第6話 休日クラッシャー
現代を生きるエルフ族の共通認識と言えば、最早「なんでもいいから、そろそろ許してくれませんか神様!?」である。今から約五万年前――神魔戦争に加担した問題の世代は既にほとんど残っていない。大多数がとっくに寿命を迎えて永眠しているのだ。
ヨボヨボになって震えながら「神には決して歯向かうなよ! アイツらマジ半端ねえから! 今日をただ生きている事に感謝しろ!」なんて言い聞かせてくる生き証人のありがたみとて、数万年も経てば段々と薄れてくる。
そもそも若い世代は「俺らは戦争に加担してないんだぞ! エルフの子孫に生まれたからってこんなの不公平だろ!」と異を唱えているのだ。それは魔族とて同じ事である。
――とは言えシャルは割と信心深く、そしてお爺ちゃんっ子であった。敬愛するじぃじが「反抗する事よりも愛される事を考えろ」と言うならば、その方法を模索したい。
「じぃじも、もう四万飛んで三百五十六歳か。豚肉とハーブの腸詰や魚卵、そして
シャルは青い空を見上げながら呟いた。そして、ダンジョン時間で言えば半年。世界時間では約九十年会えていないじぃじの顔を思い浮かべる。
そうして哀愁を漂わせるシャルの元へ、一人の少年エルフが駆けて来た。職場の責任者に「シャルルエドゥを呼んで来い」と命じられた、あの少年エルフだ。
「シャルルエドゥ先輩~!!」
底抜けに明るい声で名を呼ばれたシャルは思いっきり顔を顰めた。それから少年を見やると、
「あのぉ! 自分、今日テルセイロにあるダンジョンに配属されているんですけどぉ! そのぉ、応援を頼みたくてぇ……」
少年エルフは頬を染めて、両手の人差し指を突き合わせながら上目遣いでモジモジしている。まるで、美少年エルフが見目麗しい青年エルフに告白しているような――むせ返るほど濃い薔薇の香りを錯覚するほど、
しかし肝心のシャルはチッと舌打ちをすると、少年エルフに背を向ける。
「断る。僕は今日『休日』なんだ」
すげない返事に、少年エルフは「待ってました」と言わんばかりにビシッと敬礼した。
「アッ、分っかりましたぁ! じゃあ、記念にサインだけくじゃたい! うっ、
「それも断る。何が「じゃあ」だ、もう五十枚は書いただろう? 僕が休みの日ばかり狙って襲来しているのは分かっている」
「……はい? まだ三十六枚なんですけど?」
「何を偉そうに不満顔をしている、正気か? ――というか貴様、要請を断った僕が言えた事ではないが、そんな簡単に撤回してどうするんだ」
シャルは足を止めると僅かに
どうもこの少年エルフ、シャルルエドゥ
最早わざとミスしているのではないかと疑いたくなるレベルだ。研修を終えて実際に現場へ配属されてから、たった半年間で三十六回も応援要請――もといサインを求めにやって来ている事からして。
現場の責任者も、なぜ毎度シャルを呼び寄せようとするのか。それも休日に。この少年、シャルでなければ手に負えないような案件をわざわざ休日のタイミングで意図的に作り出しているとしか思えない。そうだとすればとんでもない策士だ。
シャルの姿を真似ているのか、肩口で揃えられた短い髪を無理矢理ひっつめて。長さが足りないものだから落ちた横髪が顔にかかり、小顔効果を遺憾なく発揮している。
まだ成長期が来ていないらしく、低い背を利用した上目遣いがデフォルト装備だ。零れそうなほど大きい碧眼はなぜかいつも熱っぽく潤んでいる。
あざとい上に仕事を増やすばかりで、手に負えない相手。彼は、シャルの受け持つダンジョンにやってきた新卒エルフとは大違いである。シャルはいつもこの少年エルフを持て余していた。
「百歩譲って、要請に応えるとして――誰か僕に振替休日を用意できるんだろうな?」
要請に応えるという事は、休日出勤するという事だ。もちろん魔法のタイムカードには『休日出勤』、『休日手当』なるものが存在する。だから報酬のポイントについてはなんの心配もしていない。
問題は、潰されたシャルの休日を一体どこの誰が補填してくれるのかである。少年エルフは目をぱちくり瞬かせると、不思議そうな顔をして首を傾げた。
「え……? そんな事できる訳ないじゃないですか! だって先輩の
「――毎度その調子で、よくも応援要請を寄こせるものだよな!!」
「貴様の倫理観は死んでいる!」というシャルの
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