが悪い。


「とにかく、ハーフにはハーフに向いた仕事方法があると思う。コイツを退屈にさせるからいけないんだ、だから遊び始める。適正を見て何かしら仕事を任せた方が良いんじゃないか」


 ひとまずキリがついて満足したのか、シャルは「仕事中に邪魔したな」と言ってきびすを返した。

 ふと冷静になれば、なぜ休日に働くだけでなく熱いハーフエルフ議論なんて交わしているのか――全くもって意味が分からない。


 責任者同士の言い争いなどまるで気にしていないらしいミザリーが、軽い調子で「シャル、じゃあね~」と間延びした挨拶をする。

 それに手を上げて答えていると、シャルの背に「シャルルエドゥ!」と硬質な声が掛けられた。


 足を止めて振り返れば、テルセイロの責任者がビシリとシャルを指差して告げる。


「クレアシオンは万年人手不足だったよな!?」


 ――嫌な予感がして、シャルはこれでもかと顔を顰めた。


「そんなにハーフエルフが優秀だって言うなら、コイツは本日付けでお前のところに異動だ! 「適材適所」とやらを見せてもらおうじゃないか、ええ!?」

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