第14話 好感度マックスの謎
どうにも抑えきれずに口から漏れてしまったらしい、「んむっふ、ぐふふぅ」という気持ちの悪い笑い声が聞こえる。
あれからシャルは、テルセイロの責任者が出した提案に一言も答えることなく「次元移動」でクレアシオンの街まで戻って来た。
そして、当然のようについて来たハーフエルフの少年を半目で見下ろした。それはもう、ただでさえ身長差があるのに顎まで逸らして見下ろした。
しかし、少年はこれ以上ないくらいに口元と目元を緩めて、桃色に染まった頬を両手で押さえながらシャルを見上げている。
「――言っておくが、正式な通知が届くまで貴様はただの
「嫌だなあシャルルエドゥ先輩、はぐれ
少年は「嫌われ者のハーフをこれでもかと庇って褒めちぎって煽って、わざわざ引き抜いちゃうんですもん! 意外と強引なんですね、そういうところも好きですぅ!」と言って身をくねらせた。
もちろんシャルは、「引き抜くつもりなんて毛ほどもなかった!」と突っぱねる。
――別に少年を庇った訳ではない。褒めちぎったつもりもない。シャルはただ、事実を述べただけなのだから。
例えヒトの血が混じっていようと、エルフの遺伝子が優位であれば
そんな
だから「上手く使え」とアドバイスした。テルセイロの責任者の苦労を想ってのことだった。
その結果がこの仕打ちとは、あんまりである。やはりシャルの価値観を一方的に押し付けたのが悪かったのか――。
少年の言う通り、きっと本日中に異動届が出されてしまう。あのマザコンエルフ、「やる」と言ったら絶対にやる頑固さがあるのだ。
シャルが額を押さえて唸っていると、機嫌よさげな少年は「まあまあ、ご飯でも食べながらゆっくり話しましょうよ」と笑う。
「たまの休日を貴様と一緒に過ごす利点が見当たらない。……まず、正気なのか? このまま僕のところへ異動が決まったら――」
シャルが管理しているのは、エルフ族が働きたくないダンジョン万年一位のクレアシオンだ。いくらこの少年が懐いているからと言っても、それとこれとは全くの別問題ではないのか。
「もちろん正気です! クレアシオンに異動できるまで一年ぐらいかかるかと思っていたんですけど、まさか半年で行けるなんて……嬉しい誤算でしたね」
「何? つまり、今まで異動するためだけにミスを重ねて――なぜそんな」
「えっ、シャルルエドゥ先輩と一緒に居たいからに決まってるじゃないですか! もう、いつも好きだって伝えてるのに、何度も言わせないでくださいよ~」
「……僕には、その理由が分からないんだ」
一体どんなキッカケがあって、ここまで好かれてしまったのか。シャルはそんな思いでもって少年を見やったが、しかしぽかんと呆けた顔を返されてしまう。
「先輩、本気で言ってるんですか?」
「本気だ。この半年間で貴様に好意をもたれるほどの何かがあったとは思えない」
「ええと、色々とツッコみどころ満載な気がしますけどぉ……うーん。自分がまだエルフ養成学校在籍中に、特別講師として呼ばれた先輩と会ったことがあるって話からしましょうか?」
エルフの養成学校――その名の通り
生まれながらにダンジョンでの労役を科されているエルフ族だが、1,700歳になるまでは未成年扱いのため労働は免除される。彼らは平均して1,000歳から養成学校に通い、そこから七百年間エルフの仕事や一般常識などを学ぶのだ。
普段ダンジョンの管理に勤しむシャルや他ダンジョンの責任者も、学校の特別講師として交代で講演することがある。
「ああ、現場に出る以前に会っているのか? 悪いが、僕には
淡々と話すシャルに、少年は「知ってますよぉ」と微笑んだ。
相貌失認とは、人の顔が正しく記憶できない認識障害の一種である。
顔の輪郭や目鼻口などの構成要素は知覚できるが、全体として「その顔」が誰であるか認識できない。よく知るはずの家族や知人の顔すら記憶、区別するのに苦労する障害だ。
その代わり、声や体形、眼鏡や服装など顔以外の特徴を代償的に知覚することで個人を認識できる。
実はミザリーの口が極端に悪くなったのも、シャルの相貌失認が原因だと噂されているが――真偽のほどは定かでない。
何はともあれ、彼女はあの口の悪さとセットで
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