第5話 タイムカード
新人冒険者の女性は尚もキャアキャアと盛り上がっている。
「例え種族が違っても、エルフ族はヒト族の味方だから安心ね。大昔に起きた
「でも、生きる時間が違い過ぎるのが玉に
「――え、ちょっと待って? アンタもしかしてエルフ族を狙おうとしてる? さすがに無謀すぎない?」
仲間に突っ込まれた女性は「ちょっと、言わないでよお!」と叫び、椅子の上で身をくねらせた。なんとも幸せそうなパーティである。
シャルは手元の本をパタンと閉じると、そっと息を吐き出した。その表紙には正に「人魔戦争、ヒト族とエルフ族が手を取り合った先の未来」と記されている。正しくは人魔戦争ではなくて、
一体どこでヒト族の伝承がねじ曲がってしまったのだろうか。人魔戦争直後のヒト族と言えば、神の懲罰を受けた魔族とエルフ族を指差して嘲り「ざまあ」とツバを吐いていたはずなのに。
それがいつの間にか神魔戦争のことを人魔戦争なんて呼び始めた。魔族がモンスターに成り代わってしまったせいか、「ヒトとエルフが力を合わせて大陸から魔族を追い出した。僕らは
あれだけ神の寵愛を受けておいて恩知らずにも程がある。なんと、他でもないヒト族が伝承から神々を排斥したのだ。恐らく短すぎる寿命では後世に正史を遺せないのだろう。彼らはなんでもかんでも都合よく改変してしまう。
そもそもエルフ族は過去、ヒト族を家畜として取り扱っていた。ブリーダーが
喉元過ぎれば熱さを忘れると言ったって限度がある。何も神から受けた恩だけでなく、エルフ族に虐げられた記憶までご丁寧に忘れなくても良いだろうに――。
とは言え、エルフ族に科せられた労役について知るヒト族はもう居ない。ダンジョンの管理をさせられている事など現代を生きる彼らが知る由もない。ダンジョン周辺で「時間停止」の魔法が発動している間の事を、ヒトはどうしたって知覚できないのだから。
シャルは会計するために席を立った。正史ではない歴史書を読んだって仕方がない。もっと他の――例えば「神々から寵愛される方法」なんて本があれば良いのに。
幸いというかなんというか、冒険者は熱い視線を送るのみで声をかけてくる事はなかった。
正直、あまりヒトに好かれても困るのだ。エルフから見たヒトというのは、いつまで経っても
例えばヒト族が喋る犬猫に「好きです! 抱いてください!」と言われても困るはずだ。その好意はありがたいが、そもそも体のつくりが違うし寿命だって大幅に違う。
いくら愛していたとしても、百年足らずで呆気なく逝かれてはやるせないではないか。
会計を済ませてカフェの外に出ると、まだ日は高かった。仕事中の一日は死ぬほど長いのに、街に居ると文字通り二十四時間ぴったりで一日が終わってしまうのが物悲しい。
エルフがダンジョンを管理している間の『一日』とは、ダンジョン内で経過した時間を指す。特殊な魔法アイテム『タイムカード』があり、一日の始めにそれを使用してからダンジョンに入る。タイムカードには自動で労働時間が加算されていき、実働八時間を超えたところで初めて退社を許されるのだ。
ただしこの労働時間、休憩をとると減算されていく。「実働
神の力によるものか、八時間経過するまでまるで魔族のように閉じ込められてしまって外に出られなくなる。ただし中抜け制度はあるため、タイムカードを弄れば一時的にダンジョンの外へ出る事は可能だ。そのお陰でもしもの時には応援を呼びに行ける。
仮眠をとる場合も中抜けだ。確実に処理しなければ休憩時間として減算を食らうので注意が必要だった。
もちろん「時間停止」の魔法を
いくらダンジョン周辺の時間を止めたってエルフ族の時は変わらず進むのだ。何度も時間停止と掃除を繰り返していれば、腹は減るし睡魔にも襲われる。
果たして、何をもってして『実働』なのか首を傾げたくなるところだ。タイムカードの仕様的には、ヒト族がエリアを汚している間の待機時間こそ実働として加算される。
ぼんやりして待っているだけなのに、なぜか休憩には含まれない。その代わりいざ仕事が始まった時にぼんやりしていると、休憩としてタイムカードが動き出すのだ。
全くもって意味が分からない謎カウントである。
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