2 マノス様は性格が悪い

 マノス・ビスマートは、超弩級戦艦の艦長であるが、同時に艦隊司令官を兼任している。


 駆逐艦ルーンブレイカーは、彼女が率いる艦隊の麾下にあり、マノスの第二の乗艦でもある。


 この船が第二の乗艦である理由は単純で、ルーンブレイカーはエンドコンテンツの一つだから。


 ゲーム内イベントで一隻しか入手することができない宇宙船で、その戦闘能力は駆逐艦クラスでありながら、巡洋艦に匹敵する、次世代戦闘艦の試作艦だ。


 最新鋭の試作艦とあって、移動速度はゲーム内でもトップクラス。

 一部の戦闘能力を捨て去って、速度のみに極振りした偵察艦を除けば、ゲーム中最速の宇宙船と呼んでいい。


 俺がプレーしていたMOD環境下での『Eternal Galaxy』は、宇宙空間の移動にかなり時間がかかった。

 ゲーム内時間でもだが、リアルでも移動に数分とか、長いと十分以上かかることもある。

 そのため普段の移動には、鈍足の超弩級戦艦より、ルーンブレイカーの方が断然利便性がよかった。


 そんなわけで、ルーンブレイカーは俺の足として大変活躍している。





 さて、そんな俺はルーンブレイカーの艦橋で、戦略図を確認した結果、未確認船籍と言う名の宇宙海賊船3隻を、近くに確認した。


 

 と同時に、近くに味方を示す駆逐艦が、11隻表示されているのも確認。


 これはマノス率いる艦隊に所属している駆逐艦部隊だ。


 通称、第7編隊。

 マノス第二の乗艦である、ルーンブレイカーを編隊長艦とする、駆逐艦12隻から成る戦力だ。



「第7編隊は、直ちにルーンブレイカー周辺に集結。集結完了後、宇宙海賊狩りを行う」



 味方と敵の戦力を確認して、わたくしはすぐさま海賊狩りを命じた。


 あ、あれっ?

 今度は頭の中まで、女口調になってきた。


 これはもしかして、あれか?

 異世界転生すると、転生先の体に引っ張られてしまうというやつだろうか?


 子供の体に異世界転生すると、ちょっとしたことで泣きやすくなったりする、幼児化現象があるけど、これはその女体化版か?


 ただの夢なのに、こんな細かいところまで異世界転移(転生?)ぽくなってきてるなー。



 心の中で、よくできた夢だなと、私は感心してしまう。




 ただ、海賊を狩ろうとする私に、待ったをかける声がした。


「司令、お待ちください。あれは海賊でなく、未確認船籍です」


 ルーンブレイカーの艦長、レインだ。


「ねえ、レインくん。君はあれが本当に海賊じゃないって思う?」


 現状では、あれは海賊船である可能性が99%と言ったところ。

 ただしこれまでのゲーム経験から、残り1%の可能性なんて、ありえない。


 私は制止してくるレインくんを見ながら、優雅に脚を組み替える。

 優美な脚の動きにつられて、バカな男であれば、下心丸出しの視線で追ってくるところだが、レインくんはそんなことをしなかった。


「現時点では、あれは未確認船籍です」


「どうせ近付いて短距離スキャンすれば、すぐに海賊だって分かるわよ」



『Eternal Galaxy』での海賊船の見分け方は、相手の船に近づいて、短距離スキャンを行う事。

 そうすれば、相手の所属勢力を判別することができる。

 この際、船籍を偽装している海賊船でも、正体を炙り出すことができた。



「はい、その通りです」


 私の言葉をちゃんと理解しているようで、レインくんは頷く。

 海賊である可能性自体は、まったく否定していない。


「ならば、攻撃は問題ないでしょう。

 安心して。スキャンもせず、いきなり問答無用で攻撃しようって訳じゃないから」


「それならば問題ありません」


 そう言い、レインくんはちゃんと納得してくれた。



『Eternal Galaxy』の常識として、海賊船はスキャンして正体を見破ってから、攻撃するのが正しい。

 これをしないと、周辺星系に存在している国家から、民間船を攻撃した船として、プレーヤーが指名手配されてしまう危険があるからだ。


 指名手配まで行かなくても、周辺国との関係が悪化して、ステーションでの交易を始めとした商取引に悪影響が出てしまう。

 それまで安く購入できた物品の値段が吊り上がったり、逆にこちらが売ろうとするものを低価格でしか買い取ってくれなくなったりと、プレーヤーにとってのデメリットが発生する。



 そのことを私は当然理解しているが、もしかしてレインくんは……


 ここで私は、ちょっとした悪戯心が沸き起こった。


「もしかしてレインくんは、私が問答で未確認船を沈める、バカな女だと思ったのかしら?」


「そんな事はありません」


「でも君、私のことを止めようとしたじゃない。あれはどう見ても、私が何も考えずに、目の前の船を沈めろって命令すると思っていたでしょう」


「そ、それは、その……」


 スキャンせずに船を沈めれば、ろくなことにならない。

 そんな当たり前の常識を、知らないバカな女だと思って止めようとした。


 さっきのやり取りは、そうとしか考えられない。


 私が咎めるように視線を向けると、レインくんの額を冷や汗が流れ、瞳孔が開いていて、呼吸が浅くなる。


 見ていて面白い。

 動揺している姿を見ていると、クツクツと愉快な思いになる。



「ねえ、私はこれでも艦隊司令官を務めているのよ。

 その程度の常識もわきまえてない、ただのバカだと思っていたのね」


「……申し訳ありません」


「レインくん、私は謝罪を聞きたいんじゃないの。君が私のことをどう思っているのかを聞きたいのだけど?」


「ッ!」


 私は再び足を組み替えて、真っ青な顔になったレインくんの顔を眺める。


 いいわよね、言葉だけで男をいたぶるのって、楽しいわ。

 つい、愉快過ぎて口の端が曲がってしまう。


「……司令のおっゃる通りです。未確認船をスキャンせず、攻撃すると思っていました」


 青い顔をしながらも、レインくんは正直に自分が思っていたことを口にした。

 でもそれって、私のことを完全にバカにしているわよね。


 『Eternal Galaxy』の為に、20年もの歳月を捧げ続けた人間をバカにしている。



「フフフッ、今回は許してあげるけど、次にそんなことを考えたら、引っぱたいてやるわ」


「……」


「さっさと仕事に戻りなさい」


「……了解です」


 レインくんは、涙目になりかけていた。



 まあ、今回はここまでだ。


 レインくんは優秀な部下なので、上官わたくしに反抗的だなんて理由を付けて、更迭するつもりはない。

 ちょっといびるのが、面白かっただけ。


 そう、これは私なりの、ちょっとしたスキンシップと思ってくれればいい。




 さて、主食メインディッシュの前の前菜オードブルはこれくらい。

 私は、レインくんから、海賊船へと意識を変える。


「楽しね。海賊たちが一方的に蹂躙されて、無様に泣き叫んで許しを乞うてくる姿が、今から目に浮かぶわ」


 これからの楽しみに、思わず笑みが浮かんでしまう。




 ……あ、あれっ、私の性格が完全に西野誠から、マノス・ビスマートに乗っ取られている。

 てか、マノス様ってメチャクチャ性格わりー!




 完全悪役モード全開のマノスの中で、西野誠の絶叫が響いた。

 その絶叫はマノスにも聞こえていたけれど、彼女は鼻先で笑って、その絶叫を無視した。



 今、マノス・ビスマートの中には、マノスと西野誠という2つの人格が混在していた。

 だが、体の主導権はマノスの人格が握りつつあった。

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