7 幼女副司令

 艦隊旗艦エリュシオン、マノス・ビスマートが艦長を務める船である。


 ルーンブレイカーがエリュシオンへ着艦すると、マノスはレインたちと別れ、エリュシオンの艦橋ブリッチへ向かう。


 超弩級戦艦エリュシオンの全てを司るブリッチは、常に100名以上のクルーが詰めている。

 各種情報端末に、艦の運用に必要な諸々の設備。指令系統など。

 ブリッチは巨大なドーム状空間内に、複数の階層が存在する構造になっている。


 その最上階に、艦長であるマノスの座する艦長席がある。

 あるいは、船内クルー210億人を統べる、女帝の玉座と評すべき、彼女専用の席だ。




「司令、おかえりなさいませ」


 そんな彼女が君臨する玉座の傍で、1人の幼女が敬礼した。


 金髪に碧い瞳の、痩せた幼女。

 背丈を見れば10歳にも届かない幼さだが、その顔は精巧に造られた人形のように、恐ろしく整っている。


 幼く愛らしい姿は、男女を問うことなく、誰からも可愛がられる幼女の姿。

 そして成長すれば、いずれは多くの異性を虜にし、同性からは妬みの視線を受けることだろう。


 そんな幼女であるが、ただ一つ、幼さに不釣り合いな目をしていた。


 ひどく恐ろしいのだ。

 整った顔立ちの中にある碧い瞳は、ぎらついていて、まるで飢えた肉食獣の眼光。


『この幼女は狂っている!』


 直感的に悟らされる、狂った目をしている。



 だが、そんな幼女の視線と敬礼を受けて、マノスはにこやかに微笑んだ。



「アーニャ、ただいま」

 と。



 そのまま幼女に駆け寄って、小さな彼女を両手で抱きかかえて頬ずりする。



 抱きしめてにこやかに微笑むマノスだが、彼女の眼光も相変わらず鋭いまま。


 どこからどう見ても、幼女を愛らしく抱きしめているようには見えない。

 どちらかと言うと、このまま幼女の首に手をかけてしまうのではないかという、狂気を感じる。


 そして抱きしめられ、体を持ち上げられている幼女は無表情。

 無表情な上に、まったく目が笑っていない。

 このままマノスの首に噛みつくのではないかという、狂気がある。



 だからこそ分かる。


 この2人の瞳に宿る光は、同種のものだ、と。

 この2人は、共に狂っているのだ、と。



「司令、私はいい大人なのです。このようなことはやめていただきたい」


「あら、相変わらずアーニャはおませさんね」


 ホホと笑い、抱きしめていたアーニャを解放するマノス。


 抱きしめられ、持ち上げられていたせいで、足が床から離れて、空中をさ迷っていたアーニャ。

 床に降ろされたことで、やっと足が床を踏みしめられる。


 ここだけ見れば、本当にただの子供だ。



「いつも申し上げていますが、私のことは個人名でなく、副司令とお呼びください、司令官閣下」


「はーい、分かったわ。アーニャ」


「……」


 物凄く気に食わない。


 視線だけで、マノスを射殺せるような目で睨む幼女。

 睨まれても、クツクツと笑うマノス。



 彼女は幼女であるが、事実エリュシオン艦隊の副司令で、同時に超弩級戦艦エリュシオンの副長を兼任している。


 つまり、マノスの次に偉いのだ。



「冗談はほどほどに、司令」


「ええ、そうね」


 嗜められたと言うわけではないが、幼女副司令を解放したマノスは、艦長席に座ると、手をひと振りした。

 その動作に合わせて、巨大な戦略図タクティカルスクリーンが、2人の前に表示される。



「アーニャ、これから海賊退治をするわよ」


 なんの脈絡もなく、マノスが告げる。


「海賊退治ですか?」


「そうよ」


 マノスはタクティカルスクリーンを操作して、先日手に入れた、海賊の拠点がある宙域の星図マップを、表示させる。


「海賊退治など、時間と資源の浪費以外の何ものでもありません。我々が行う必要のないことです」


 タクティカルスクリーンを見ながら、人形じみた顔に、ひどく無感情な声を出すアーニャ。


「そうね。でも、弱い者いじめがしたいのよ」


「弱い者いじめですか」


 そこで艦長席と副艦長席。隣り合う席に座る2人が、互いに視線を向けて見つめ合う。


 幼女副司令官の視線は、

『この尼、何抜かしてやがるんだ!?時間の無駄だと言っただろう!』

 という、剣呑な光を宿している。


 対するマノスの眼光も鋭く、

『私の命令に従え、ガキが!』

 と、無言のはずなのに、どう見ても脅迫する圧力がある。



「「……」」

 2人は無言のはずなのに、視線だけで威圧し合い、会話を交わしている。


 互いの意見を押し通そうと睨み合っていたが、先にマノスが視線を外した。



 彼女が敗北したわけではない。



「艦隊全艦へ通達。これより本艦隊は、海賊拠点へ進路をとる。海賊退治をするわよ!」


 マノスは艦長席から立ち上がると、ブリッチ全体に響く声で命令を下した。

 艦隊エリュシオンにおいては、彼女が最上位者。

 彼女が命令を発すれば、全てのクルーが従う義務がある。


 例え幼女副司令が、不賛同でも。


 ブリッチにいたクルーたちは、司令からの命令を受けると、了解の意を伝え、それぞれが必要な行動に入る。



「チッ」


 マノスが全体に命令を通達しては、もはや幼女副司令には止められない。


 彼女に出来るのは、せいぜいマノスの耳にも聞こえるように、大きく舌打ちして悪態をつく事だけだった。

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