終末まで歩き続けたら何が得られますか?

@Sinku_Sosui_X


地方における結構田舎の方、けれど海の見える別荘地に近いところに、一人暮らしの大学生が住んでいた。決して裕福とは言えないが貧乏とは無縁の家庭に育ち、彼は人並みに何不自由なく生活していた。そんな彼の唯一不自由なことと言えば、彼の圧倒的社会性の無さからくる孤立であっただろう。


大学に進学し、晴れて異郷の地で一人暮らしをすることになったのはいいものの、そこで知ったのは社会の求める最低限、その圧倒的ハードルの高さと、社会参画における自身の能力の壊滅的不甲斐なさだった。彼の高校三年間は勉強漬けだった。いや、単純にそれ以外のことを全く覚えることが出来ない...というより、しなかったのである。

後から考えてみれば高校という場所は、ひたすらに勉強さえ出来れば生きていけると彼に教えた所であった。別に彼はそれについて否定はしないし、そもそも高校とはそういう場所以外の何物でもないことは彼も重々承知しているが、それを信じ切って甘んじていたことは彼を頭でっかちへと転落させた。というか、元々ずっと人生が始まった瞬間から堕ち続けていたのかもしれない。


そんな風に孤立していくうちに、彼は段々自信を無くしていった。元々、ただ生きることには何の自信も必要ない、『何も無いただの人間』そう自覚していれば基本野たれ死ぬことは無いし、この豊かな国日本において、こう言っちゃ悪いが”それ”であれば自分にあった身の丈の場所である程度の生活は営めるだろう。彼自身もそう思っていた、今までは。


大学生になって、自分がまともに人と喋れないことに気が付いた。

大学生になって、人からものを頼まれてもろくにそれがこなせないことを知った。


勿論、彼が今までそれに気が付かなかった程、耄碌していたわけではないが、少なくとも高校までなら勉強さえしていれば何とかなると思っていた。それは考えようによっては間違っていないかもしれない。しかし、大学に入ってそれすらも厳しくなった。

元々、好き好んで彼は今専攻する学問に打ち込んでいたわけではない。両親の熱烈な希望があり、それに逆らえなかったというのが彼の本音だ。当然のことだが、そんな心持で大学という場所で学ぶのだから、彼は挫折を経験した。前期の成績表が実家に送り付けられたときの親の言葉は忘れない。

「大学、辞めるか?」

その瞬間、何故勉強しているのかと思った。自分の将来のキャリアを積むために勉強していることは、いくら阿呆と自分を蔑む彼でも分かることだったが、この瞬間どうしても自分は親の自己満足のために勉強しているとしか思えなくなった。いくら文系より理系の方が就職が有利とはいえ、それは卒業出来たらの話である。無論、失われた世代...ロスジェネと呼ばれた世代を知らないわけでもないし、企業面接の場において面接官との受け答えが、大抵の企業では英語能力やらその専門分野よりも重視されることは彼も知っている。ただ、このまま卒業出来ないことの方が、面接云々よりよほど将来において危険性を伴うことは事実な気がしてならなかった。


そんな彼でもサークルには入っていた。ただ、そこでも彼は一人ぽつんと浮いている存在だった。趣味が合わない...それが彼をそうさせた最も端的な理由だったが、決定的な要因には彼の対話スキルが基本的に足りなかったことがあるのは明白だった。


話に乗れない。

話を振られても、ろくな返答が返ってこない。

何か返答が返って来ても、彼自身どう返していいか分からず、中身のないことをつらつらと述べるだけ...


これを二、三か月繰り返すうちに誰も彼に話しかけなくなった。そうやって過ごしている内に、自分と他の連中はもう人間的なステージが違うのだと実感した。無論、自分が悪いことは知っているが、他にどうしろというのか...逆に教えてほしかったものだ。

気が付けば一か月、彼は誰とも全く会話していなかった。新型コロナの煽りをうけたオンライン授業の中で、学部でも友達を作るというのは難しかった。地元出身者では既に派閥が出来ており、そこに組み込まれるはずはなく、外部出身者を探しても同郷の人間は見つからず、それでも何度が会話しようと思ったがうざがられて終わった。


ついに、彼の中で何かがおかしくなった。

ある日、それも冬の寒い日に彼は急に外に出ようと思い立った。それまで三日間、一歩たりとも外には出ていなかったからだ。時刻は既に日が傾きかけた頃だった。


彼の住むアパートから少し歩くと、すぐに別荘地のような場所に辿り着く。そこには俗に洒落たとでも言うべきな建物が軒を連ねており、そのどの家にも芝生の庭があった。建物のベランダからは広大な青い海が見えることから、年収にしていくらだかは分からないが、庶民から見れば多少余裕がある人間が買っているのは明白だった。そんな綺麗な場所に、行政は景観保護か観光資源にでもしたいのか遊歩道を数年前に敷設したのである。

海の見える綺麗な遊歩道...言葉の響きだけでも良いものだが、実際行ってみると本当に美しい場所である。都会においては遊歩道など、暗渠化したどぶ川の上に街を縫うように敷設し、途中の公園に至ってはその年齢層の高さが浮き彫りになるような面々が出そろっているのだが、やはり新規に行政ぐるみで人を募集する場所はその活気がそことは全く異なっている気がした。

歩き始めると、彼の中で不安という不安が一気に吹き飛ぶような...全てが頭のどこかへ消えていくようなそんな雰囲気がした。ランニングする夫婦、三輪車にのる幼児とその両親、犬を散歩させる壮年女性...そこには会話と明るさが溢れていて、自分はただ一人だったのだが、鬱屈としたものは吹き飛んでいった。


この遊歩道に来たのは初めてではない。散歩ついでに来ることはしょっちゅうだし、スーパーに買い出しに行くにも使うことがある。そんな遊歩道が何処まで続いているのか...彼はそれが無性に気になった。

「いってみよう...」

彼は心にそう決めて、その遊歩道を歩いて行った。彼はこの時点では大して長いものだと思っていなかった、この遊歩道は恐らくトレッキングコースとしてこの別荘地にのみ敷設されているもので、別荘地は田舎であることもあり大して広くないことから、この遊歩道もすぐ終端が来るだろう...そう思ったのである。


案の定、歩いていくうちに人通りは段々と減っていった。それでも道はしっかりと整備され、木も植わっていて、ベンチのある東屋もところどころに点在していた。明確に何かが変わったのは、その遊歩道の真ん中にアルファベットのUの字を逆にしたような車止めがあったところからだった。そこの手前まで彼が来た時、三輪車の女の子を連れた父親が子供に対して「あ、ここでもう道終わりだねー、引きかえそっか」と言っているのが聞こえた。彼もここで遊歩道が終わるものだと思っていた。

しかし、その先にも続いていたのである。遊歩道は。


正確に言えば、地面に石のタイルだけ敷いて設置したよ感を出す道だった。しかし、それでも行政の手が入っているということは遊歩道は続いている。彼はそう考えて、その先へと進んでいった。


遊歩道のその先...そこは最早田舎の新興住宅地は完全に過ぎ去って、木々が鬱蒼とし、道幅も小さくなり、人二人がようやくすれ違えるレベルの広さのものになっていた。最初は彼はこれが私道であり、もしかしたらこのまま進んでいったら人の私有地に入ってしまうのでは?とも考えた。しかし、その石のタイルは公道にまで及んでおり、私的な権利でそれを敷設できるものではないはず...そう思いながら、彼は進んでいった。

道は鬱蒼として且つ薄暗い森の中へ進んでいた。既に太陽が傾きかけていたことから、森の中は人知の知れぬ物体か毒のある生物の住処のようで、それが少々彼を不安さえさせた。道は前と比べ極端に狭く、気が付いたら誰も人は居なくなっていた。


少し進んでいくと辺りは若干開けた場所に出た、そこには石造りで出来た何かの建物の塀のようなものが見える。

(なんの建物なんだ...?もしかして私有地にでも入ったのか?)

ふと彼はそう思って不安になる。警備会社にでも通報されたらたまったものではないからだ。しかし、そこにあったのは彼にとって予想外のものだった。

(墓...!?)

そこにあるのは見るからに豪勢な墓だった。まるで石造りの小さな神社のようになっていて、確かこの地域の伝統の墓の形状なのだと...そう聞いたことがある。墓はどこにでもあるものだが、こんな小さな小道の脇にこんなものがあると、何だか異世界にでも来たような不思議な気分になるものだ。


墓を見送って奥へと歩いていく。また鬱蒼とした木々が辺りを包んで、「また森か...」と彼は思った。その時はまだ、このよく分からない遊歩道もすぐ終わるものだと思っていたのである。


森はすぐ抜けられた。歩いて一分もない程度に短いものだったし、頭上には少し日が傾いて藍色となった空がまだ見えていたから、彼も別に不安だとかそんなことは考えなかった。そんな森を抜けると、次に見えたのはやや開けた土地と工事現場だった。しかし、何の工事かはわからない、多分何かをここに建てるのだろう...それが何かは彼にもわからない。この現場には作業員が祝日だというのに一人だけ居た、他に誰もいないのにこの人間は何をしてるのかと思ったが、彼には別にそれについて深く考える気は無かった。

そのまま歩き続けていくと、最初は特に何も無い平地と思っていたところに、路面の整備は進んでいるが農道のような道と、その道沿いに五重、六重、いや八重の塔が建っていることに気が付いた。しかも、その五重塔みたいな何かは木造ではなく、鉄筋コンクリート造になっていたのである。

(なんの宗教施設だよ...)

彼は心の中でそう呟いた。かの某事件を起こした宗教が、山中に宗教施設兼化学兵器製造施設を建設していたことは年若い彼でも知っているが、この建物も宗教施設のものかと彼は思ったのである(そうじゃなければ逆に何だとは思う)。この建物を見た時、彼はふと「自分はとんでもない場所に来たのでは?」と思い始めた。しかし、彼は歩みを止めようとは...進むのを止めようとは思わなかった。そして、更なる奥地へと入っていくことになる。


石のタイルで彩られた道は続いていく。宗教施設を遠目に農道のような道を跨ぐと、今度は山の中へとその進路は続いていくようだった。

(本当に...ここに行くのか?)

一瞬、彼は迷った。しかし、心の中でこの道を進み続けなければならないという妄想に彼は駆られていた。はやる気持ち、妙な興奮さえ感じた彼は、そのまま山中へ続く石の階段をゆっくりと上っていった。


結局辿り着いたのはまたもや森の中、しかも今度は頭上までもが枝と葉に覆われ、足元さえ怪しくなっていた。けれども、彼に進むのをやめる気はまだあったが、止めることも戻ることは一切しなかった。通路は人二人がぎりぎりすれ違えるほどの広さ、それでも石のタイルは続いていたし、両側にはご丁寧に柵も付いていた。これが彼が戻らなかった理由でもあった、未だ公共の機関によって管理された自然であることが証明されていたからだ。


日は傾き、そろそろ本格的に足元が見えなくなってきた頃、森の中に木の看板が立てられているのを彼は発見した。

「○○・○○古戦場跡地」

そう書かれた看板が小道の脇にひっそりと立っていた。その下には文字によるこの古戦場の説明があり、どうやら戦国時代にこの森...というか山には陣地が建設されており、ここで名も知らぬ誰かと誰かが激闘の末、誰がどう討ち死にして~どうのこうのと記述されていた。彼はそれに興味が無いことは無かったが、正直暗くて何も見えなかったのでその場を後にした。途中から暗いのもあって何だか気味が悪くなり、急ぎ足でこの森を歩き出ていった。


森を出ると下り階段があり、先程上った分また下りていく感じになっていた。そしてまた山の間の開けた土地に出る。そこには畑があり、まるで農村の原風景のような景色が拡がっていた、その畑の端の方に石のタイルは続いていく。彼はこの時点で、この遊歩道が相当長く続いており、とても終わるものでは無いことを半分見抜いていた。しかし、どこに辿り着いたら帰ろうか...そんなことは何故か考えていなかった。その時にはもう何処までも続くこの小道に彼は魅せられていたのである。

小道の脇に小さな小川があった、水がまさしく川のせせらぎの音を立てて流れる。とても気分が良かった。日常の不安なんて消えていくようだった。もう帰りたくないとも思った。その頃には破滅願望のように、このまま消えたいと心の何処かで思い始めていた。


小道は小川に小さな橋を通して、彼はそこを渡っていく。森の中に切通のように石のタイルが続いて、それを潜り抜けると目の前に石の階段があった。彼はそこを上っていく、上っている最中彼には心地の良い歌が聴こえた。何処かから音楽が流れていて、女性の美しい声が声高らかに歌っている。もう死ぬのかな...そう思って階段を上り終えると、目の前に農村が不意に現れた。

そこは農村というよりは集落なのかもしれない。道沿いの山の斜面...そこに建物がいくつも集積しているのだ。しかし集落といっても別荘地と同じような新しい家も中にはあったし、三階建ての地域の集会所のような建物には不釣り合いなクリスマスツリーのイルミネーションがあった。無論、先程の女性の歌声もその集会所から響いているものだった。はっきり言って興ざめした、結局、現実に引き戻されるのか...彼はそう思ったのである。しかし、石のタイルはまだ続いており、その山の斜面に建つ農村を縦断するように階段が貫いていた。

(まだ行ける...!もっと奥まで行こうよ...)

彼は心の中でそう叫んだ。東洋の神秘を信ずる西欧人のように、この先に人知を超えた何かがあるんだと彼は錯覚した。そして、彼はその階段を一歩ずつ上っていく。ふと目線を上げると、その階段の奥にたくさんの提灯のような光が見え、その奥に何か古めかしい木造の建物がある。彼にはそれが神社のように見えた。


何度も何度も、何段も何段も階段を上ってきた彼にとって、それはまるで全ての終末...この小道の終焉のように思えた。しかし、一段一段上っていくに連れて、その神社っぽい何かは階段の進路とはずれていくことに気が付いた。つまり、終焉はまだままだ遠いということだ。階段の途中、民家へと繋がる枝道があり、そこの家の前で小さな子供がボール遊びをしていた。その子供が彼を不思議そうな目で見る、既に彼は分かっていた。ここはもう散歩で来るようなところでもないことに、そして自分はその小道を終焉を見ずに帰ることは出来ないことを。


神社みたいな何か...そう思ったものは、残念ながら玄関前が煌びやかなただの民家だった。その横に未だ平然と、そして当然のように石のタイルは続く。無論、彼の歩みは止まらない。もうすっかり日は暮れて、空は藍色どころではなく殆ど真っ暗に近くなっていた。そして、石のタイルの続く先...それは闇に染まった山の中だった。


気が遠くなるような坂、真っ暗でもう地面は見えない。しかし、彼は暗闇に溶けていきたくて、明かりは一切点けなかった。スマホは彼も当然持っていた、しかしそれで地図を見ようとは全く思えなかった。もうそんなこと、その時の彼にはどうでもよくなっていたのである。

そんな坂を一歩一歩歩んでいく、そして彼はその頂上と呼べる場所に辿り着いた。そこにはトレッキングロードさながらの看板が立っており、石のタイルはその看板を囲うようにして終わっていた。

(終わった...)

彼は静かにそう心の中で呟いたが、道は未だ続いている。どういうことだ...?彼はそう思い、その看板を見た。空はほんの微かな青を残しており、ぎりぎり看板の中身は判別できた。


看板に描かれていたのは地図、そして道は未だ終わってはいなかった。現在地と書かれた矢印、そこの先にもどうやら道は続いている。この看板は静かに「まだだよ...」、そう彼に告げた。

「行こうか...」

彼はそう小さく呟いて、再び一歩を踏み出した。しかし、その先では道が二手に分かれていた、一体どちらへ行けば良いのだろうか。


彼は再びその看板を見る。現在地、そう書かれた矢印が北を指し、赤色で示された道は左へ折れ曲がっていた。彼は看板の言うとおりにした、それしか答えも未来も彼には無かったのだ。


慣れ親しんだタイルに別れを告げると、二手に分かれた小道を左へ彼は進んでいく。恐怖も迷いも無かった、タイルの無い小道はただの土だけになっていた。それでも彼は信じた、太陽は沈み足元は見えない。それに頭上も枝や葉で覆われ、横は崖になっていた。もし足を滑らせたら軽傷では済まない、場合によっては死んだっておかしくない。しかし、彼にはその命さえもうどうでもよくなっていた。だから、進み続けた。途中何度も転んだ。感覚の目で見る、地面が抉れていた。

(もうこんなの遊歩道でもなんでもないね...)

そう彼は心の中で呟いた、それでも迷いは無い。恐怖もない、不思議と気が楽だった。普段の生活の中で感じる不安の方が、何倍も酷いものに思えた。


そんな気分になった時、不意に目の前に開けた道が現れる。そして急に道路が舗装され始め、急斜面のすべり止めとして道路にギザギザを備えた農道、それが彼の歩く道となった。しかも山の中間地点あたりのせいか、遠くの方までとてもよく見える。マンションや家の明かり、コンビニの看板...遠くに小さくそれが現れる。その時、彼の中で失いかけた文明への感情が蘇った。

(戻ろう...)

彼は心の中でそう呟いた。そして、その道を歩んでいった彼に、脇から二人の男が現れて話しかけた。


「おい、おい!」

その声に彼の意識が少し戻ってきた。そして、ゆっくりその方向を見ると、「はい」と応える。

二人の男が居るところには灰色の軽自動車が止まっていて、その奥に新しめのコンテナみたいなガレージがあった。男は片方が薄汚れた作業服のような服を着た五十代ぐらいの男、もう片方が淡い黒のセーターに白いコットンのズボンを履いた、白髪の綺麗な同じく五十代くらいの印象としては小綺麗な男だった。

「君、山の上から来たのか?この時間に...」

彼はその質問に「ええ、まあ」と曖昧な返答をする。すると作業服を着た男が「どうして日が暮れてから、山に入ったの。怖くないのかい?」と彼に訊ねてきた。

「別に散歩してたらそのまま来ちゃっただけで...」

彼はその作業服の男にそう言った。すると、その作業服の男は白髪交じりの天然パーマの埃まみれの長髪を弄りながら、笑って

「自殺しに来たのか?」

と言う。

「自殺なんて...そんなこと考えてませんよ、散歩してただけですし」

とても散歩で来る道ではないが、彼だって嘘はついていない。

「分かるよ~、おじさんだって常に自殺したいと思ってるもん」

作業着の男がニヤニヤしながらそう言うと、奥の紳士っぽい男がハハハと笑う。

「何ですか、常に自殺したいって」

彼も微笑みながらそう呟く、すると作業服の男は笑って更に突飛なことを言う。

「じゃあもしかして、人埋めに来たの?」

来るわけあるか、そう思ったが「違いますよ、だって人埋めに来るならこんな軽装ではこないですし」と笑いながら彼も返す。そうすると作業服の男が

「じゃあ下見だな。どこに埋めるか考えてたんだ、それで俺らに見つかっちゃったんだ?」

と優しい笑顔で言う。

「埋めるにしても、こんなトレッキングロードの近くには埋めませんよ」

彼はそう言うと、不意にあることが気になってこの二人の男に質問をしてみた。


「お二人は何故、こんな所に居るんですか?」

彼がそう聞くと、作業服の男は笑いながら「だって、俺達犯罪者だから」と答える。彼はその言葉に安心感を覚えた。何故なら、本物の犯罪者は自らを犯罪者とは決して言わないからだ。

「すごいですね。でもここで何の犯罪が出来るんです?」

彼が笑ってそう訊ねると、作業員の男は得意げな顔で「俺はこのあんちゃん(紳士風の男)と、山から下りたらどんな変なことしてやろうかって企んでたんだよ」と言う。その言葉に紳士風の男が煙草を吸いながら、斜面に真四角に切り取られた空間を指さして「本当はそこで畑やってんだよ」と、半分笑いながらつっ込んだ。

(変なことするのが犯罪者か。可愛いなそりゃあ)

彼は心の中でそう呟いた。そして、この男は怪しい人間じゃないということを感じたのである。


「ところで、君何処から来たの?」

唐突に紳士風の男にそう言われ、彼は「☓☓です」と町名を告げる。しかし、二人は「もっと詳しく教えて?」と言う。どうやら、彼は二人に迷い人だと思われてるようだった。というか、実際に彼は迷い人なのだが。


彼が詳しく説明しようとすると、紳士風の男が「○○じゃない?」と彼に聞いてきた。しかし、彼は大学進学とともに越してきた人間、地元ではないので土地勘がまったくない。「え、どこですか。そこ?」と訊くと、二人は顔を見合わせて「あー」と口々に言った。

「取りあえず自分の住んでるとこ言ってよ。帰り道教えるからさ」

紳士風の男にそう言われ、彼は「♦♦です」と正直に答える。それを聞いて、紳士風の男が「じゃあ帰り道は簡単だ」と言う。


「いいかい。♦♦ならまずこの坂を真っすぐ下りる。そしてこのすぐのところに十字路があるから、そこを真っすぐ進む。ずっと下りてくと鉄工所があるから、そこで左に曲がる。そしたら県道があるから、そこで左に曲がってずっと真っすぐ行けば♦♦に着くよ」

紳士風の男が丁寧にそう説明してくれた。それに対して、彼はすぐに「大体わかりました...真っすぐ行って、突き当たったら左に進めばいいんですね?」と訊き、彼は「そうだ」というように首を縦に振った。


「ありがとうございます!」そう言って彼が立ち去ろうとすると、紳士風の男が彼に訊ねる。

「君、大学生だよね?」

彼が「そうです」と告げると、作業服の男が「□大かー、頭良いんだ?」と彼に聞いた。

「別に良くは無いですよ」

彼がそう言うと、作業服の男が「まあ□大は県でも四流だからな」と笑って告げる。突っかかったわけではないが、彼は「じゃあどこが一流なんです?」と聞き返す。ちなみに□大は県内では一番頭の良い大学だ。

「一流は俺だよ」

作業服の男が冗談っぽくそう言うと、紳士風の男が大笑いした。


「君は何学部なの?」

小綺麗な男にそう尋ねられ、彼は「工学部です」と答える。すると、作業服の男が「機械?」と矢継ぎ早に尋ねた。それに対しても彼は「はい」と答える。何でわかったのかと彼は思ったが、単純に思い出しやすかったのだろう。


ここで、作業服の男が「機械ってことは、俺のこと空飛べるようにしてくれんだ」と笑いながら言った。彼が「さあ...どうだか」と言うと、紳士風の男が「出来るだろう。ドローンとかあるだろ?」と言う。

「僕が出来るかはわからないですけど、やろうと思えば出来る...かな?」

と彼は曖昧な答えを返す。すると、作業服の男が

「うーん、ドローンとかじゃ無くてさ。俺だけの力で空飛びたいんだよ」

更に無理難題じゃないか。それじゃあもう人体改造だ。

「まあ、いつかは出来るかも」

そう言って彼が言葉を濁すと、作業員の男は「今からでも出来るでしょ」と冗談っぽく笑う。

「だって、僕まだ大学の一年ですよ」

彼がそう言うと、作業員の男は優しげな表情で彼に告げた。


「一年だとか、小学生だとか...そんなこと関係ないっしょ。要はどれだけ機械が好きか、どれだけ機械が弄りたいか、そこに尽きると思うんだよね。そしたら、何だって作れると思うんだよ。だから俺は空飛べると思ってる。君も機械好きなんだろう?」

作業服の男にそう言われて、彼は「別にそういうわけじゃないんですけど...」と弱気な答えを返す。

「でも学びたいと思って、君はそこに入ったわけじゃん。例えば将来的に君は何をやりたいの?」

作業服の男が彼に訊ねる。彼は「え、えっと...ロボットとか作りたいなとは思ってますけど」と及び腰で答えた。

「じゃあやっぱり機械好きなんじゃん。要は気持ちだよ、気持ち。そしたら何だって出来るからよ」

作業服の男がそう言って笑うと、紳士風の男が「そろそろ完全に日が暮れる、早く帰ったほうがいいよ」と彼に告げる。


彼は「はい!」と答えると、「色々ありがとうございました。気を付けて帰ります!」と二人の方向を向いて、それぞれにお礼を言った。


「気を付けてなー、さよならー!」

立ち去る彼に作業服の男と紳士風の男が手を振りながらそう叫ぶ。彼も「さようならー!」と言いながら手を振ると、急坂をゆっくりと下っていったのだった。












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