第8話 答え合わせ

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 時を戻そう。


 勇者一行が、災害セシリーを避けてルーサム家の砦を目指していた頃……に引き合った時のこと。


 アル自身も久しぶりの感覚。


「……はは。ここに来て、敵の本拠地に辿り着くとはね。しかも、因縁ある相手の企みをギリギリ防げるかも? ……というタイミングか。まさにゲーム的なイベントだね」


 一行の眼前には、少し前に見たような地下神殿の入口。ザガーロたちが敵を遠ざけようとしていた場所。神の顕現を果たす、召喚魔法陣が安置している本拠地であり、所謂いわゆるラストダンジョンだ。


 周囲にはザガーロ一味と思われる死体が放置され、無数の死霊が溢れているという凄惨な状況であり、内部に至っては、とあるエルフもどきの深淵たる闇色のマナが暴れているときた。


「……アルの旦那ヨ。何だそれハ? あのおっかないエルフのことカ?」

「ん? まぁ何と言うか……間が良いのか悪いのか……何故か僕は色々なイベント……に引き合うことが多くてさ。さて、どうしたものかなってね」


 ファルコナー領においては、アルは〝イベント〟に遭遇し易いなどと感じることはなかった。そんなことを認識すらしていなかった。振り返って考えても、そもそもファルコナーは〝本編〟の舞台ですらないのだから、まぁ当たり前だろうとスルーしてきた。


 王都への道中や学院、王都での活動の中で、様々なイベントに引き合うことに違和感はあったが、〝ま、こんなものかな?〟という程度でこちらも雑にスルーだ。


 アルは〝物語原作〟においては役割がないモブだが、この世界においては、〝何らかの役を受けたキャラ〟なんじゃないのか? ……という漠然とした疑問……流石にイベントに引き合い過ぎじゃね? ……という具合のふわっとした疑念は抱いていた。


 何せ、アルはいつの間にかこの世界の独自設定らしい〝使徒〟と認定されており、女神の遣いとの邂逅まであったのだ。だからこそ、イベントにも引き合うのだろう……と、アルは勝手にそんな風に思っていた。


 そして、それが当たらずとも遠からずだということが判明する。唐突に。


「なるほどなァ。アルの旦那ハ、そんな風に解釈しているのカ……まァ諸々をだと考えても仕方なイ。そもそモ、あからさまな異世界転生がスタートだしナ。まったク、女神たちモ罪なことをするもんダ」


 しみじみとしたジレドのぼやき。それは流れるように場に染み渡る。もちろん、アルにも。


 瞬間的にその場にが生まれる。それは思考の空白か。


「…………なぁジレド。今、?」


 空白の後に、アルの身の内から湧き上がるのは猛烈な違和感。


「ブㇶ? ……いヤ、まさか記号でしかなかった神々が自我を持っテ、こうも無差別・無軌道に異世界転生や死者蘇生に手を染めるとは思わなかっタって話だガ?」


 そして、確信する。


……何者だ? ジレドをどうした?」


 アルの瞳からハイライトが消える。虚ろなる狂戦士の臨戦態勢。返答によっては……という分かりやすい圧。


 ただ、彼は気付くのが遅れた。

 その思考と認識は弄られている。

 既に相手の術中だ。


「アルの旦那ヨ。俺は正真正銘のジレドダ。ほラ、なんかでたまにあっただロ? 伏線も布石もなく、物語の後半で唐突に〝実は黒幕だった〟とかで裏切ったりする仲間キャラとカ……」

「……ッ!?」


 音が消えている。止まっている。世界が。


 直ぐ側にいるはずのダリルとヴェーラがいない。いや、いるにはいるが、動きがピタリと止まり、存在が希薄となっている。


 空を行く鳥たちが空中で静止している。


 いっそわざとらしいほどに周囲の全てが停止している。


「……これは?」

「分かりやすく言えバ、時間の停止だナ。本当ハ、アルの旦那や俺の認識と思考ヲ、限度一杯まで加速しているだけなんだがナ」


 アルの目の前には、どうしようもないくらいに〝普通〟のジレドがいる。気配からして、洗脳や入れ替わり、憑依のようなものでもない。


「……は、はは。本当にジレドが黒幕? 〝物語〟の本体?」


 認識と思考の加速とやらの成果なのか、アルは一先ずは異様な状況を受け入れる。いや、唐突過ぎて、いっそ馬鹿馬鹿しくなったというべきか。


「まさカ。今のはシャレダ。自分で言うのもなんだガ、黒幕なんかじゃなイ。いヤ、ある意味ではそうなんだガ……別に女神たちやあのおっかねぇエルフの姉ちゃんが思うような存在じゃなイ」


 あっさりと〝ジレド〟が言ってのける。ご近所さんと、気軽に天気の話をするが如くだ。


「……はは。何だよ。こんなに軽い感じで……神様的なヤツに会うなんて、流石に考えてもなかったよ」

「ブヒヒ。まァ人生ってのハ、驚きに満ちているもんサ。さテ、この状態も長くは続けられねぇんダ。アルの旦那にも悪影響が出るシ、女神たちにも気付かれちまうんでナ」


 アルは一気に力が抜ける。何だこの馬鹿らしい展開は……と、虚しさと呆れを覚えるほど。


 まさかの答え合わせが始まる。



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 異様な空間に連れて来られた気がしていたアルだったが、場所は一切動いていない。今も動き回ったり、喋ったりしているが、それらは全てが加速した認識……思考の産物に過ぎないのだとか。


 ヨエルの紛い物とは違う、正真正銘の異能。テレパシーに近いナニか。


「さてト……じゃァ、アルの旦那、どこから話をしようかネ?」

「いや、そもそもジレドは何者なんだよ? 黒幕じゃないとか、ある意味ではそうだとか……」


 もうどうにでもなれと、アルもざっくばらんに話を進める。いい加減うんざりもしていたのだ。女神がどうの〝物語〟がどうのという諸々に答えが示されるなら、それはそれで有りだと吹っ切れた。


「ブㇶ。実は俺もアルの旦那とそう大差はないんダ。気付いたらこの世界にいただけでナ。違いがあるとすれバ、で〝観測者〟という役割を与えられたくらいカ。ま、いざとなれば女神たちよりも権限は強いガ、別に好き放題やって良いわけでもなイ。ガチガチにルールに縛られてテ……普段は本当にただのオークなんダ。普通に死ぬしナ。俺が死ねば別の誰かが〝観測者〟になるだけダ。他にも似たような役割を持つ奴らだっていル」

「……つまり、ジレドよりも〝上〟がいるってわけ? それが女神たちを押さえつけてる〝物語〟なのか?」

「ま、概ねはそんな感じだナ。たダ、勘違いして欲しくないんだガ……〝物語〟にハ、別に俺たちを操ろうなんて意思はないんダ。ただ〝条件〟を集めているだケ。ただそこに在るだケ……という感じだナ。この世界における自然法則そのものと言っても過言じゃなイ。問題ハ……勝手に勘違いをしていル、神々や配役された者キャストたちダ」


 神々すら縛るという〝物語上位存在〟。ただ、ジレドは語る。の存在に特別な思惑などないのだと。


〝物語〟は、ただ〝条件〟を集めている。ストーリーの種を集めている。


 分かり易いのが〝配役された者キャスト〟たち。つまり、物語を彩る登場人物たち。それらを配置しているのだ。世界という土壌に種を蒔くように。


 そして、この世界を舞台として、新たな芽吹きを、新たな物語が紡がれることを望む。いや、本当に〝物語上位存在〟がそれを望んでいるのかは誰にも分からない。〝観測者〟たるジレドにも。


〝物語〟は、様々な条件を集めるだけ。曖昧な意思を示すようなことはあるが、アレをしろ、コレをしろという明確な指示などはない。


 ジレドはそんな〝設定〟をアルに語る。


「……よく分からないな。つまり……この世界は、僕の知っている〝物語ゲームストーリー〟とは、そもそもが別物ということなのか? 登場人物や条件が似ているだけ? 集められた?」

「そういう認識で構わなイ。アルの旦那が知る物語ゲームストーリー以外の物語……だったリ、まったく別物の話もこの世界で進行しているんダ。他の物語に張り付いている〝観測者〟たちもいル。この世界が何故にそんな仕様になっているのかは聞かないでくレ。俺も知らン。たダ、この世界はそれでモ、どうしようもないほどに〝現実〟なのは間違いなイ」


 要は物語のごった煮。ジレド曰く、AとBというそれぞれが独立した物語がある。AとBの登場人物やエピソードが混じり合い、また新たなCという物語が生まれる。この世界は、そんな〝物語の実験場〟のような場所なんじゃないかとのこと。


「……ますますよく分からないな。この世界が物語の実験場というのなら、僕らが紡ぐマクブライン王国の物語は、の物語とまるで違うルートを辿っている。まさに別の物語となっているじゃないか。実験としては成功だろ? ……なのに、どうして〝観測者〟なんて肩書のジレドが介入してくるんだ?」

「……だから問題はそこなんダ。本来は舞台装置的な記号に過ぎなかった女神エリノーラと冥府のザカライア……この世界の神々が暴挙に出タ。それハ、新たな物語を生むきっかけにもなっていたから見逃されてきたんだガ……遂に見過ごすことができないほどに害悪となってしまっタ。そもそモ、アルの旦那もその被害者だロ?」

「確か……〝物語〟を引っ掻き回すという女神の雑な思い付きで……僕は〝物語ゲームストーリー〟の微かな記憶と共にこの世界に喚ばれたんだっけか? ま、僕としては今さらって感じだけどね。あと……冥府の王は、託宣の内容を植え付けた死者を現世に喚び戻したとか言ってたね、確か」


 遠い彼方の記憶。アルにとっての人生は、もう前世には無い。マクブライン王国の南方辺境地を故郷とする、アルバート・ファルコナーとして生きるのみだ。この世界へ来たきっかけなど、今の彼にとっては、もはやどうでも良いことに分類されてしまっている。


 そんなアルを見て、ジレドも思わず苦笑い。


「ブヒヒ。アルの旦那はすっかりこの世界に馴染んだようだナ。結構なことダ。ま、個人的な良し悪しは置いといテ……アルの旦那ハ、この世界が望んだ本来の配役キャストじゃなイ。女神たちの暴走による結果ダ。そしテ、その影響であのおっかねぇエルフの姉ちゃんや総帥も歪められちまったシ、他で進行している物語にも影響が出ているらしイ」


 ジレドの本題。女神たちの暴挙は、一つの物語の枠を大幅に超えて、世界に様々な影響を与えている。彼女たちの〝物語〟が本編へと突入した今、その悪影響が一定の水準を超え、放置できないところまできたということ。


「……狙いは女神たちだと?」

「あア。とは言ってモ、俺たちが直接どうにかはできなイ。そこで〝代行者〟を選ぶことにしタ。これも新たな物語の一つというわけだナ。そうして選ばれたのがアルの旦那であリ……神子たちダ」

「……神子? ダリル殿とセシリー殿? 主人公をイジったのか?」

「こっちが意思をイジったわけではなク……何と言うカ、女神たちの悪影響の一つというカ……能力がやたらピーキーにもなってもいたしナ。どちらかと言えバ、二人の選定はごく最近の話デ、こちらとしても不測の事態だっタ。本命の〝代行者〟は冥府の王側の神子……総帥サガーロダ。こっちはかなり前から選定していテ、因果を少し弄っタ」


 これまたあっさりとジレドは語る。主人公と敵役が、そのまま介入者として採用されていたのだと。


「まァそうは言いながらモ、ダリル殿とセシリー殿、ついでに総帥についてハ、ある意味では自然なままダ。別にこちらから特別な指示があるわけでもなイ。……アルの旦那にだけダ……こうやって直接的に接触してタネ明かしをするのハ」


 そして、次はアルにとっての本題。彼に介入者……〝代行者〟としてさせたいこと。


「……まずは、僕がその〝代行者〟とやらに選ばれた理由を教えて欲しいね。あと、いつから? 生まれた時からそうだったとか?」

「まさカ。たとえ物語の種……登場人物そのものであったとしてモ、生まれた時から決められた役割なんてないサ。全ては行動の結果ダ。……いヤ、この世界に喚ばれたことについてハ、俺も含めてただの運不運、事故のようなものでしかないガ……」

「……全ては行動の結果?」

「その通リ。本来の物語には〝託宣〟なんてはなかっタ。あれは女神たちの身勝手の結果ダ。神の啓示を受ケ、王国も教会も踊っちまったわけだナ。本来は女神たちが現世に介入するなんて〝仕掛け〟はなかったんダ。ま、おかげで多くの新たな物語が生まれたとも言えるんだガ……女神たちはちょっと度が過ぎちまったってわけダ」


 やり過ぎた女神たち。なまじ神々としての立場を与えられていただけに、その行動は、結果として現世に多大な影響をもたらしたということ。


「……つまり、僕が〝代行者〟として選ばれたのは……〝物語〟の筋書きを変えようとインチキをしたから? その結果として、ジレドたちに目を付けられたってことか……」


 ただ、行動の結果だと言われて、アルは納得もした。程度の違い、影響力の違いはあれど女神たちと同じだ。彼もまた、物語の筋書きを変えようと行動を起こしていたことに違いはない。その結果なのだと。


「ブヒ? いヤ、全然違うゾ?」

「え?」


 ただし、それはアルの見当違い。


「いヤ……アルの旦那は普通にヒト殺しだロ? その罰ダ」

「え?」

「ブヒィ?」


〝え? こいつ何言ってんの?〟


 つぶらな瞳のジレドに、真正面から見つめられるアル。お互いの顔には疑問がありありと浮かぶ。


「え……? ヒト殺しだから? その罰? ……い、今さら?」


 さて、ここは今から倫理の時間です。



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 アルがこの世界で初めてヒト族を……同族を殺したのは、ファルコナー領を出てから。むろん、ファルコナー領において戦士の介錯……もう助からない味方の命を終わらせたことはある。


 しかし、明確に敵意を以てヒト族を殺したのは……彼がベタなイベントのようだと語った、王都への道中での不埒な賊との遭遇戦。


 ジレド曰く、その時の行動を発端とした諸々の結果の罰として、アルは〝代行者〟に選定されたのだという。


 そう言われると、一転してアルは納得がいかない。


「いやいやいや! そりゃヒトを殺したのは事実だが、別に快楽殺人的にヒャッハーしたわけじゃないだろ!? 王都への道中に関しては、一応は王国の法に則ってだったはずだ!」


 もっとも、アルも王都の活動においては、違法である心当たりしかないため、王都への道中に限定だ。そういう姑息なところだぞ☆


 当然、ジレドにはお見通し。


「ブヒ。そりゃ当然に知ってるサ。アルの旦那ガ、官憲に目を付けられないようにと注意を配っていたのはナ。だガ、最初のアレでアウトダ。事情を知らぬ第三者ということを差し引いてモ、王国の法では普通に違法だからナ」

「何でだよ!? 不埒な賊に襲われている一般の治安騎士たちを助けたんだぞ!」

「だかラ、その確たる証拠がなイ。襲われている側が偽装していただけかも知れなイ。ま、そうじゃないことは知っているけどナ。あの場でハ、アルの旦那は賊たちから直接被害を被りそうになるまで待つべきだっタ。従者であるコリン殿のようにナ。そしテ、賊を討伐後はその場に留まるべきだったんダ」

「ぐ……! こ、細かいなッ!」


 もはや微妙に記憶の彼方に行ってしまった、当時の状況を思い出すアル。


 確かにあの時のアルは、先手必勝とばかりにいきなり『銃弾』を放った。そして逃げた。


 結果、賊たちの多くが死に、追われていたシルメスたちは助かったのだが……それを違法だの、罰だのと言われるのは、流石に今さらに過ぎる。


「まァ……別に王都への道中に限らズ、王都到着後の方がなおさら酷いだロ?」

「ぐぅ……! た、確かに……それはそうだけど……! 何だよ……普通に違法だったからなのか? その……大いなる意志とかナントカじゃなく?」

「そうダ。これが直後だとかなら情状酌量の余地はあったんだガ……アルの旦那は現地の法を理解した上でやってたからナ。転生者という始まりは純然たる被害者だったガ、前世の記憶や物語の知識を持つアルの旦那の立場ハ、どちらかと言えば俺たち〝観測者〟に近イ。現地の法を逸脱するというのハ、〝観測者〟としては大罪なんダ」

「か、〝観測者〟なんて知るかよッ! 僕はこの世界の仕組みなんて知らなかったんだから、それこそ情状酌量の余地はあるだろ!?」


 怒りの意味が違ってくるアル。これが、大いなる意志によって定められており……ナンタラカンタラ……というのであれば、『まぁ仕方ないのかな?』と思いもした。


 この世界には、まさに神々やその上位存在が実在するのだから。神々から理不尽な命令を伝えられても……心から納得するかは別として……まぁ、分からないではない。


 それが、良かれと思った行動の結果……しかも、バレないと想定していたことを今さらとやかく言われるのは腹が立つ。……ニンゲンとはなんと身勝手な生き物なのか。


「ま、アルの旦那の怒りも分かル。だガ、仕方ないだロ? 俺たちだっテ、ルールに則ってるだけなんダ。それニ、アルの旦那が殺した連中の一部モ、端役だが〝物語〟が配置した〝配役キャスト〟が含まれていたしナ。〝観測者〟が故意にキャストを殺すのも大罪ダ」

「だから〝観測者〟の大罪とか知るかよッ! まず、そのルールを先に提示するのが筋だろ!?」

「……いやァ……最初の内は俺たちも考えてたんダ。アルの旦那の行動ハ、違法ではあるガ、まぁ現地の者として考えれば許容範囲かなト……。それがどうダ? 王都では躊躇なくバンバン殺すシ、うろ覚えの前世の記憶……物語の知識まで利用していル。あァ、こいつには遠慮しなくて良いナ……となるのは自然な流れだロ?」


 自業自得だった。改めて指摘されても、アルには心当たりしかない。やり過ぎたということ。


「〝物語〟からの明確な意思表示はないんだガ……やはり手ずから配置したこの世界の〝配役された者キャスト〟が死んでいくのは悲しいみたいでナ。関係者の恣意的なキャスト殺しはご法度だとルールとして定められていル。ま、アルの旦那モ、覚悟を持ってぶっ殺してたんだろうシ、ここは一つ諦めテ、罰としての〝代行者〟を受け入れてくレ……というカ、既にそうなっていル。とっくにナ。ほラ、これまでもよくに引き合っただロ? ある時から黒いマナもよく観測できる視えるようになっただロ?」

「なッ!? じ、じゃあ! 僕がやたらとイベントと引き合うようになったのも、黒いマナが視えたのも、その〝代行者〟とかの影響なのか!?」

「ブヒブヒ。まァ黒いマナの視覚化はこっちの仕業だガ……イベント云々ハ、少し因果の流れを弄った程度だからナ? 言っとくガ、いくつかのハ、アルの旦那の自業自得というカ、個人の縁という因果によるものダ。全部が全部をこっちの所為にするのはお門違いってなもんヨ。まさカ、こっちもアルの旦那が冒険者ギルドもどきを立ち上げるとは思わなかったしナ」


 ジレドはアルを知っていた。女神が独自に呼び寄せたという、本来の配役キャストではない異世界転生者被害者たちのことを。


 ジレドたち〝観測者〟は、突発的な不幸に見舞われた多くの転生者たちを救済できなかった。女神たちが〝やり過ぎ〟の水準を越えるまで、ルールとして介入できなかったのだ。傍観するしかなかった。そのことに心を痛めてもいた。


 女神の被害者でありながら、無事に生き延びていたアルのことを、ジレドたちは当初は応援すらしていたほど。


 本格的に〝本編〟が始まり、女神たちのやらかしの多くが明るみに出てきたことで、ジレドたちが介入できるようになったのは良いが……。


 ファルコナー領では目立たなかったアルのタガの外れっぷりに、〝観測者〟たちは思わず頭を抱えてしまった。王都への道中だけなら……と大目に見ていたが、王都へ到着後も、暴力と破壊、火事場泥棒的な盗みや殺しなど……違法行為に対してのハードルが低過ぎる有様。しかも、アルは物語の記憶持ち。局地的ではあるが影響力も小さくはない……というわけで、流石にダメ出しをすることになってしまったという流れ。


「くそッ!! 何だよそれは! 僕に関しては女神とか〝託宣〟とかは直接関係は無かったのかよッ!?」

「ブヒ。アルの旦那ハ、ある時から〝代行者〟として様々な因果の束を抱えるようになったからナ。その因果の濃さに目を付けたのが女神たちダ。順番としてハ、むしろ違法行為の数々によって〝代行者〟になったのが先ダ」

「結局何なんだよ……ッ! その〝代行者〟ってのは!?」


 アルは脱力しながらもキレるという心境に至る。


 巨大な昆虫どもと魔法を用いて殺し合うような世界観ファルコナーで育ったのだ。


 まさか超常の存在から『ヒト(キャスト)殺しは駄目ですよ』……と、普通に注意されるとは思ってもみなかった。いや、王国の法的にもヒト殺しはもちろん駄目なことではあるのだが……。


「〝代行者〟ってのハ、その名の通り俺たち〝観測者〟の代行……要は実働部隊ダ。とりあえズ、今のところのお願いハ、あのエルフの姉ちゃんへの説明ニ、残ってる女神の遣いの始末とだナ。ま、あちこちから因果は巡ってくるガ、別に俺たちからのお願いを無視してモ、失敗してモ、特にアルの旦那にペナルティはないけどナ」

「……って、そんな緩い感じで良いのか?」

「あア。因果の束の後始末に奔走する……ってのガ、アルの旦那へのそもそものペナルティダ。〝代行者〟の活動についてハ、別に結果を求めるものじゃなイ。……そりャ、上手くことが運ぶに越したことはないけどナ」


 アルの感覚からすれば、科せられたペナルティは緩い印象なのだが……彼がその本当の意味……厄介さを知るのは、まだほんの少し先の話。


 ちなみに、ジレドはわざわざ言わないが、〝代行者〟として拾い上げられなければ、アルはルールとして粛清されるだけだった。


 また、正規の〝観測者〟による故意のキャスト殺しは一発アウトだが、〝代行者〟はペナルティの積み上げ程度で済むという救済措置もある。


 もちろん、それは完全な善意だけではなく、〝観測者〟が〝代行者〟に汚れ仕事をさせるためという……ルールの抜け道。


 ただ、結局のところ、アルがファルコナーの常識に染まり、故郷の流儀を悪びれることなく如何なく王都で発揮した結果が今。そのことに変わりはない。


「あァ……一応言っておくガ、当然ながら俺たち〝観測者〟のことを口にするのは禁則事項として縛っていル。〝物語〟といウ、女神たちよりも上位の存在がいるってことや〝代行者〟という立場についてハ、少し話すくらいは大丈夫だガ……〝観測者〟は口にすらできなイ」

「……くそ……何が〝禁則事項〟だよ。どこかの未来人か? ……っていうか、未来人ポジションを気取るなら、何でオークのジレドなんだ? 美人のお姉さんじゃないのかよ……こう……グラマラスな……ってあれ? 禁則事項云々はクールな宇宙人の方だったっけか……?」


 よく分からないことを口走るアル。そろそろ認識と思考の加速がおかしな影響を及ぼしている模様。


「ん? あァ……そろそろ限界カ。アルの旦那もかなり混乱してきてるナ」


 この世界における〝物語〟の……〝観測者〟たちが遵守するルールについての、締まらない答え合わせ。その切り上げ時。



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