4 人間の魂を食べた

 一瞬で爆発四散した宇宙海賊船3隻を漁った結果、多少の資源と、海賊たちの拠点を示す星図地図が見つかった。



「次は海賊の拠点を攻めるわよ」


 マノスは次なる指針を出す。



 海賊船を漁って得られた資源は、ごくごく少量。

 戦闘(?)で使用した武器のエネルギー消費の方が多く、赤字と言う有様だ。


RPGでも、『Eternal Galaxy』でも、戦闘で相手を倒したのに、利益がでずに赤字になったでは済まされない。


 しかし、海賊船から得られた資源がわずかでも、拠点を占拠できれば、もっとまともな資源が手に入る。



『Eternal Galaxy』のプレーヤーにとって、海賊とは資源だ。


 通称、『宇宙海賊は俺の資源!』。

 あるいは、『俺の物は俺の物、お前の物も俺の物!』の法則。


 マノスの中にある西野誠が勝手に命名した法則だが、彼以外の『Eternal Galaxy』プレーヤーも、その認識で大方間違っていない。


「このまま赤字でなるものですか!」

 マノスは次なる獲物を狩ることにした。


 もっとも、それはただの建前。


 本音は、

「次こそは、ちゃんとした弱い者いじめをしてあげないとね」

 という、非常に低俗な理由だった。





 とはいえ、海賊の拠点を攻めるとなれば、戦力は多いに越したことはない。


 第7編隊はエンドコンテンツ装備とは言え、彼女が率いる艦隊内では、低火力・低防御力。

 速度極振り編隊なのだ。



 マノスは、戦略図タクティカルスクリーンに表示される中に、自身の乗艦である超弩級戦艦エリュシオンの存在を確認すると、指定座標ポイントで第7編隊と合流させた後、海賊拠点を攻めることにした。



 ただ、鈍足な超弩級戦艦が指定ポイントに到着するのに、3日の時間が必要になる。





 そのようなわけで、マノスには3日間の暇な時間が生じた。


 『Eternal Galaxy』のプレーでは、宇宙空間の移動には、現実時間リアルでも数分から十分以上の時間がかかっていた。


 しかし、今の夢か現実か分からなくなった状況では、3日の時間になる。


 ゲームをプレーしていた頃の西野誠であれば、移動時間はタクティカルスクリーンを見ながら、艦隊の運用に問題がないか確認していればよかったが、流石に3日という時間は長すぎる。




 暇を持て余したマノスは、最初の1日目の夜、艦内にある展望エリアラウンジデッキへ赴いた。


 ラウンジデッキは、壁の一面が透過されていて、映像スクリーンを介することなく、外部の光景を直接目で見ることができる。


 指定ポイントへ向かうため、ルーンブレイカーはワープ航法で移動中。

 デッキの外に見える白い星々は、高速で線を描いて、前から後ろへと流れて行く。

 まるで流星雨が降り注ぐかのような光景。

 ただ、流星たちは地面へ落ちて行くのではなく、横方向へ流れていく。


 そんな船外の光景を、マノスはワインが入ったグラス片手に眺める。


 グラス傾け、ワインを一口口の中へ流し込む。



 美人である彼女がそんな仕草をすれば、優雅で、とても絵になる。


 しかし、彼女は見た目の優雅さとは、全く別のことを考えていた。



「西野誠。この私の半身ともいえるような存在が、ろくに宇宙にも飛びたてていない、原始時代の人間だったなんて。

 おまけに、あまりにも冴えない見た目」


 当初、マノス・ビスマートの体は、西野誠という男が動かしていた。

 だがそれと同時に、マノス・ビスマートという、別の人格も存在していた。


 ただ、彼の意思はとても貧弱で、最初こそマノスの人格の表面に出ていたが、今では完全にマノスに圧倒され、踏み潰され、死に体と化している。


 もはや、西野誠という人格が、再びマノスの表面に出てくることは叶わないだろう。


 それでも今のマノス・ビスマートの中では、マノスの人格と同時に、西野誠という存在が潰れていても、確かに同居し存在し続けている。



 そして彼が、『Eternal Galaxy』というゲームをプレーしていた頃の記憶と、マノスがこれまでにしてきた記憶が、見事に一致している。



 今でこそ艦隊を率いるマノスだが、最初はただ1人から始まった。


 バニラの『Eternal Galaxy』であれば、1隻の宇宙船と共に開始されるが、西野誠のMOD環境では、始まりは宇宙船がない状態で、未知の惑星に突然放り出される。

 惑星内で資源を採掘、加工し、製造ラインを構築していき、様々な研究を行って、宇宙船のパーツを作り上げていく。


 マノスの始まりも、全く同じだった。


 その後、惑星全体を埋め尽くすほどの製造ラインを構築した後に、ようやく1隻の宇宙船が完成した。


 宇宙空間へ旅立てるようになると、様々な星を渡り歩きながら資金を稼ぎ、艦隊を創設し、戦力を増強していった。


 宇宙船を建造するステーションを手に入れた後も、科学技術の研究を行い、上位の船舶の建造や、兵器類の製造を行った。


 やがては銀河系を征服しようと勢力を拡張し、各地の星系を占拠していった。

 多くの敵対勢力に喧嘩を売って回り、その全てを滅ぼしていった。


 そして、その後に続く出来事。



 それら過去の記憶が、見事に一致している。


 ただ、マノスにとって、それは自分が経験してきた、現実リアルの記憶。

 対する西野誠にとっては、モニター越しにプレーした、ゲームの記憶という違いがあった。


 とはいえ、見事に一致している記憶ゆえ、マノスにとって、西野誠は半身と呼んでいい存在になる。




 そんな半身と呼べる存在は、今のマノスの中で自己主張できないほど、弱々しくなっている。

 体の主導権は完全にマノスが握っているが、西野誠の存在が、完全に消え去ったわけでもない。


 そんな西野誠の記憶を、マノスは覗き見ることができる



 西野誠の記憶は、非常に価値のある記憶だ。


 彼は知っているのだ。

『Eternal Galaxy』というゲームと、そこに加えられた数々のMOD構成を。


 それはこの世界の内側にいる人間では絶対に知りようがない、この世界の仕組みそのもの。


『Eternal Galaxy』とMODの仕様を彼はよく覚えているので、知ることができる。


 この銀河系に存在する星系の数と、各勢力が領有できる星系の最大上限数。

 この銀河系には、どの程度の科学技術が存在していて、どの技術が終着点エンドコンテンツとして存在するのか。


 その全てを鵜呑みにするのは危険だが、世界の大まかな構造を、彼の記憶から知ることができる。



 この世界にとって、彼の記憶には価値がある。

 彼の存在自体には、露ほどの価値もないが。




 この世界の外にいる彼は、あるいは神と呼んでもいい存在かもしれない。


 だが、彼は星からろくに飛び立つこともできない、原始時代の人間にすぎない。

 それもアルバイトをしながら、実家に住み着いて、空いた時間でゲームをしているという有様。


 決して、神と呼べる、崇高な存在ではない。



 その程度の相手が、マノスという存在に勝てるわけがない。

 だが、有用な記憶は持っている。



「フフッ、人間の魂を食べた、とでも思っておきましょう。

 流石にこんな経験は、私も初めてだわ」


 思考の海から現実へ意識を戻し、ワインを口に含むマノス。


 小量のワインに酔ったわけでもないのに、不敵に笑い、ワイングラスから手を離す。


 グラスは、ルーンブレイカーに搭載されている、重力制御機関が発生させる人工重力に従って、ラウンジの床へ落ち、砕け散った。


 粉々に砕けたガラスが散らばり、グラスの中にあったワインが、床に赤く広がっていく。


 まるで、魂を食われた西野誠が流す、赤い血に見えなくもない。

 今の彼は、マノスに知識を提供するだけの肥しでしかない。


 床に広がったワインを靴で踏みにじり、マノスはラウンジデッキを後にした。



 デッキを後にする彼女は、口を歪めて、大層愉快そうに笑みを浮かべる。


 もっとも、その笑みを見たルーンブレイカーの一般クルーは、思わず短い悲鳴を上げて尻餅をつくほど、凄絶な笑みだった。

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