過去の因縁②
「まず初めに言っておくが、俺は個人の性癖について口を出すつもりはない」
重々しく言われたドミニクは、真面目な顔で頷いた。ここで茶化しては就職の目はないと感じたからだ。アレクシスはソファの背に身体を預け、自分の向かいで背筋を伸ばして座るドミニクを横目で流し見る。
「我が国では法により同性同士の婚姻が許されていることをお前も知っているだろう。血脈の継承が重視される王族や高位貴族では難しいだろうが、同性婚によって幸福に暮らす人々がいることは紛れもない事実で、俺としてもそれを十分に尊重したいと考えている。だが同時にリベラルぶった馬鹿な連中の口車に乗って、愚かな連中のごり押しを受け入れるつもりはない」
「アレクが本人の能力だけを見て公平に接しているのは僕もよく知っているよ」
ドミニクはまた大きく頷いた。アレクシスにとって重要なのは相手の性的嗜好などではなく、どんな意図で誰が何を為そうとしているかだ。だから家族や友人知人が異性愛者だろうが同性愛者だろうが、はたまた両性または無性愛者であっても何ら問題はない。ただ、能力の劣る者を妙な平等主義によって引き立てろと言われるのには辟易していた。たまにそういった輩が湧いて出てくるが、そんな時のアレクシスがどれほど容赦ない対応をするか、従兄弟であるドミニクはよく知っている。
「人の嗜好というのはごく個人的なことだ。だからこそ俺は今まで不快な噂が流れているのを知りながら、あえてそれを否定してこなかった。だが、伯母上たちまでがその噂を真実だと誤解しているなら話は別だ。さすがに手を打たざるを得なくなってくる」
「いやそこは僕が被害を受けた時点で手を打ってほしいんだけど……。ということは、あの噂は本当じゃないってこと?」
「本当じゃないどころか、一片の真実もない」
ドミニクがシェリー酒で唇を湿らすのを見たアレクシスは、自分用に蒸留酒を注ごうと腰を浮かせかけ、思い直してそれをやめた。そろそろ妹があの二人を連れて来るはずだ。酒の匂いをさせたくない。
「王立寄宿学園のように女性のいない環境で長期間外界から隔絶されていると、異性愛者の中にも同性を性愛の対象とする者が出てくる。それが一時的なものなのか、元々そちらの素質があったのかは分からんがな。だがそれと同じように、どんな状況に置かれようと同性をそういう目でみられない者も当然いるんだ。グリーンハウ=スミスは前者で、そして俺は後者だった」
驚いたドミニクはわずかに身体を引いた。
「ということは、ベンジャミンはアレクのことを――」
「違う!」
ドミニクが想像したであろうことを、アレクシスは大声で否定した。
「違う。正確にはそういう誘いをかけられたことはあるが、グリーンハウ=スミスからではない」
「じゃあどういうこと?」
「同級生の中に中性的な雰囲気の、線の細い奴がいたんだ。顔も繊細なつくりで、その手の趣味がある男からはよく誘いを受けていたらしい。だがそいつは全く誘いに乗らなかった。だから俺はそいつも、俺と同じ異性愛者だと思っていた」
大人しい男だった。身体も小さく、スポーツの授業ではいつも端のほうにぽつんと立っていて、アレクシスは何度か声をかけて仲間に入れてやっていた。
アレクシスが同性のそういった誘いに一切乗らないことは学園内でも有名だったし、何といってもハリントン男爵家の嫡子である。卒業した後のことを考えれば、機嫌を損ねる可能性があると分かって刹那の遊びに巻き込もうとする者は多くなかった。
「ある夜、話があると言ってそいつが俺の部屋を訪ねてきた。進路を決める時期だったから、てっきりそのことだと何の警戒もせず部屋に招き入れた。ところが、そこで好きだと気持ちを告げられたんだ。俺が同性を恋愛対象にしないことは分かっている。それでも一度だけでいい、抱いてほしいと」
「それで、アレクはどうしたの?」
「断ったさ。気持ちは嬉しいが、お前のことは友人としか思えないと言って。散々泣かれたが、奉仕で好きでもない相手を抱くことはできないし、そもそもいくら顔が綺麗だからといって同性相手ではその気にならん。最終的にはそいつも納得して、どうにか友好的に話を終えることができた。しかしそいつが部屋を出る時に廊下の隅から俺たちを見ていたのが」
「ベンジャミンだったの?」
「そうだ」
「それで、誤解された?」
「かなり遅い時間だったから、おそらくな。だがあいつがなぜそんな時間に俺の部屋の近くにいたのか、その当時は深く考えなかったんだ。俺が留学から戻り、グリーンハウ=スミスと再会するまでは」
父の名代で出席した夜会の席で、アレクシスはベンジャミンと再会した。たとえ在学中は親しくなくとも、同窓であれば挨拶をするのが常識だ。ところがベンジャミンはアレクシスに刺々しい態度を取り、同伴していた女性を誇らしげに見せつけた。その女性の顔を見た時、アレクシスは初めてベンジャミンの隠された恋情に気がついたのである。
「驚いたよ。奴の連れは俺に告白してきた友人に生き写しだったんだからな。だが、二男とはいえウィンシャム公爵家の息子なら同性との恋愛は難しいだろう。高位貴族の間で同性婚に対する偏見はまだ大きい。実際、同性婚に関する法案の審議から可決に至るまで、ウィンシャム公は一貫して反対の立場を取っていたからな。だからベンジャミンのためにも愛する女性ができたことは喜ばしいと思っていた」
「…………もしかして、その女性が」
「ああ。その夜を境に彼女はグリーンハウ=スミスを見限り、俺につきまとうようになったんだ」
アレクシスは疲れた様子でため息をついた。
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