13 一つの決着
第1話 王都の騒動
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マクブライン王国の中心。王都。
その一画を舞台に、とある戦いが……争乱が巻き起こっていた。
多くの民衆は気付かない、隠されたモノ。さりとて、知らず知らずの間にその戦いに巻き込まれている、あるいは片棒を担ぐ羽目になっている者たちも多いというから
その争乱の発端自体は〝女神の託宣〟に類するモノとも言えるが、実態としては、教会の教えを独自に解釈した狂信者の暗躍だ。いや、張本人たる狂信者に暗躍しているという認識はなく、ただ単に、女神の素晴らしい教えを説いているだけなのかも知れないが。
その者の名はフランツ。
元々は女神教会に帰依していた助祭であり、今となっては王国と教会の双方から異端認定された、カルト教団の教祖のような立ち位置に収まっている。
王国と教会が即座に動いたのは、彼の説く教えが危険なモノであるということもあるが、何よりも、彼自身が既にヒトではないというのが一番の理由だ。
そう。ヒト族のフランツは既に故人。かつて、外民の町で貧しい子供たちに教育を施し、真っ当な仕事に就けるようにと奔走していた助祭であると同時に、都貴族の紐付きの犯罪組織お抱えの暗殺者でもあった男。
当時から女神の教えを独自に解釈し、自身の解釈による裁定にて女神に背く者に〝死〟という安寧をばら撒いていた敬虔なる狂信者。
そして、今では
ただ、フランツは死霊として、生者への妄執で暴れまわるのではなく、生前の人格と記憶を取り戻し、以前と同じように振る舞うことを選んだ模様。
フランツは助祭だった頃と同じく、外民の町の住民を助け、女神の信徒として教えを説いて回る日々。
まさか、死霊になってまで女神の教えを説くモノが現れるとは……教会からすれば悪夢であり、強烈な皮肉のようなものだ。
当然に教会はフランツを討伐するために聖堂騎士団を動かし、王国側も裏に表にと戦力を放出する。更に都貴族に密勅を出すなどして解決を急がせる。
ただ、そんな教会や王国の動きを嘲笑うように、フランツは包囲網をすり抜けて行く。
明らかに協力者がいる。
彼の教えに感銘を受けた者、生前の彼に恩義を感じている者、今の教会や王国への反発から彼を利用しようとする者……などなど。
様々な思惑から、死霊フランツは追手から逃げ果せている。
〝女神の託宣〟を盲目的に信仰する、託宣の残党の一部とも合流を果たしており、今となっては、かなりの規模でフランツが影響力を持つ状況となっている。
王家と独立派の交渉が進む中、王都では死霊との暗闘が佳境を迎えていた。
「それで? サイラスを行かせたの? まだ弱っちいあの子を? あのさぁ。生前の人格が戻ってるっていうのは、あくまでも仮定の話じゃなかったっけ? 死霊は死霊でしかないんでしょ? 〝死霊となった恩師と話がしたい〟なんていうお花畑な言い分を、コリンは認めたの?」
義足の女が言葉を発している。その口調は軽い。……が、その気配には危険な匂いが漂う……微妙にゆっくり身体が揺れている。それは彼女の臨戦態勢。
「シャノン。落ち着いて下さい。サイラスは生前のフランツが関わっていた人物たちに詳しい上に、彼自身が断固として譲らなかったんです。直接、フランツと相対することを……」
「だから行かせた? はは。本人の意志を尊重するのは確かに美談だよ。でも、あの子はまだまだ弱い……保護者としては止めるべきだよね?」
シャノンの瞳から光が失せる。本気。
魔境たる辺境ファルコナーに出自を持ち、隻脚ながら戦士を凌ぐほどの強さを持つ。ただし、彼女はそれでも厳密には戦士ではない。鍛えてはいるが、街での生活が長い。
戦士に非ずという立場はコリンも同じだが、馬丁見習いながらファルコナー家に近かった彼は、どちらかと言えばその性根は戦士寄り。
「シャノン。心配する気持ちは分かりますが、今のサイラスはこの王都においてそこそこに力を持っています。それに、無茶をしないだけの賢明さも持ち合わせている。今回の件だって、自分が無理を言っているも理解した上でのことでしたし、そもそも俺は、サイラスが力無き者だとは思っていません」
「かつての恩師を前にして、サイラスが冷静さや賢明さを保てるとは思えない……! あの子は弱いし、根が優しすぎる。まだまだ力有る者の導きと庇護が必要な子だよ……ッ!」
意思を尊重するだけの力があるとするコリン。
まだまだ保護者の助けが要るとするシャノン。
それぞれが持つサイラスへの認識がすれ違っている。
「……シャノンがサイラスのことを気に入っているのは知っています。傷付いて欲しくない、死んで欲しくないと思うのも当然のことでしょう。……だけど、いつまでも半人前として扱うのは、彼に対しての侮辱に他ならない。十分に考え、悩み、苦しんだ末に出した答えは尊重するべきだ……ッ!」
主よりも常識人なのは間違いないが、残念ながら、コリンもまた魔境の住民。シャノンの虚ろな戦気に応じて、いつの間にか臨戦態勢。
流儀に反しない範疇で譲れない一線がある……そんな場合は暴力で決着というのがファルコナーだ。
二人にとっては当たり前のこと。ただ、この場、この時においては迷惑極まりない。
「お、お二人とも! ど、どうか気を鎮めて下さい! 既にサイラスさんは行動を開始していますし、聖堂騎士の方々も護衛として付いていますから……!」
間に入っていくのはシルメス。ただ、ファルコナーの虚ろな戦気は、むしろマナが極端に鎮められた状態でもある。気を鎮めろとはこれいかに?
また、彼女の言い分はシャノンを余計に刺激するだけのこと。
「……聖堂騎士? あの胡散臭い教会の狗たちをサイラスに付けた? ますます気に入らないね……ッ!」
「シャノン。聖堂騎士の方々もまた戦士です。我々の知る戦士と違うからと言って、軽々に侮蔑するなど……ふぅ。どうやら〝平和な生活〟で、シャノンはすっかり心得を忘れてしまったようですね……ッ!」
「! ……はは……ッ! 言ってくれるじゃないかコリンッ!」
いつもは抑え役に回るコリンが
もっとも、様子を見ている《王家の影》たるラウノも、密勅を受けたゴールトン家に仕えるコンラッドも、聖堂騎士の現場指揮官たるダニエルも……誰も二人を止めようとはしない。
心得があるからこそ、今の二人の間に割って入るのが、いかに危険かを察知している。
「本当に止めてッ!! い、今はここで争っている場合ではありません! そんなにもサイラスさんのことを思うなら! 死霊フランツが暴挙に出た際に彼を守ってあげて下さいッ!!」
白きマナを纏う聖女シルメスだけが二人を止める。苦言を弄する。もちろん、彼女とて元を辿れば魔道士の血族……〈貴族に連なる者〉であり、二人の異様なマナ、危険な匂いが分からないわけもない。
「このような茶番をしている場合ですかッ!? コリン殿! サイラスさんの決死の思いに応えたのは、彼を見殺しにするためですかッ!? シャノン殿も! 彼の身を案じるのであれば、今すぐ彼の安全を確認すべきではないのですかッ!?」
ただ、彼女は常識人であり、ここでコリンとシャノンが争っても何の足しにもならないと判断するだけの現実的な感覚と、聖女に相応しき優しさに気高さ……何よりも胆力と覚悟を持ち合わせていた。
安全な場所から口を挟むだけではなく、シルメスは虚ろで危険な二人の間合いに踏み込む。口先ではなく、己の身を危険地帯へと
白き聖浄なるマナを宿したその瞳が、真っ直ぐにシャノンの虚ろな瞳を射抜く。……流石に今のシャノンに背を向けるような愚は犯さない。背を預けるとすればコリンの方だという冷静さもシルメスにはあった。
「シャノン殿……ッ! どうか……ッ!」
「…………」
〈戦う者〉としての技は拙いが……聖女には白きマナがある。神子ほどではないにしろ、その白きマナは強力で凶悪な特性を備えている。
女神の使徒という素質だけで、シルメスはシャノンが迂闊に踏み込めない程度に戦える。真っ当に戦う術を磨いてきた者にとっては、ある意味では反則的な存在。
「…………ふん。興が削がれちゃったよ。それに、確かにシルメス殿の言う通りだ。今はこんなところでコリンをぶちのめしている場合じゃない。良かったねぇコリン。おかげで命拾いしたよ?」
「はは。どうしたんですか、シャノン? 起きたまま寝言を言うなんて……寝不足ですか? 〝平和な生活〟なんだし、いつもぐっすり眠れているでしょう?」
「あはは! ……コリン、本当にぶちのめしてやろうか?」
「や、止めて下さいッ!! コリン殿も煽らないでッ!」
棘のある言葉を交わし合う二人。虚ろな戦気は漂ったままではあったが、もう二人からやり合う気は失せてる。ただ、お互いにイラっとしたのは間違いないため、今は軽くじゃれているだけ。
もっとも、シルメスをはじめ、周りの者からすれば、どこまで本気なのかが判別しにくい。気を抜けない。その辺りもファルコナーの悪癖のようなモノ。
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「で? 結局、サイラスはどこへ向かったの? 死霊フランツの潜伏先に目星が付いてるの?」
「今のところ、サイラスもフランツを確実に捕捉してるわけではないようです。ただ、フランツを匿っている者に心当たりがあると……」
シルメスの介入により、仕切り直しとなった現場。
少し前に、一触即発の空気を醸し出していた割には、コリンとシャノンはあっさりといつもの関係性に戻る。この切り替えの早さは、魔境の論理の良い面の一つなのかも知れない。もっとも、逆を考えれば、たとえ普段通りであっても、いきなり平然と暴力を振るい合う可能性があるという見方もできるため……状況によっては悪癖にカウントされてしまうが。
「……サイラスが決定的な所をぼかして隠していたとしても、あの子の心当たりとやらについては調べているんだよね?」
「ええ。サイラスの意思を尊重するとは言っても、放置したわけでも、全面的に信任したわけでもありません。その辺りは、聖堂騎士の方々や地区の顔役であるバルガスさんの協力の下で、サイラスの心当たりに目星は付けました。オードリー商会という、民衆区にある比較的新しい商会だそうです。そこの商会長は、生前のフランツ助祭の活動に好意的で、教育を受けたスラムの子たちを商会の下働きなどで多く受け入れていたようです。オードリー商会では、今やそれなりの要職にもスラム出身者がいるそうです」
コリンに抜かりはない。サイラスの決断を尊重はするが、保護者としてやるべきことを放棄するはずもない。彼の動きを察して、諸々の裏付けのために動いていた。
「……つまり、オードリー商会の持つ屋敷なり倉庫なりに死霊フランツが匿われていると?」
まさに影のように気配の薄い、《王家の影》のラウノが問う。彼からすれば、サイラスの決意やその安否、事の経緯などに興味はない。結果として、死霊フランツに辿り着くのかが関心事。
「恐らく。ただ、聖堂騎士の方々に入念に調べてもらっていますが……今のところ決定的な証拠は出ていません」
「いや、コリン殿よ。恥を晒すようで口惜しいが、今となっては聖堂騎士の調査もアテにはならん。我々の調査はあくまでも不浄のマナの感知に重点を置いているのだが……一連の動きなどから察するに、死霊フランツは自身の発する不浄のマナをも隠蔽しておるだろう」
「……つまり、泥臭い人海戦術で確認して行くしかない。ならば、オードリー商会という目星が付いただけまだマシというのものでしょう」
「ふん。ダメならごめんなさいで良いでしょ? とにかく、そのオードリー商会を調べれば良い。サイラスが先走らない内に、相手の居所を確認しておきたいし……いざとなれば仕掛ける」
それぞれに思惑はあるものの、託宣の残党や死霊フランツをこのまま野放しにできないというのは皆の共通認識。
王都にて、シャノンやコリンたち『ギルド』や《王家の影》、聖堂騎士団による対死霊フランツの協同作戦は佳境を迎えている。
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