第7話 やさしいダンジョン

 始まりの街クレアシオンのダンジョン。冒険者になりたての初心者ばかりが潜るそのダンジョンは、エルフ族にとって劣悪な環境でしかなかった。

 まず、ビギナー冒険者は初めて対峙するモンスターに興奮または恐慌状態に陥ってしまう。ギルドの試験をパスして憧れの冒険者になったものの、座学ばかりで実績は皆無。例えスライムが相手でも大騒ぎだ。


 半透明に透けた水色のゼラチンボディ。その中心には赤色の丸い核がある。スライムの息の根を止めるには、核を刺突――もしくは打撃で破壊するしかない。例え鋭利な刃物で体を切り裂いても核まで届かなければ自己再生してしまうのだ。

 そんな事は座学で習っただろうに、ビギナー冒険者ときたら本っ当に狩り方が雑で汚い。


 剣を振り回し、悪戯に水色のゼリーをまき散らす。初心者は特に剣を使いたがる傾向が高く、打撃用の武器を携帯していない彼らは――せめて剣で刺突すれば良いものを――辺りの石や木箱を手に取ってぶん投げる。スライムに剣を突き刺したら溶かされる、とでも思っているのだろうか。

 彼らにぶん投げられた石は欠けるし割れるし、木箱は大破する。なんならそれらをぶつけられた壁や床まで傷つき、抉られる。もちろん全て修復案件だ。


 しかも無事モンスターを狩れたとなると高揚して「――俺が! 俺たちが冒険者なんだ……!!」という、謎の全能感に脳を支配される。そこからはもう、バカの一つ覚えのようにスライムの巣エリアと隣のエリアを行き来するのだ。沸き続けるからこそ何度でも。

 たかがスライムと言えどもモンスターだ。大量に狩って得られるのは何も、経験値や素材だけではない。モンスター退治で得られる達成感と高揚感は、まるで酒や麻薬のように依存性が高いのだ。


 やがて、スライム狩りで心ゆくまで自信をつけた初心者は「俺、冒険者の素質あるんじゃね!?」と、意気揚々とダンジョンの奥地へ進む。

 ちなみに、この時点でエルフの平均清掃時間は脅威の二十五時間を叩き出す。しかし実働――つまり冒険者の体感で言うと、休憩を挟みながら狩ったとしても三、四時間しか経過していない。


 汚れ具合にもよるが、一度のエリア清掃時間が三十分ほど。そして冒険者になりたてのビギナーは、平均して五十回ほどスライムのおかわりを要求する。

 もちろん中には、おかわり無しで勇猛果敢に奥地へ突撃する者だって居る。居るのだが、かえってそういう無謀なヒトの方が厄介だ。力量の見極めができぬまま先へ進めば、二足歩行の小鬼――ゴブリンが待ち構えているのだから。


 ゴブリンはヒト族でいうところの八歳児程度の小柄な体躯をしたモンスターだ。しかしその手で振り回すこん棒は太く、重い。そもそも、物言わぬスライムとは威圧感が段違いだ。

 動きは早いし、まるでステンレス製のボウルをフォークで掻き回すような鳴き声は酷く耳障りだ。耳まで裂けた口には鋭利な歯が立ち並び、瞳孔が真横に裂けた濁り目は見る者の背筋を凍らせる。


 しかも二足で移動して手で道具を扱うものだから「ヒト族に似た者はみな盟友ズッ友!」が信条のヒトは、ゴブリン退治に尻込みしてしまう。「まるで同胞の子供みたいじゃん、なんかやりづらいなあ」――と。

 当然ヒトの同情など歯牙にもかけないゴブリンは、『初心者キラー』『分からせ屋』と呼ばれている。初心者の死因第一位がこのゴブリンだ。この試練を無事生き延びた者は、以降「二足歩行だからって盟友ズッ友とは限らない」と理解する。


 弱肉強食、力こそが全て。それがこの世のことわり――だと言うのに、ダンジョン内で冒険者が死に過ぎると減点されるのだから本当に酷いシステムだ。

 例えばクレアシオンだと一日辺り三人までならギリギリ許されるのだが、そのラインを越えると一人死ぬ度に三千ポイントのマイナスペナルティを受ける。

 ちなみに、実働八時間で得られる平均ポイントは五千ほど。冒険者がダンジョン内で五人も死ねば、エルフの一日の稼ぎが水の泡どころか大赤字である。


 では、冒険者を無駄死にさせないためにはどうするのか。「次元移動」の魔法を駆使して、エルフが颯爽と助けに入るしかない。

 ヒトを殺せば減点するくせに、魔族――モンスターを殺してもポイントは変動しない。大変申し訳ないが、モンスターならば大釜で復活させられるから安心安全なのだ。エルフの稼ぎ的に。


 ちなみに、戦闘面だけでなく初心者は採取の仕方も要領が悪く荒い。薬草は茎から切れば良いのに根っこまで引き抜いてしまう。根さえ残してくれれば再び生育できるものを、全て持って行かれては種から植え直しだ。掘り返された土も戻さねばならず、エリア内の色味を合わせるのにどれほど気を遣うか。


 湖エリアにある魚も「無限に沸くから」と採り尽くしてしまうし、良識のないヒト族はそこで用を足すため水質改善の手間までかかる。本当に犬猫と変わらない。ダンジョンの景観や雰囲気を損ねる問題さえなければ、いっそ彼らのためにトイレを設置してやりたいくらいだ。


 宝箱もダンジョン内に鍵を用意してあるのに「鍵がなくても壊せそう!」とブンブン振り回すわ、隙間に剣を差し込んでテコの原理を試すわ、殴りつけるわ、上に乗って飛び跳ねるわ――完全に蛮族のソレである。

 お陰で箱の中身はぶっ壊れるし、変形したガワまで交換しなければならない。もちろんタダではない。ダンジョン内のオブジェクトは全て、エルフが必死に貯めたポイントを消費して神の力で下賜かしされるものだ。


 ――以上の観点から、始まりの街クレアシオンのダンジョンはクソであるとしか言いようがない。

 業務量が多い割にはポイントが稼ぎにくい。ひよっこ冒険者の動きが腹立たしい。あいつらすぐ死ぬ。なんかもうヤダ超きつい、誰か助けて。エルフが絶対に働きたくないダンジョンセレクション万年一位。


 それこそが、シャルルエドゥが責任者として管理する職場であった。

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