11 圧倒的過ぎた火力、そして幼女天使との遭遇

「これより艦隊は戦闘を開始する。戦闘態勢コンディションレッド発令」


「了解、戦闘態勢コンディションレッド発令します」


 艦隊司令官にして、超弩級戦艦エリュシオン艦長である、マノスの命令が響きわたる。

 ブリッチクルーが命令を復唱すると共に、艦内の照明が赤くなり、戦闘態勢を示すものになる。



「第24番主砲、海賊拠点を攻撃せよ」


 そしてマノスの隣に座す幼女副司令が、命令を出す。


「第24番主砲、海賊拠点を照準」


放てファイア


 ブリッチクルーによって、主砲の照準が定められると、幼女副司令が攻撃を命じた。




 超弩級戦艦エリュシオンには、主砲として直径100メートルになる超高出力中性子砲が艦首方向に36門、艦尾方向に24門存在する。

 その中の1門が、海賊拠点に向けて照射された。



 エリュシオンと海賊拠点の間には、数光秒の距離が存在しているが、白いレーザー光が光の速度で突き進み、海賊拠点へ迫る。


 防御シールドは、無力だった。

 かつて、第7編隊が海賊船相手にレーザー攻撃をした際には、一瞬だけシールドが煌めいたが、今回は煌めくことすら許されなかった。


 超弩級戦艦の主砲の威力は常軌を逸し、海賊拠点に張り巡らされるシールドの抵抗を、存在していない扱いで貫通する。

 両者のエネルギー量にあまりにも差がありすぎて、シールドが完全に意味をなさないのだ。


 そのまま海賊拠点の外壁に、極太のレーザー光が突き進む。



 この海賊拠点は、宇宙空間に浮かぶ小惑星の内部をくりぬいて、そこに艦船の停泊スペースと居住空間を作り出したもの。

 内部はワープ航法にも耐えられる、スペースチタニウム製の壁によって、気密空間が保たれている。


 しかし、装甲と呼べるレベルの物は存在せず、拠点の外壁はただのむき出しの岩石に過ぎない。


 ただの岩石など、中性子レーザーの前では、何もないのと同じ。

 無抵抗で外壁を貫通する。


 次に拠点内にあるスペースチタニウム製の壁だが、厚さは空気が漏れ出ない程度の最低限の薄さしかないため、ここもあっさり貫通してのけた。


 レーザーは海賊拠点を貫通して、向こう側の宇宙空間へ飛び去っていく。



 この時点で、エリュシオンのブリッチにいるマノスが、片方の眉を吊り上げた。


 まだレーザーの照射開始から、わずか3秒も経っていない。


 主砲のレーザーは十数秒間にわたって連続照射可能で、マノスが何か言うより早く、レーザーの射線が下方向へ移っていく。


 それに合わせて、海賊拠点が左右真っ二つに切断されていく。


「これって……」


 マノスが何か言おうとした。


 だが、レーザーによって完全に左右に両断された海賊拠点が、遅ればせながら内部で盛大な爆発を発生させた。

 爆発は次々に連鎖していき、海賊拠点が粉々に砕け散っていく。


 戦闘開始を宣言してから十数秒で、海賊拠点は無数の小岩石が漂う空間となり果てた。




 あまりにも一方的な戦いだ。

 戦いとして、成立すらしていない。

 ワンサイドゲームどころか、オーバーキル、死体蹴り。


 史上最大の恐竜アルゼンチノサウルスが、気づかずに足元のネズミを踏み潰したような有様だ。



 これはマノスが望んでいた結果ではない。

 彼女は海賊を引き潰して、ミンチ以下の原子に還元したかったわけでなく、弱い者いじめを楽しみたかったのだ。


 なのに、弱者が悲鳴も、呻き声も上げる間がなく、この宇宙から消滅してしまった。



「残敵の反応なし。司令、これにて戦闘行動を終了します」


「……ええ、そうね」


 マノスの横で、幼女副司令が淡々と後始末を始める。



 そんな幼女副司令の方を、マノスは無言で見る。


「言ったではないですか。司令の作戦は完璧。ただ戦力が過剰すぎる、と」


 マノスの方を振り向くことなく、幼女副司令が答える。



 しばし茫然とするマノス。


「海賊拠点の残骸回収を……」


「ただの岩塊に造られた拠点です、回収作業をしたところで、まともなものがあると思えません」


「……そうね」


 宇宙海賊を倒せば、その後は資源回収をするものだが、今回の戦いでは海賊拠点が木っ端微塵。

 漁ったところで、もはや回収できる物があるように思えない。


 幼女副司令の言う通り、本当に過剰な戦力で、木っ端微塵に消し去ってしまった。



 やがてマノスは、司令官席を立ちあがった。


「直掩に出している第3編隊以外の駆逐艦部隊に帰艦命令。部隊回収後、本艦は星系外へ進路を取る」


「了解です、司令」


 弱い者なんていなかった。

 そう思い直し、マノスも必要な指示を淡々と出していくことにした。






 なお、まったくの余談であるが、トニーと呼ばれている海賊で、元王子様の青年は、真っ白な世界で目を覚ました。


「あれ、ここは一体どこなんだ?」


 どこまで行っても真っ白な空間。

 暗い闇に包まれた宇宙空間は知っていても、こんな明るい場所をトニーは知らない。


「ようこそ、トニー」


 そんなトニーの前に、天使が現れた。


 金髪碧眼の、恐ろしく整った顔立ちの幼女天使。

 幼さからくる愛らしさを感じるはずだが、その顔は酷く無表情で、なんの感情も読み取れない。


 むしろ、碧色の目には狂気的な光が宿っている。

 この目の前にいる存在は、幼女天使の姿に見せかけた、幼女死神なのかもしれない。


「あなたは、もしかして天使?でなければ、死神ですか?」


「そうです、トニー」


 トニーの考えが当たったようで、目の前の存在が認める。


「そうなんだ。俺死んだんだ」


 ここはもう、俺が知る生者の世界ではないようだ。


 どうして自分が死んだのか理由は分からないが、そのことにひどくホッとするトニー。

 これで、生きている時に受けていた苦痛を受けなくて済む。

 今まで生きていることが怖かったが、死ぬこともそれと同じくらい怖かった。

 でも、今の自分は、現世の苦痛の全てから解放されて、楽になれたのだ。


「あなたは、これからあの世に向かうのです」


「はい、天使様」


 思い残すことなんて何もありはしない。

 幼女天使の言葉に頷くトニーの体から、白い光の粒が次々に溢れ出し、天へと向かって駆け上っていく。


 きっと、自分はこれから天国へ向かうんだ。

 自分の体が透けて行く光景を見ながら、トニーはあの世での苦痛のない生活を期待した。


 あるいは、これ以上の苦痛を受けなくて済むなら、自分と言う存在が、全て失われてしまうのでもいい。


 今のトニーは死を迎えて、安らかな心になっていた。



「地獄に落ちやがれ」


 が、そんなトニーの安らかさが、一瞬で消えた。


 目の前にいる幼女天使が、親指立てて地面へ向ける。



「一体何が!?」


 と思っている間に、真っ白な空間の地面に亀裂が迸り、大地が割れた。


「ギャアアアー」

「苦しい、苦しい」

「地獄の業火にお前も焼かれろ、トニー!」


 割れた大地の奥には、赤い溶岩の地獄が広がり、そこから血まみれの亡者たちが腕を伸ばしてくる。


 そこにはトニーが知っている、元近衛だった人間や、海賊の首領、そして今までに宇宙海賊として襲い、殺した人間などがいた。


「私を殺しておいて、お前だけ天国になど向かわせものか」

「元王子のお前は金になるんだ。金さえあれば、地獄から天国へ行けるはずだ」

「役立たずのクズ王子が。お前の為に散々苦労させられ、殺された俺の事を忘れて、天国へなんか行かせないからな」


 亡者たちの雄叫びが轟き、トニーの足に亡者の腕が次々に絡みついていく。


「い、いやだ。もう苦しみたくない。なんで、生きている時も苦しかったのに、死んでからも苦しまないといけないんだ!」


 亡者に引っ張られ、トニーは割れた地面の奥にある、地獄へ引きずられていく。


「天使様、どうかお願いです、僕はもう苦しみたくない。苦しいのは、イヤだ。僕を地獄送りになんてしないでー!」


 必死のトニーは、幼女天使に向かって手を伸ばして助けを求める。


 だが、トニーが伸ばした手を、幼女天使が足で踏みつける。


 見た目の小ささに反して、万力の力が込められたかのような圧力がある。


「さっさと落ちろ。次の仕事がある」



 トニーは理解した。

 目の前にいたのは、幼女天使の姿をした幼女死神だった、と。


 幼女死神に手を踏みつけられたトニーは、亡者共々、地獄の中へ真っ逆さまに落ちて行った。







「クシュン」


 トニーが時間と空間を超越した世界で地獄に落ちた頃、エリュシオンのブリッチにいる幼女副司令が、小さなくしゃみをした。



「どうかしたの、アーニャ?」


「何でもありません」


「風邪かしら?」


 マノスが幼女副司令の額に手を当てて、熱がないかと確認する。


「司令、どさくさに紛れてセクハラをしないように」


「いいじゃないの、あなた可愛いんだから」


 そのまま幼女副司令の頭をナデナデしようとしたマノスだが、手をはねのけられて不発に終わる。


 海賊拠点を消滅させた元凶たちは、何事もなく平和なやり取りをしていた。

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