3 弱い者いじめ?

「3千メートル……3キロなんて、宇宙ではちっぽけなものね」


 艦隊司令官であるマノスの命令によって、駆逐艦ルーンブレイカーを編隊長艦とする、第7編隊の集結が完了した。


 ルーンブレイカーのブリッチには、外部映像が投影され、宇宙空間の映像がリアルタイムで表示されている。

 しかし、どこを眺めても、近くにいる味方駆逐艦の姿を視認できない。


 宇宙の闇の中には、数多の星々が存在しているのみで、そこに紛れている味方艦の区別が全くつかない。


 司令官用のイスに座るマノスが、手元にある機器を操作し、映像の一部を拡大表示。

 そうすることで、初めて味方艦の姿を、視覚に捉えることができた。



 第7編隊に所属している駆逐艦は、どれも全長3キロメートルに及ぶ。


 21世紀初頭の地球においては、1979年12月に竣工した、石油タンカーノック・ネヴィスの全長が458メートル。

 正式な船ではないが、浮体式液化天然ガス生産設備として、2017年7月に竣工した プレリュードの全長が488メートル。

 空母として2017年に就役した、ジェラルド・R・フォード級空母の全長が、337メートル。



 そんな地球の船舶とは、桁一つ違う大きさをしている。


 これは地球における建造技術とは比べ物にならない技術レベルで、宇宙船が建造されているから。

 と同時に、恒星間航行ワープを行おうとすれば、必然的に1キロメートル以下の船では、必要な設備を船内に搭載しきれないことに起因していた。



 ただ、この場に集う駆逐艦は全長3キロだが、これでも駆逐艦の中では、小型の部類に属する。

 いわんや、マノスが艦長を務めている超弩級戦艦に至っては、これらの小型艦とは桁違いのサイズをしていた。




「司令、第7編隊全艦集結完了しました」


 味方艦の姿を眺める、マノスの感慨を打ち切るように、編隊長であるレインが、報告する。


 マノスとしても、いつまでも感慨に耽っているつもりはない。



「よろしい、編隊全艦直ちに進発。宇宙海賊船へ進路を取れ」


「了解、第7編隊前艦。未確認船へ進路取ります」


 マノスの命令を、復唱するレイン。

 どうせ宇宙海賊だと分かっているのに、相変わらず未確認船であることを、律儀に強調していた。





 そうして編隊に所属する駆逐艦たちが、加速を開始する。


 それまで停滞していた、外部映像の星々が動き始める。

 近くにある星は早く動き、遠くの星はほぼ停滞したまま動くことがない。




 やがて第7編隊は、目標の未確認船へ接近した。


 未確認船は、編隊が急接近してくるのを知ると、3隻揃って反転し、逃げる姿勢をみせる。


 俺たちはやましい存在だと、自らの行動で示しているかのようだ。

 あるいは、彼らはただの善良な民間船で、第7編隊の方を海賊船と思い、慌てて逃げ出した可能性が、極微弱ながら存在する。



「あら、グズ共が今頃になって慌てているわね」


 しかし、第7編隊を舐めてもらっては困る。


 第7編隊は、マノス率いる艦隊において、最も速度に秀でた艦船のみで構成されている。

 足の速さにおいては、艦隊随一の速度だ。


 逃げる未確認船に追い付くのに、20分とかからなかった。



 20分だが、宇宙での感覚としては、ごく短時間に該当する。




 ただ、20分と言う時間が経過すれば、流石にマノスも気が付いた。


「……これって、どう考えても夢じゃないわね」


 マノスの中にある、西野誠の思考が、彼女に呟かせる。



「まあいいわ。これが夢でも現実でも、やることに変わりない。ただ私が楽しむために、この世界は存在していればいいのよ」


 短い思考をした後、マノスは結論を下した。

 彼女が楽しむということは、直近においては、未確認船と言う名の宇宙海賊を、一方的に殲滅することだ。




 既に第7編隊は、未確認船を武器の射程に捕らえている。


「短距離スキャンを実行……確認、未確認船が宇宙海賊と特定されました」


 ブリッチのオペレーターが短い作業の後、相手の正体を告げる。

 これで合法的に、海賊船を破壊しても問題なくなった。



「編隊全艦、第一種戦闘配置コンディションレッド発令。攻撃を開始せよ!」


「編隊全艦、戦闘開始。攻撃を開始せよ」


 艦隊司令官マノスの命令後、続けて第7編隊長であるレインが、編隊へ命令をだす。


 レインより上位者である、艦隊司令官マノスの命令と同時に攻撃してもよさそうだが、軍事組織において命令系統を徹底することは重要だ。


 艦隊司令官の命令を受けたのち、直下に属する編隊長が指示を出す。

 さらに、その下に属する各艦の艦長たちが命令を下すことで、実際の攻撃が行われる。



「艦首主砲、発射」


 そして、編隊への攻撃命令を出した後、レインも自分が艦長を務めている、駆逐艦ルーンブレイカーに命令を下す。


「艦首、連射式中性子レーザー砲、発射!」


 続けて、艦の兵器を担当するブリッチクルーが、命令の復唱。

 ただし、レインが口にした主砲を、より正確な名称で伝える。


 この復唱と同時に、ルーンブレイカーの艦首にある12門の主砲、10メートル連射式中性子レーザー砲が放たれる。


 これら一連の命令伝達経路を経た後、実際の攻撃が開始された。



「さーて、どれだけ海賊が慌てふためくか、見ものね」


 マノスはニヤリと笑い、ブリッチに拡大表示されている海賊船の姿を眺める。




 数秒後、編隊から放たれたレーザーが、立て続けに海賊船へ命中する。


 レーザーの速度は、光速にほぼ等しい速さで宇宙空間を進む。

 それでも彼我の距離が、1光秒以上広がっているため、着弾までに1秒以上のタイムラグが発生する。


 レーザー攻撃が命中したことで、海賊船の防御シールドが光り輝いて、レーザーの破滅的な力を相殺しようとした。


 しかし、一瞬キラリと輝いただけ。

 1秒にも満たない、儚い輝き。


 海賊船の防御シールドは、レーザー兵器の火力を受け止めきることができず、過負荷に陥って消失。

 防御シールドを、一瞬で食い破ったレーザーは、海賊船の装甲へと直進した。


 そして今度は、数秒間だけ、装甲がレーザーのエネルギーに抵抗した。


 だが、駆逐艦から放たれるレーザーは、十数秒間にわたって、連続照射可能。

 正確にはルーンブレイカーの主砲レーザーのみ、連続照射型レーザーでないため、事情が異なる。

 が、今回そんなことに、たいした意味はない。



 連続照射され続けるレーザーに、数秒だけ海賊船の装甲は抵抗した。


 レーザーの光に炙られ、装甲の表面が超高温に達する。

 瞬く間に溶解温度に達し、装甲は固体状態を維持できず、液状化する。


 氷が熱されれば、溶けて水になるのと同じだ。

 同じ現象が、宇宙船の装甲で行われているだけ。


 そして固体であるからこそ、強固な防御力を持つ装甲も、液体になってしまえば脆い。


 レーザーが海賊船の液状化した装甲を食い破り、そのまま船内へ。

 死と破壊の力を維持したまま、直進した。


 艦内設備が各所で破壊され、艦内で次々に誘爆が発生する。


 攻撃開始からわずか10秒ほどで、海賊船は3隻とも爆発四散した。



「……も、脆すぎるわね」


 一瞬で破壊される海賊船の姿を見て、流石のマノスも唖然とした。


 予定では、攻撃した海賊船がズタボロになり、通信で泣き叫んで許しを乞うてくる姿を期待していた。

 なのに、相手が降伏の通信をする時間がなかった。


 ひょっとすると、船内にいた海賊たちは、攻撃されたことに気づく間すら、与えられなかったかもしれない。



「レインくん?」


 これではあまりにも、一方的。

 ワンサイドゲームどころか、オーバーキル、死体蹴り。

 ゾウがアリを踏み潰すように、一瞬で全て片付いてしまった。


 相手が、「あっ」と、間抜けな声を出す暇すらない。




「司令、彼我の技術力の差です。こうなることを予想されてなかったのですか?」


 レインから向けられる視線が痛い。


 マノスとしては、弱い者いじめをして楽しむつもりだったのに、弱者が瞬間蒸発してしまった。

 弱者がこちらに恐怖し、怯える時間がなかった。



 でも、よくよく考えれば、第7編隊に所属している駆逐艦は、どれもこれもエンドコンテンツ仕様の武装を搭載している。


 編隊長艦であるルーンブレイカーを除く駆逐艦は、ルーンブレイカーの速度に合わせて高速移動できるよう、速度重視で武装火力は低くなっている。

 艦隊に所属する駆逐艦の中では、最低ラインの火力しかない。


 それでもエンドコンテンツ仕様の武装だったため、ただの海賊には、あまりにも荷が勝ちすぎていた。



 こうなる結果は、最初から見えていた。


 レインが呆れた目で見てくるが、いつまでも小さなことを気にするマノスではない。


「戦闘はお終いよ。敵船の残骸を回収しなさい。多少は資源になるでしょう」


『Eternal Galaxy』の鉄則として、沈めた敵船を回収して、資源を漁るのはお約束。

 それは、この夢とも現実ともつかなくなった状況でも変わりない。


「了解しました。ですが、技術的にかなり遅れている海賊船です。資源を回収したところで、碌なものはありませんよ」


 命令には従うものの、不服な様子丸出しのレインだ。

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