第2話 哀・勇者

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 マクブライン王国の東方辺境地たる大峡谷……から更に東へ抜けた先。


 大峡谷と地続きではあるものの王国の管轄下ではない地。


 まだマクブライン王国が成立する以前の話。ヒト族に迫害され、住処を追われた一部の魔族たちが逃げ込んだ安息の地だと伝えられている。


 通称魔族領。


 大峡谷ほどに豊富な資源があるわけではないが、魔物の脅威度は下がるという領域。


 ただ、そもそも魔族たちはヒト族からの積極的な迫害を受けたのではなく、単に大峡谷での生存競争に敗れて流れて行ったという話もある。


 何故なら、魔族への迫害が加速度的に増したのは、女神エリノーラ教会の教えが浸透している、マクブライン王国成立後なのだから。


 既に魔族たちの中にも時の流れに埋もれた真実を知る者はいない。


 その辺りの詳しい事情を気にする者もいない。少なくとも今は。


 何故なら、魔族領は今まさに滅びの真っただ中なのだから。


 死と闇をつかさどる、この世界の神の一柱たる冥府のザカライア。その眷属たちが〝女神の託宣〟のままにはしゃいだ結果、魔族領の生活可能な領域はほとんどが瘴気に海に沈んだ。


 それは、とある〝物語〟のクライマックスへの助走。


 魔王と勇者の最終決戦。そのための舞台調整に過ぎない……はずだった。


 だが、『この世界には〝物語〟の筋書きがある』……という、神々たちですら信じていたその前提こそが、ただの共同幻想に過ぎなかった。皆が皆、自分の思い込みや都合の良い面しか見ていなかった。


 結果として……魔族領に白きマナが荒れ狂う。瘴気が散らされる。


 神の顕現。そのための術式の核と化した、黒幕気取りの魔王は削られるがまま。


 魔王側の精鋭集団が、哀しみ(勘違い)を抱いた一人の狂戦士勇者にズタボロに斬り裂かれていく。


 女神エリノーラや冥府のザカライアの失態を含め、それら全てを俯瞰して見ることができるとすれば……開演されているのは、まさに狂気の喜劇だ。


「そ、総帥ッ! もう少しです! あと少しで……ッ!」

「……も、もう良い……こ、こうなれば、ここで女神の神子を……迎え撃つ。どちらにせよ……もう、私の〝肉体〟が持たん……決定的に機を逸してしまった……せ、せめて……女神の神子だけでも相殺してみせる……ッ!」


 元々は外法の存在となってしまったが故に関わった者たち。


 それぞれに思惑を持って寄り集まった外法の求道者集団。真理の探究者たち。


 だが、それでも長年に渡って苦楽を共にしてきた絆がある。それは力で従えるだけの主従関係ではなく、個別の思惑があれども、一つの大きな目的のために邁進してきた同輩としての情。


 そう。ザガーロ一味の中でも、今、ここに至っても総帥である彼に付き従い、彼の大望を諦めない者たちは、間違いなくザガーロの真の忠臣でありかけがえのない仲間。身内。


 散々に他者の運命を踏みにじって来た彼等ではあるが、仲間への情は確かなもの。そこには、自分の命を懸けるだけの真摯さと純粋さがある。


 ザガーロもだ。彼は総帥などと言われ、皆の上で踏ん反り返っているだけの者ではない。


 大望を叶えるために、自身を術式に活かす・・・ために、仲間たちが身を挺して白き暴威に立ち向かい……力及ばず虚無へ還っていく。


 その様を目の当たりにして、奥底から湧き上がって来る思いがないはずもない。


「……お、お前たちは行け……予定通りに術式を最後まで保つのだ……ッ! わ、私は器が壊れた後は術式に呑まれるだろうが……顕現したザカライアの力を利用して、現世に影響を遺してみせる……ッ!」

「そ、総帥……ッ!」

「ザガーロ様ッ!」


 仲間たちの思いを無駄にするわけにはいかない。だが、現実は容赦なく追い縋って来る。ならば、己を奮い立たせ、立ち向かうまでのこと。彼は今までもそうしてきた。遥かな過去、まだヒトであった頃から。王ではなく、無名の辺境領地の若き領主だった頃から。


 ザガーロはいつも戦ってきた。それは必ずしも自分のためだけではなく、夢のため、大望のため、家族のため、仲間のため、理不尽な運命への……この世界への反抗として……高みの見物を決め込む神々の顔に蹴りを入れるためにだ。


「……み、皆に……ここまで付き合わせたのだ……最期はこの私自身も……命を……存在の全てを懸けて、運命に抗うのが筋というモノ……だろう……?」


 力の失せた笑顔。その笑顔に昏いモノはない。諦めてはいない。最後の最期まで抗うという言葉に偽りはない。しかし、その一方で、ザガーロは滅びへの運命を受け入れつつもある。どうしようもない現状を冷静に捉えている。

 

「ザガーロ様!! まだ間に合います! 本陣に戻りましょう! そこで新たな〝器〟へと移れば……ッ!!」

「止せ! 総帥の決意を無駄にする気かッ!!」


 ザガーロに付き従う者たちは、皆が既に常道のことわりを外れた存在と化している。死と闇の眷属に始まり、名もなき邪霊を取り込んだ者、命を棄て死霊と化した者、肉体という器を振り切って意思の集合体となった者、肉体を物理的に改変した者など……各種様々、ごちゃ混ぜの集団。


 ただ、そんな連中を繋ぐのは総帥への敬愛。主への尊敬であったり、仲間としての情がある。中にザガーロの保護者を気取る者までいる。


「しかし……! あの・・神子は異常だ! あり得ない強度だ! あれほどの白きマナを放出し続けてまだ動けるなど……ッ!! ヤツは明らかにおかしい! もしかすると……あの神子こそが、神々をも縛るという〝上位存在〟の介入なのかも知れないだろう!?」

「だから何だと言うのだ!? どの道、我等に残された札はないのだぞ!? 今さら別の一手を打つ余力はないッ! 元々の計画を愚直に実行するだけだ!」


 皆には想いがある。だからこそ衝突もする。しかし、ソレはお互いの足を引っ張り合うという類のモノではない。お互いを想い合うが故の衝突。彼等には彼等の〝物語〟が確かにあるのだ。ほんの少し視点を変えれば、誰もが主人公・・・なのだから。


「……ふ……ふふ。ま、まるで……皆が未熟だった頃に戻ったかのよう……だな……ふはは……皆の者よ、よくぞここまで……改めて礼を言うぞ。だが、今は言い争っている場合でもない……私の最期のめいだ……早急にこの場を離れ、本陣に戻るのだ……ッ!」

「な、何を……あ……ッ!?」

「く……ッ!」


 誰もが主人公というのならば、逆もまた真なり。主人公たちの前に立ち塞がる大きな壁もある。そう。ある意味では誰もが悪役・・とも言える。視点が変われば立場も変わる。


 勇者・・ザガーロ。


 今度こそ、逃げられない距離で魔王・・に追い付かれてしまう。




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 場面は移る。


 こちらも勇者一行。アルたち。


「……アル殿。つまり、神たちよりも上位の存在が、女神たちの暴挙を止めようとしていると? 今さらに?」


 勇者ダリルの言葉には若干の剣呑さが含まれる。それもそのはず。アルが自身の〝代行者〟という訳の分からない役割を押し付けらたという説明の中で、知ってしまった。


 一連の託宣騒動は、女神たちの暴走だったと。そして、その暴走を神々よりも更に高みから見下ろしていた存在が、今さらながらに介入してきたというトンデモ話を聞かされたのだから。


「……ダリル殿の憤りは察しますよ。〝ソレ〟を知った時、僕にだって怒りはありましたから。……ま、僕としては怒りを通り越して、今は呆れてしまう域に達しましたけどね」


 淡々とアルは語る。ジレドに……〝観測者〟から許されている情報の開示だ。〝観測者〟からは特に神子ダリルへの指示などはなかったが、アルは、彼には知る権利があると判断した。神子であるダリルは、今回の託宣騒動によって、迷惑を被ってきた筆頭に位置する存在だ。


「真偽はともかく、僕が知らされた情報によれば、〝物語上位存在〟とやらにはハッキリとした個性だとか自意識のようなモノはないそうです。あくまで、定められたルールに基づいて動くというたぐい存在モノなんだとか。なので、この度の神々の暴挙というのが、そのルールの一線を越えたってことなんでしょう。……個人的には、今さら動くくらいなら、事の始まりを止めろよ……って気にはなりますけどね」

「……まったくだな。託宣騒動で運命を捻じ曲げられた者は多いし、命を落とした者だって決して少なくはない……くっ! 当事者・・・としては馬鹿にされているようにしか思えないな……ッ!」


 ダリルは渦中の当事者として、すぐさまに切り替えることはできない。アルほどに達観できない。女神たちであろうと上位存在であろうと、どちらにせよ、人智の及ばぬ存在に良い様にあしらわれている感を拭うことができない。


「……お二人とも。上位存在への憤りは一先ず置いておき、今はこの状況・・・・をどう切り抜けるかではないですか?」

「ブヒ。奥方様の言う通りだナ。アルの旦那……というよリ、ここはまさしくダリル殿の出番じゃないのカ? あれ・・ハ、ダリル殿が言っていた神子の片割れだロ?」


 狂戦士の従者たるヴェーラと、小柄なオークを装う〝観測者〟たるジレドが口を開く。


 ただ、二人が気にしている眼前の光景については、アルとダリルも百も承知のこと。神々や上位存在への憤りも本気ではあるが、実のところ、アルもダリルもしばしの現実逃避をしているだけ。


 彼等がいるのは、ザガーロ一味の本拠地であり、冥府のザカライアを喚ぶための術式が設置されている地下神殿の入口。


 神々の傀儡たるクレアと女神の遣いであるエラルドを撃退した後、アルたちは間を置かずに地上に出てきたところだ。


 そこで目にしたのは……白と黒。


 天変地異のハーモニー。


 接近する白き暴威と、それを押し留めようとする黒き瘴気の奔流。


 所々、巻き込まれたと思われるザガーロ一味の怒号や悲鳴が微かに響く。阿鼻叫喚。その光景は、女神エリノーラ教会の伝承に語られる……約束の日に、堕落したヒト族や外法存在、魔族たちを裁くという終末戦争の如くだ。


「……まぁ……ジレドの言う通り、ここは神子であるダリル殿の出番ということになるんでしょうね。少なくとも僕やヴェーラは、あの災害級の争いに介入する余地はありません」

「アル様。私としては介入云々よりも、一刻も早くこの場を離れるべきかと……」

「あ、ちなみに俺も奥方様に賛成ダ。段々黒いのが小さくなってるシ、明らかに近付いてきていル」

「お、おい……!? いくら白いマナが使えると言っても、俺のはあそこまでじゃないぞ!?」


 立ち上がれ! 光の勇者ダリル! ……と、焚き付ける間もなく萎れてしまった。流石にダリルも、白き暴威の中心にいるのがセシリーであるというのは気付いているが、そのマナの暴れっぷりに、まともに近付くことができないとも察している。まさに君子危うきに近寄らず。命を大事にだ。


「い、一体何があったんだ……? 確かにエラルドは〝神子の本命はセシリー〟だと言っていたが……こ、ここまでの差があるとは……」


 ダリルが一だとすれば、今のセシリーの白きマナは十や二十で収まらない。百には届かないが、五十は超えているだろうという具合か。


 普通に考えれば、本命と補助という以上の差だ。勝負にもならない。


 一方、対ダリル一行への天災並みの質量攻撃、囮への警戒による消耗と来て、決死の追い駆けっこの末。


 今のセシリーを相手取り、瀕死のザガーロが未だに持ち堪えている方が驚異的と言えなくもない。


 ラスボス前哨戦として……魔王としての面目躍如だ。


「まぁ……正直なところ、ダリル殿が単身で挑んだところで……という気がするのは確かです。ただ、読みにくいですけど、今のセシリー殿のマナの揺れ・・は明らかにおかしい。とても正気だとも思えないほどに荒れている感じがします。もしかしたら、今の彼女こそが上位存在から介入なのかも知れませんけど……ヴェーラはどう見る?」

「上位存在の介入については判断が付きませんが、セシリー殿が正気の状態でないのだろうというのはアル様と同じくです。マナについては、制御ができているようでまるでできていない……そんな印象を受けます。それに、これほどのマナを常時放出するなど……セシリー殿の肉体が耐えれるのかが不安になります。可能であるなら、セシリー殿を止めたいとも思いますが……」

「まったく……! セシリーは本当にどうしたって言うんだ!?」


 全ては想い人であるダリルの仇討ち(死んでいない)のためだったりする。


 ただ、そんな事情は知らずとも、ダリルもセシリーがある種の暴走……自暴自棄な状態に陥っているだろうことは想像に難くない。いくらなんでも、後先を考えていない気配が漂い過ぎている。このまま放置しておくのが憚れれるほどに。


 白の暴威は、周囲の地形やザガーロ一味だけでなく、術者であるセシリー自身をも壊しかねない勢いがあるのだから。


「く……ッ! アル殿! 俺も腹を決める! 可能な限りセシリーに接近して対話を試みてみる! すまないが援護を願えるか!?」

「……いやぁ……援護をと言われればしますけど……それは即ち、セシリー殿の気を散らすために攻撃をしろってことですよね? 僕が言うのも何ですけど……ダリル殿的には良いんですか?」

「構わない! ……アル殿も承知しているだろ? 今のセシリーには、アル殿ご自慢の〝遠当て〟であってもまるで通じないだろうさ」


 ダリルの言いようは、相手の得手とする魔法を貶めるような物言いであり、〈貴族に連なる者〉としてはこの上ない侮辱として取られかねない発言。


 が、アルとしてはそうは思わない。何故なら、それほどまでに今のセシリーが規格外に過ぎるから。人外の超越者たるアルの父ブライアンであっても、近付くことすら困難だろうと思えるほど。


 ダリルの発言はただの事実だ。それ以外に含む意味がない。


「そりゃ確かに……としか言えませんね。仮に少し前のように、ダリル殿の白きマナを借りて撃ったとしても、今のセシリー殿にはまるで通じない気がしますよ。……ま、承知しました。どこまでできるかは分かりませんが、とりあえず遠距離攻撃で嫌がらせ程度はやってみますよ。ただ、悪いんですけど、僕はここまで来て、暴走したセシリー殿に殺されるという訳の分からない死に方はしたくないので……ヤバそうなら逃げますよ?」

「ああ。もちろんだ。……流石に、セシリー相手に命を懸けろと言えるはずもない」


 ダリルはもちろんのことながら、〝代行者〟という役割を振られたアルからしても、今のセシリーは意味不明。とりあえず、正気に戻ってもらわないと危なくて仕方がない。


「……アル様。私はどうしましょうか? 〝眼〟としてアル様に付いた方が? それともジレドさんを?」

「うーん……遠距離とは言え、今のセシリー殿は危険過ぎるし……一先ず、ヴェーラはジレドを連れてこの場を離れて、安全を確保しておいて」

「承知いたしました」

「ブ、ブヒ……す、すまねェ奥方様……」


 いかに役割として〝観測者〟という神に等しい視点を持つと言っても、本人が語っていたように、ジレドの肉体はただのオークでしかない。現状、セシリーから多少距離を置いた程度で安全が確保できるとは言えないほどだ。


「……すまないヴェーラ殿。少しアル殿を借りる」

「ご武運を。セシリー殿を止めて上げてください」


 こうして、事情もよく分からないままにアルたちは、勇者魔王へと挑むことに。



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※次回の更新は土日くらいです。

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