第12話 混ざりもの

 責任者の男は、シャルの顔を見るなり「シャルルエドゥ! 本当に来てくれたのか!?」と喜色満面の笑みを浮かべた。

 そもそも自分で呼びつけておいて、なんとも無責任な発言である。もしシャルが要請に応じていなければ、果たしてこのダンジョンと少年エルフ、そしてミザリーのタイムカードはどうなっていたのだろうか。


「頼まれた仕事は終わったから、もう帰る」

「そうか! いや、これだけ修復してくれたら十分だ……助かったよ」


 テルセイロの責任者は、ミザリーが絶賛乾燥中の岩壁に生えた苔を見ながら何度も頷いている。とにもかくにも満足したようで一安心だ。これで、ようやくミザリーのタイムカードも減算のカウントをやめるだろう。


 シャルは換気のために置いた送風機を片付けながら、ふと思い出したように責任者を見やった。


は、いつからテルセイロに配属されているんだ」


 コイツというのは、もちろん問題の少年エルフである。

 責任者はシャルの横でニコニコ微笑む少年を一瞥すると、フンと鼻を鳴らして「ダンジョン時間で言えば一週間ほど前だ」と答えた。つまり実際に清掃員として労働した「世界時間」に換算すると、約三週間ほどになる。


「……明らかに配属ミスじゃないか? が全く活かせていない気がする」

「強み? ここで通算十三回目の配置転換を食らってる新人の強みってなんだ?」

「十三。なんて不吉な――調和を乱す数字だ」

「調和も何も、この新人は無茶苦茶だ。何十回も応援要請を受けたシャルルエドゥなら分かるだろう? いつも尻拭いをさせられて、全くご苦労な事だ」


 やれやれと肩を竦める責任者にシャルは片眉を上げた。


「僕に応援要請を出しているのはコイツじゃない、お前を含めた各ダンジョンの責任者だろう。配属されて半年の新人に要請者を選択する権利などあるものか。割とフットワークが軽く、単に頼みやすいから僕の名を出すだけだ――違うか?」


 淡々と言えば、少年エルフの大きな瞳が煌めいた。尊敬の眼差しとでも言うのだろうか――キラキラとした上目遣いで、黙ってシャルを見上げている。


「いや、それは――いきなりなんだよ、本当に理屈っぽいな。ジジイ好きは説教くさくて嫌になる」

「別に世の中の全ジジイが好きな訳ではない、僕のじぃじが素晴らしいだけだ」

「何がじぃじだ、お前の爺さんなんて――」

「重度のマザコンは黙っていてくれないか」


 その指摘に、責任者は「何が悪い!? ママは偉大なんだぞ! ママが居なければ俺は生まれていない!!」と憤慨する。なんとも珍妙なやりとりに、苔を乾かすミザリーが真顔で「どっちも深刻でキモイ」と呟いた。


 そうして二人が悪口の応酬おうしゅうをしていると、ようやく次元が繋がったのか次から次にエルフたちが姿を現した。彼らはシャルを見るなり駆け寄って来て、「シャルだ! サンキュー!」「シャル先輩、助かりましたよ~!」と笑みを見せる。

 シャルは一人一人と丁寧に挨拶を交わしたのち、改めて責任者へ視線を投げた。


「とにかく、適材適所という言葉があるだろう。この新人に壁の拭き取りは適していない。手先が器用すぎるし、一点集中型の凝り性だ」

「手先が器用な凝り性とは……物は言いようだな。 じゃあ、どこなら適任なんだよ」

「……それを考えるのは責任者の仕事だろう? なぜクレアシオンの僕に聞くんだ」


 半目になって肩を透かすシャルに、責任者はこめかみに青筋を立てた。

 更に「腹が立つのは正論を言われた時だとじぃじが言っていた」と追い打ちをかけられて、盛大な舌打ちをする。


「――良いか、シャルルエドゥ? この新人はだぞ! 劣等種の血が入った混ざりものだ! 俺たちエルフのダンジョンに、劣等種が活躍できる場なんてない!」


 責任者の怒声に、エリア内のエルフが揃ってばつの悪そうな顔つきになった。

 彼らの表情からは「あ~あ、言っちゃったよ」「ウチのリーダー前時代的なんだよなあ」「まあ、よりによってヒトとのハーフだし仕方ないかな」なんていう、呆れと諦観の念が見てとれる。


 しかし肝心の少年は卑下されることに慣れっこなのかケロッとしており、シャルもまた不思議そうに首を傾げた。そしておもむろに少年の尖った両耳を摘まむと、責任者の男に見せ付けるように引っ張る。


 ――少年が「あふんっ」とやたら甘い声を上げたのは無視だ。


「ハーフとは言え、コイツはこの通りエルフ族の血が優位だろう。だから耳が尖っていて、髪も金髪――目も碧眼だ。ヒトの遺伝子が極めて薄い姿をしている」

「それがなんだ?」


 ハーフエルフと言っても、全員がエルフ族の性質を色濃く引き継げる訳ではない。

 エルフよりもヒトの遺伝子が優位になって産まれた場合、まず見た目がヒトそっくりになる。そっくりなのは見た目だけではなく、魔法は使えないし寿命も精々百年止まりだ。身体能力だってヒトそのもの。


 しかも、ヒト寄りで魔法が使えないということは「時間停止」の効果をモロに受けるということだ。最早ハーフでもなんでもなくただのヒトである。

 つまりダンジョンの仕事はできないし、そもそもエルフ族の労役について語ることもできない。


「コイツの場合劣等種ではなく希少種に当たる。純血の僕らより魔法の扱いに長けているのはそのためだ」

「魔法? コイツが?」


 恐らくこの男は「ハーフエルフだから」という色眼鏡を通して少年を見ているのだろう。だから強みどころか、優秀さに気付けない――いや、気付かないようにしているのか。


 それはまあ、純粋なエルフ族としての矜持がある者からすれば、ヒトとの混ざりものに己が劣るなんてことは我慢ならないはずだ。

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