過去の因縁
だが、ドミニクは従兄の助言を聞くなりガバッと顔を上げた。
「アレク」
「断る!」
「なんで!? 僕、まだ何も話してないよね?」
「お前の言いたいことなど聞かなくても分かっている。どうせハリントンに関係する会社で働かせてくれとでも言うのだろう。だがお断りだ」
アレクシスはこれ見よがしに愛用の懐中時計を取り出して時間を確認した。
「一、二分早いようだがもういいだろう。悪いが用事を思い出した。ドミニク、お前が伯父上の思うような成果を出し、次期公爵として恥ずかしくない行いをするよう願っているよ」
「そんなこと言わないで、話だけでも聞いてくれよ」
「従兄弟として最後に助言してやろう。もし今度借金を背負うようなことがあったら、下手に足掻いたりせず大人しく債務者監獄に入ることだ。そうすれば少なくとも今回のような事態を避けることができ、伯父上の怒りも最小限で済むだろう」
ルフトグランデ王国で借金を返済できない者は、最長八週間債務者監獄に収監される。そしてその身柄を引き受けられるのは肉親だけだ。第三者への引き渡しを禁じているのは、債権を
ドミニクは言い捨てて扉に向かう従兄の肩を掴んだ。ブランドン・クーパーがこの場にいたら上着が皺になると慌てただろうが、そんなことに頓着してはいられない。咄嗟に彼は叫んだ。
「だってアレク、今回の件だって元はといえばきみが原因じゃないか!!」
アレクシスはピタリ、と足をとめた。
「……なに?」
「だ、だっておかしいだろ。確かに僕も不用心だったかもしれないけれど、三度も続けていかさま賭博に引っ掛かるなんてありえないよ。それに、よく考えたら誘ってきた連中は……」
凍りつくような目で見据えられ、ドミニクは背を震わせた。
「誘ってきた連中が、どうしたというんだ?」
優しい口調が却って恐ろしい。ドミニクは怯んだが、今を逃せば直談判の機会はもうない。父親から「自分で仕事を見つけなければ勘当する」とまで言われた彼は切羽詰まっていた。
「誘ってきたのは全員グリーンハウ=スミスの関係者だった。アレクは昔、ウィンシャム公爵家のベンジャミンと女を取り合って決闘したことがあるんだろう? 結局、勝ったのはアレクだったけど、すぐに飽きてボロ雑巾のようにその女を捨てたんだ。でもベンジャミンは一途に彼女を想い続け、結婚を申し込んだけど無垢でないことを理由に断られたって。終いには醜聞を嫌った彼女の親に、遠いところへ嫁がされたんだってね。だからベンジャミンはアレクが憎くてたまらず、その腹いせに僕を陥れて借金を背負わせ、それをアレクに支払わせることで、間接的に仕返しをしようとしているんだ」
「……その話を誰から聞いた」
「父上から。でも、決闘のことは母上のほうがよく知っていたよ」
アレクシスはうめいた。
「いいかドミニク。そういう噂があることは承知しているが、内容は全部でたらめだ。俺は今まで女を誰かと取り合ったことなど一度たりともないし、決闘もしたことはない。ましてや無垢な女性を弄んで捨てたりなどするものか。言っておくがその話に登場した女はとんでもない
ドミニクは目を丸くしたが、納得いかない様子で首を傾げる。
「でも、アレクを恨んでいるのは確かなんだろう? 僕自身は恨みを買うほどベンジャミンと親しくないし、家同士の諍いで直接僕を攻撃するのはウィンシャムらしくないって、そう父上が言っていたもん」
ウィンシャム公爵家二男ベンジャミン・グリーンハウ=スミスとアレクシスは、貴族のみが通う王立の寄宿学園の同窓生だ。
ルフトグランデで公爵家といえば、四家あるうちまずバークリーとウィンシャムの名が挙がる。筆頭公爵家とされるバークリーだが、実は歴史の古さはウィンシャムのほうに分があった。
バークリー公爵は国の宰相を務めており、国家運営に欠かすことのできない人物だ。片やウィンシャム公爵はというと、貴族院議長を長きに亘り務めている。双方重要な役職ではあるが、議長は名誉職の色合いが強い。つまり、現在の地位としてはバークリー公爵のほうが高いことになる。
そんな経緯のせいか、ウィンシャムのバークリーに対する対抗心は熾烈なものだ。もちろんそこは貴族同士、顔を合わせる際は穏やかに会話するものの、裏に回ればどうにかしてバークリーの足を引っ張ろうと画策しているとか、いないとか。
だから同窓生であるウィンシャムの二男ベンジャミンと、バークリーの甥アレクシスとの関係がうまくいかないのは、ある意味当然のことだった。
学生時代のベンジャミンは大人しく、あまり目立たない生徒だった。一方アレクシスはというと、優れた容姿と
彼は常に人の輪の中心にいて、教師たちからも一目置かれていた。気難しいことで知られる教授でさえ、難解な問題を前にした時には、真っ先にアレクシスを当てるのが倣いとなっていたほどだ。
そんなアレクシスに対し、ベンジャミンは成績でもスポーツでもただの一度も勝ったことはない。ウィンシャム公爵は歴史ある家名に誇りを持っており、成り上がり者としてハリントンを見下していたから、その点でも鬱屈した思いを抱いていたのだろう。
もちろん外でそんなことを口にするほど愚かではなかったが、その代わり家の中では口汚く罵ってばかりいた。ベンジャミンとアレクシスが同級生だと知り、どんな手を使っても勝てと命じたのもウィンシャム公だ。そして二男が学業でもスポーツでも、人望ですらアレクシスの足元にも及ばないのを見て、失望を隠そうともしなかった。
学園を卒業し、大学に入学を許されたベンジャミンと、早いうちから世界を経験させるという家訓に従いアレクシスが国外の大学へ進学したことで、二人の学園生活は終わりを告げた。
「――という訳だ」
「え。ちょっと待って。今の話のどこにも女性は出てこなかったよね。第一、王立寄宿学園って男子校だし」
結局アレクシスとドミニクは応接室に移動して向かい合っている。盤面に光る貝が象嵌された美しいオークのテーブルに、アレクシスの側はコーヒー、ドミニクの側にはシェリー酒が置かれていた。
ベンジャミンとの件を隠すつもりはないのだが、積極的に話したいことでもない。渋い顔の従兄に向かってドミニクは悪気なく尋ねた。
「それとも、取り合ったっていうのはもしかして男なの?」
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