10 宇宙海賊相手に抜かりのない完璧な布陣

 マノスが移動で暇な時間を過ごしつつも、エリュシオン艦隊は目的の海賊拠点近郊に到着した。



 エリュシオン艦隊の構成は、旗艦である超弩級戦艦エリュシオンを中核に、1編隊につき12隻の駆逐艦から成る編隊が、1から7まで存在する。

 駆逐艦の数は12×7で、合計で84隻。


 この駆逐艦部隊は、エリュシオン艦内に全て格納可能となっている。


 艦隊としての正式な戦力は、これで全てとなる。



 ただし、これ以外にも非正規の戦力として、エリュシオン艦内にワープドライブ未搭載の、全長1キロメートル以下の艦載機が、1万機以上格納されている。

 数は多いものの、ワープ能力を持たない艦載機群は艦隊戦力として計算しないため、これらの戦力が正式にカウントされることはない。


 ワープドライブ非搭載の艦載機は、搭載している艦と比べて、保有できるエネルギー量が極度に少なく、そのために武器火力・防御性能・機動性の全ての面で、激しく劣るのが理由だ。



 超弩級戦艦エリュシオンの火力と防御能力は、比類なきものだが、規格外の大型艦ゆえに小回りが利かない。

 対小型艦相手の戦闘は苦手としているため、駆逐艦部隊が直掩艦として、エリュシオンの護衛に付くのが、戦闘時の配置となる。


 もっとも駆逐艦部隊に関しては、艦の防衛以外にも、偵察や独立行動を行う場合があり、比較的自由に使える遊撃部隊として扱われることもある。



 そして恒星間文明においては、1個艦隊の戦力が50から200隻程度の戦闘艦で構成されるのが一般的なため、エリュシオン艦隊は、立派な1個艦隊分の戦力となる。




 そんな1個艦隊分の戦力が、たかが海賊の拠点を攻めるために使われた。

 大規模な海賊であればともかく、1拠点しか持たない海賊相手に、戦力過剰もいいところ。


 しかも艦隊司令官であるマノスは、人格面では欠陥以外の何も持たないが、艦隊司令官としての手腕は相応に高い。



 事前に隠密ステルス状態で潜伏させた駆逐艦編隊5つを、海賊拠点の周辺に配置して、海賊船が逃げられないように包囲網を完成させる。

 さらに包囲網を突破した海賊船が出たとしても、速度に優れる第7編隊が遊撃部隊となって、逃げた海賊を追撃、撃破する手はずとなっている。


 そして最後に、第3編隊が残されたが、これは小型艦相手に弱いエリュシオンの弱点を補うため、直掩となって、エリュシオンの周囲に展開し、護衛に付くことになる。



「まさに完璧なる布陣。隙を生じぬ3段構えよ」


 作戦計画を立案し、味方艦の配置を決めたのはマノス当人。


 海賊拠点を攻撃する第1陣の本隊に、第2陣の包囲部隊、そして追撃の為の第3陣。



 ブリッチの司令官席に座するマノスは、大いに満足していた。


「確かに、完璧な布陣です」


 作戦計画の完璧さは、幼女副司令も反論の余地がない。


 その様子に、マノスは胸を張ってフフンと笑った。



 しかし、彼女は得意にいなっているが、幼女副司令の目は酷く冷めている。



「相手の戦力に対して、こちらの戦力が過剰すぎることを除けば、完璧です」


「あら、私は弱い者いじめに手を抜かない主義なのよ」


「左様ですか」


 何を言っても無駄だ。

 悟った幼女副司令は、ただただ冷めきっていた。






 さて、そんな包囲網が構築されているとは、知らない海賊たち。


 海賊拠点の中には、1人の青年がいた。


 名前をトミーという。


 ボサボサのくすんだ金髪に、死んだ魚のような目をしている。

 酷く顔色が悪く、まるで動く死人といったような、精気のなさだ。

 そして右頬が赤く腫れあがっている。


 もしや海賊に捕らわれ監禁されているのでは?と、考えたくなるが、彼はこれでも海賊の一員で、拠点のレーダー担当を務めている。



 今ではこんな有様だが、昔はトニーなんて名前でなく、物凄く長い名前をしていた。


 とある星間王国の王子として生まれ、王の第一子として、何不自由ない生活を送っていた。

 その頃のトニーは、輝くような金髪に、誰もを魅了する愛らしい姿の少年だった。


 だが彼が6歳の頃、祖国が隣国の星間国家との戦いに敗れたことで、彼の凋落が始まる。


「お前は、我が王国の正統なる後継者。このような場で死ぬことは許されぬ。近衛たちよ、我が息子のことを頼むぞ」


「「「ハハッ、陛下!」」」


 戦争の最終局面、国王は最後の艦隊を率いて、侵略してくる敵艦隊に戦いを挑み、壮絶な最期を遂げる。


 だが、その前に近衛艦隊によって祖国から脱出したトニーは、辛くも敵の魔の手から逃れ、生き延びることができた。


 逃げ延びることができた近衛艦隊の数はわずかだが、近衛艦隊のクルーは長年王国に仕えてきた者達によって構成され、その忠誠は国が失われたところで変わることがない不変のものだった。


 誰もが第一王子を守り、祖国を悪しき侵略者から再び取り戻すのだと、正義の心に駆られていた。



 2年後、近衛艦隊に所属している多くの忠臣甘ちゃん達は、現実を知ることになる。


 それまでは王国から給料が支払われ、日々の食事に苦労することもなく、煌びやかな生活をしていた甘ちゃんたち。


「誰が、俺たちの給料を出してくれるんだ?」


「こんな貧乏生活など、我々には相応しくない!」


「私の父は領地持ちであったから、給料以外に父からの仕送りもあったのに、今では金が全くない」


 給料未払いの事態に陥って、彼らは現実というものを初めて知った。


 それまでの王都での、煌びやかな生活が失われてしまった。

 身分制度のある王国では、特権階級として平民相手に威張り腐っていたが、国が滅びてはそれもできない。

 食べるものはあるものの、逃亡生活中であるため、娯楽は何もありゃしない。


「こんなのやってられるか!

 莫大な懸賞金が掛けられている王子を敵国に突き出して、金を得るぞー!」



 そんな感じで、近衛艦隊は内部分裂。

 いまだに王子に対して忠誠心を持つ一派と、現実を知って王子の身柄を売り飛ばそうとする反乱一派。

 王子の身柄を巡って内部分裂し、凄絶な殺し合いをする羽目になった。


 一応、忠臣派が勝利を収めたものの、元々数の少なかった近衛艦隊は、この争いでさらに疲弊してしまう。

 疲弊するということは、彼らはさらに貧乏になったということだ。

 物質的にだけでなく、長い逃亡生活と、味方同士で殺し合いをしたという、精神的貧困に陥った。



 その3年後、ただのド貧乏集団に過ぎなくなった近衛艦隊。


「我々の祖国を取り戻すために、敵国の商船を襲うのだー!」


 長い逃亡生活で貧困にあえぐ彼らは、祖国を征服した敵国の商船を襲うようになった。

 商船といっても、星と星の間を行き交って交易を行う、宇宙船のことだ。


 敵国の通商活動を妨害し、金銭をせしめることで、祖国光復の為の基金とする。


 一応王子を頂点にいただいて、祖国光復のための正規軍を名乗ったが、やっていることはただの略奪行為。


「ヒャッハー、女だ、女がいるぞー」


「奪え、殺せー、犯せー」


「野郎は皆殺しだー!」


 どう見てもただの宇宙海賊です。

 宇宙海賊以外の何者でもないです。



 長い逃亡生活で物質的にも精神的にも困窮し、かつての規律も栄光もなくなった彼らは、その後敵国の船かどうは関係なく、ただの宇宙海賊となり果てた。

 金を持っていそうな船なら、片っ端から襲って回る集団と化した。


 忠誠心なんて、もはや宇宙のかなたに旅立ってしまった。

 そんな有様だから、もはや王子なんて蚊帳の外。

 山賊みたいに髭を蓄えた大男が、宇宙海賊の首領に収まってしまった。


「てめえみたいな役立たずを、可愛がってやってるんだ。感謝しやがれ」


 それどころか、色狂いの首領に夜の相手をさせられてしまい、王子なんて何の意味もない肩書に転落した。


 一応命はあるもの、その後の王子の生活は悲惨だった。

 海賊たちの中でも、最底辺の仕事を押し付けられ、暗澹たる日々。


 かつては光り輝いていた金髪はすっかり色が落ち、くすんだモジャモジャ髪になった。

 目には、生きることに希望を抱けない、精気のない目があるだけ。



「死にたい……」


 でも、自分で自殺する勇気もない。

 誰かに殺してほしいが、殺してくれと頼む勇気もない。


 結局彼は、死にたいと言いながらも、死にたくないから生きているだけの存在になっていた。




 そしてその日も、彼は死んだような顔をしていた。


 微かにだが、レーダーに変な反応があった。

 反応はすぐに消えたが、何かがおかしい。


 それに気づいて、宇宙海賊の首領に、注意を促しもした。


「今は宴会中だ。俺たちの邪魔をするんじゃねえ!」


 だが、先日の略奪行で得た物品で、遊びはしゃぐ首領には相手にされず、それどころか顔を殴られてしまう有様。


「……」


 そんな生きる屍となり果てている彼の、望みのようで、実は望みではない希望が、この日叶うことになる。





「第24番主砲、海賊拠点を攻撃せよ」


 1人の、見た目だけは天使のように愛らしい姿をした、幼女様のお声によって。

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